宝色のストロボ

 受験生の一年は、本当に飛ぶように過ぎていった。私は、クラスメイトが「あの学校には行きたくねぇわ」と言っていた地元の高校への進学が決まり、やっぱり、自分には何もできないんだなと、合格したのに思ってしまった。

 私に恋愛相談をしてきた桜田さんは、あの後、長谷と莉愛の仲の良さを理解したのか、それとも長谷にアタックして振られたのか、詳しいことは知らないけれど、長谷のことを諦めたようだ。その後、高山、和田、天宮と片思いの相手を変え、片思いされた男子と、その人たちをそれぞれ好いていた女子達から反感を買ったらしい。

 受験の時期で気を回していなかったけれど、いつの間にか桜田さんは、委員会に参加しなくなった。桜田さんと同じクラスの委員に聞くと、彼女は二学期の初めから、不登校になったらしい。

 長谷は、その事実を知って、どこか居心地悪そうにしていた。莉愛は、やはり長谷と同様、申し訳なさそうにしていたけれど、「それでも、長谷君は譲れないもん」と、いじらしく両手を握っていた。

 春に一度会話をしてから、『ナッカ』とはまた、会話をしなくなった。

 あの日、偶然、彼が話しかけてきたことが、なんだかひどく大きなものに思えてしまっている。


 卒業式寸前の日、卒業アルバムを渡された私達は、体育館に移動させられ、そこでサインの書き合いをすることになった。他のクラスの友人も、同じクラスの友人も、同じ場所で、どうでもいい話をして、それぞれへのメッセージを書きあった。

 残り時間も十分を切ったころ、今まで探しても見つからなかったはずの『ナッカ』の姿を捉えた。

 目立つほどでもないけれど、少し高い身長。ふわふわとした笑顔。微かに聞こえる、柔らかい笑い声。

 彼の進学先も、これから芸能界をどうするのかも、私は勿論知らない。聞くこともできない。私は、あくまで、『顔見知り』。踏み込むべき相手では、無い。

 彼の目が、私を捉えた。彼の目が、私に向かって微笑み、私の方へと、受け取るように手を向けた。 

 その動作は、ゆったりとして、美しく、まるで映画のワンシーンの様だった。

「……私のアルバムだけ、奪おうとするんじゃないわよ。」

「うん。僕のも書いてよ、晴夏ちゃん。」

 二人で、アルバムを交換し、それぞれのアルバムにペンを滑らせる。元々、女子に囲まれていた彼だから、私が彼とアルバムを交換しようと、誰も気に留めなかった。

 少し、迷う。けれど、大事なことは書かず、私はただ、彼のアルバムに『輝こうとする貴方に、最高の人生が訪れますように。葉月晴夏』とだけ書いた。

 彼から、アルバムを返される。すぐに見てみようかと思ったけれど、家で開こうと思い直し、やめた。

 教室にもどれと、大声で言う教師の声が、何だかやるせなく聞こえた。

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