押入れの中

あんらん。

押入れの中

「だれ、か・・ここ、あ・け・・」

「ね・え、だ・れ・か・こ・こ・」

 どこからか声がする。


 夢の中でわたしはそれを聞いていた。

 連日の超過勤務あけの引っ越し作業で、疲れ果てて眠っているわたしをその声が揺り動かす。

 それでもこれは夢なのだとそのままやり過ごした。

 そのうち聞こえなくなるだろうからとにかくもう少し眠りたい。


「だれか、ここを開けて・・・ねえ、だれか、ここを開けてよ・・・」

 今度ははっきり耳に届いた。と同時に押入れをほとほと叩く音までする。


「もう、なに、なんなのよ」

 部屋の中は運び入れた段ボール箱が開けられずそのままだ。

 朝になったらやろうと思っていた。それを避けるように布団を敷いて寝ていた。


 社員寮を突然退所させられ慌てて借りたアパートは、古くて格安だったにも関わらず六畳と四畳半の二間あった。

 住み心地は良さそうだ。押入れは寝室用の六畳にあった。

 

 その押入れの戸を中から叩く音がする。そこで一瞬にして目がさめた。

「だ、だれ、」ちらりと目をやった時計はまだ夜中の二時だ。


 電気だけは使えるようにしてあったから点けたまま寝ていた。

 灯りがついているというのはほんの少し気を落ち着かせてくれる。


 それでも身構えて「だれっ」強い口調で声を上げた。

 押入れの中で身じろぎした気配があった。


「ねえ、ここを、開けてよ。お願い、ここを開けて」女の声だ。

 わたしは起き上がって枕元のスマホを操作する。


 わたしが借りた部屋にだれかがいるのだ。

 管理会社に電話してどうにかしてもらおう。確か警備の人がいるといってた。


「開けてっていってるでしょ、」画面が通話になった途端声が飛び出した。

「ひっ、」手からスマホが落ちた。

 

 立ち上がろうとしたが腰が抜けて立ち上がれない。

 なんとか布団を抜け出し這うようにして玄関へ向かう。

 後ろでごとごと音がする。

 

 這ったまま振り返えると押入れの戸が開いていくのが見えた。

 そして黒い塊が隙間からどろりと部屋へ流れ出てくる。

 中から白い手が伸びてきた。長い髪も。

 わたしは動けずにいた。声も出せない。

 

 こちらへ女が這いよってくる。

 次第に近づきとうとう足元までやってきた。

 女の手がわたしの足に触れた。途端に目の前が真っ暗になった。

 


 事故物件だったなんて誰も教えてくれなかった。

 さっきから大家さんの話し声がしていた。


「ええそれでもいいんです。とても格安だし。なんてことないですよ」

 と女の声がする。


 わたしは暗い闇の中でそれを聞いていた。

 どうやら押入れの中のようだ。



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押入れの中 あんらん。 @my06090327

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