どうしても、手に入れたかった。━『秋中颯来』━

「母さん、父さん。僕、オーディションを受けたい。俳優になりたいんだ。」

 小学五年生の、夏。僕は、両親に、芸能界に入りたいという意思を、初めて見せた。

 別に、人に見られたいわけでも、ミュージカルに行って演技の力に魅了されたわけでも無い。ただ、その時から、僕には何もないと感じてしまっていた。

 親には愛されているし、存在を否定されているわけでも無い。それでも、他の人が出来る何かを、僕は何も持っていない。ピアノが弾けるだとか、脚が速いだとか、そんなものも無い。

 だから、何かが、したかった。他の人が持っていない物が、一つで良いから、欲しかった。

 そして、僕は、幼い頃に仲の良かった、一人の女の子に、あこがれていた。

 その子には、人に優しくできるという、最大の魅力があった。他の人が困っていることを察知して、直ぐに手伝いに向かう。同じクラスになったのは、小一の頃だけだったけれど、そのころから、自分から動くことのできる子だった。

 彼女のように、なりたい。それが、僕の思いだった。

 もちろん、彼女は僕とは違う。それは分かっている。けれど、憧れることくらい、許して欲しかった。

 彼女を真似ることくらいは、許してほしかった。


 オーディションは、さほど緊張はせず、与えられたお題に忠実に応えていくことができた。そんなことよりも、見知った人がいないところで一人、周りの人とは違う行動をしている、ということのほうが、僕の心臓を高鳴らせた。


 合格が決まったときは、それこそ、本当に嬉しかった。

 他の人とは違う、別のものを手に入れることができた。そんな感覚が、僕をどんどん燃やしていった。


「いい気になるなよ。本当に、芸能界を目指してる奴に、失礼だと思わねぇのかよ。」

 いつの頃だったか、オーディションで出会ったことのある少年と再会し、そう言われたことがあった。

 僕なりに、全力でやったつもりだし、本当に、本気で芸能界を目指して、そうして手に入れたチケットだった。それなのに、僕の何処かが、彼にとっての『甘え』に見えたらしい。

 ……よくある事だ。人の成功を、『何にも努力していないのに、運で手に入れた』と思ってしまうことは。

 実際、努力をしないで何かを得ている人間なんて居ない。それでも、自分が費やしてきた時間を過信して、他の人の努力を、理解しようとできないことはある。

 何か一つ、二つ、他の人とは違うものを持っている人が羨ましいと思うのも、同じことだ。

「そっか。そう、だね。」

 僕だって、羨ましいと、思ってしまうのだから。

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