恋というパフェに突き刺したフォーク
「……と、いうわけで、あたしは長谷君が好きなの。協力してくれる⁉」
「はぁ……」
同じ委員会になっただけ、という関係。私は、他クラスの桜田さんという女子に、いきなり恋愛相談をされてしまった。
なんでも、彼女の恋敵が、私の友人の莉愛なのだそうだ。そこで、長谷という男子と莉愛を、何とかして引き離してほしい、という流れが出来上がってしまった。
「しかし、桜田さん、良いの?殆ど接点も無かった私に、そんなこと話して……。」
私は多少、勘弁してくれ、という思いを込めつつ、溜息に連ねて尋ねた。彼女は、私の胸の内を知らないのだろう、カールしたツインテールを大きく振って、頷いた。
「そんなことより、莉愛さんだよ!あたし、あの子が長谷君の隣にいるってだけで、もう落ち着かないの……!」
ツインテールと両腕を振り回して喚く桜田さんを、私はあわてて押さえる。それから、渡り廊下の奥で、談笑している男女を見つめる。
そこにいるのは、例の長谷と莉愛だった。二人は、私達には気付かず、二人の世界で会話を続けている。
長いこと、莉愛と共にいた私だからこそわかる。莉愛と長谷は、長い片思い期間を経て結ばれた、現在が幸せ真っ盛りのカップルなのだ。
私は気を利かせて、「暫くは二人で帰りな」と、莉愛に言ったことがある。莉愛が私に、やっとの思いで彼への恋心を打ち明けてくれた時、私は、なんとしてでもこの二人をくっつけねばという、謎の使命感に駆られたものであった。
……だからこそ、桜田さんのこの願いは、私には到底叶えられるものではない。殆ど無関係であった桜田さんと、昔から仲の良かった莉愛とでは、やはり比べてしまう部分がある。
「ねぇ、晴夏さん!お願い、何とかしてくれるよね!」
「……わかった、尽力するよ。ただ、私、立ち回るのはあんまり上手じゃないからね?」
他力本願な桜田さんに多少呆れながらも、私は彼女にそう言った。桜田さんは、私のその言葉に安心しきったようで、ぱぁっと顔を綻ばせた。
「あっ、ありがとう!頼りにしてるからね!」
自分の味方が出来たと勘違いをして上機嫌になった桜田さんは、スキップでもするような軽やかな足取りで、階段を駆け下りていった。
委員会の教室に取り残された私は、そのまま、近くにあった机に腰を下ろす。委員会で使っている教室は、『ナッカ』のクラスであったことを思い出し、今座っている机が、彼の物ではないことを、無意識に確認してしまう。
私の周りには、何とも忙しそうな人たちが多い気がする。一方で、私は、『特に何もない』が定まっているかのようだ。
暇ではない。決して、暇ではない。……でも、他の人に誇って飾れるような、キラキラした予定が存在しないのは確かだった。
「晴夏ちゃん……?」
一つ溜息を吐いた直後、少し甲高く、甘い声に名を呼ばれた。驚き、振り返ると、柔らかい雰囲気を纏い、温かく微笑む『ナッカ』が、教室の入り口にいた。
彼の秘密と思しき情報を手に入れてから、だいぶ時間は経ってしまって、中学二年の夏から、気が付けば、中学三年の春になっていた。
「……あれ、忘れ物?おつかれー」
私は、『ナッカ』へ笑って見せた。ずっと身構えていたのに、案外、会話をすることは容易く、一対一であれば、直ぐに労いの言葉が出てきた。
「忘れ物じゃないけど、ちょっとね。桜田さんの話、立ち聞きというか、盗み聞きというか。それで、晴夏ちゃんと、話したいなって思って」
柔らかい喋り方、不器用に擦れた少し高い声。小学生の頃から、彼は殆ど変わっていない。
「僕も前、桜田さんに似たような相談をされたんだ。その時の相手は、長谷君じゃなくて大野君だったけど。彼女、案外、強いんだなって」
彼は少し愉快そうに、教室に入った。そして、そのまま、私の傍まで、ゆっくりと寄ってくる。
「……そうだったの。じゃあ、多かれ少なかれ、『ナッカ』は桜田さんのこと応援してるんだ。じゃあ、私の分も頼むよ。私、桜田さんのために、莉愛を突き放すことはできないから」
強いけど、人を受け入れる、春特有の温かさを含んだ風が、二人の髪をふわりと躍らせる。中三の春。どうしても急ぎがちなこの時期に、私達の空間だけは、どこかゆったり流れていた。
彼に、今の私はどう映っているのだろう。人を一人突き放す、嫌な女に見えているだろうか。別に、大した問題ではないけれど、なぜか妙に、疑問に思えてしまう。
そんなことを考えていると、『ナッカ』は、きょとんとした顔になった。それから、口元に手を持っていくと、堪えきれないというように、フッと笑った。
「そりゃ、そうだろうね。桜田さん、小学校も違ったし、晴夏ちゃんにとってはほぼ初対面の人だし。大切な物、大切な人の優先順位がはっきりしてるって、良いことだよ」
……否定を、しない。そう、昔から。この人は、そういう人だった。
なら、聞いてみよう。ふいに思い出した疑問を、私は口の端までもっていく。
「ねぇ、それじゃあ、『ナッカ』の大切な物って、何?」
首を傾げた彼に、私は重ねる。
「『ナッカ』ってもしかして、俳優、やってる?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます