第20話 魔法のコンロ
「さて、準備を始めましょうか。ドラコ、まずはテーブルの準備よ。人数は、確か……」
「えーと、十二人です」
……十二人?
「あれ? お料理の注文は二十人前だったよね?」
「ドワーフたちは、よく食べる種族です。そのぐらいペロリです」
「そっか」
最初は五人ずつ四テーブルの予定だったが、十二人なら六人のテーブルを二つ用意すればいいだろう。
椅子の配置は……と思ったところで、この広場に椅子らしきものがないことに気付く。
「えっと、椅子は? 別の部屋から持ってくるのかな?」
「椅子はないです。ドワーフたちは、地べたに座って、酒盛りしながら料理をつまむです」
「ええと……つまり、立食パーティーみたいな形式にすればいいの?」
「立食パーティー、っていうのがどういうのだか、ドラコにはわからないです。アデルは『お花見スタイル』って言ってたです」
「お花見……?」
語感からしたら、お花を愛でながら食事をする会、ということだろう。
ガーデンパーティーのような感じだろうか?
でも地べたに座る……ピクニックの方が近いかな?
「とりあえず、お料理は中央にまとめちゃえばいいと思うです。そうすれば、ドワーフたちが自由に好きなものを選べるです」
「そっか、わかった。そうしましょう」
荷解きをして、用意してきた料理を次々と並べていく。お酒に合うように、どれも濃いめの味付けにしてある。
レストランが暇だった時に漬け込んでいた、きゅうりやカブ、高菜。キャベツの塩漬け、ザワークラウトもある。
ほどよく浸かっているようだ。一口大に切って、持ってきた。
枝豆のペペロンチーノ。
みじん切りしたニンニクと唐辛子をオリーブオイルで熱し、そこに茹でた枝豆をさや付きのまま入れて、炒める。最後に塩で味を調整してある。
恵みの森の枝豆はぷくぷくとして甘いから、塩茹ででも美味しいが、お酒に合うようパンチを効かせてみた。
ナスのネギ塩だれ。
蒸したナスを手でさいて、みじん切りにしたネギ、塩コショウ、レモン汁、ごま油で和えたものだ。
ごま油は、ほんの少ししか確保できなかった。オリーブオイルの搾油も大変なのだが、こちらは炒って冷まして砕く作業も加わる。炒る作業のために部屋にこもっていないといけないので、レストランと並行して仕込みをするのは難しいのだ。
だし巻き卵。
干し椎茸でとった出汁を使っている。ドワーフたちは甘味を好まないので、砂糖がわりの花の蜜は入れていない。
調味料が限られているので、濃いめに煮詰めた出汁と塩で味付けした、優しい風味になっている。何の具材も入っていないプレーンなものと、青ネギがたっぷり入ったもの、梅酢で漬けた紅生姜が入っているものの、三種類を用意した。
梅肉と梅酢を使った、たたき野菜のマリネ。
潰した梅肉と梅酢、花の蜜を少し。野菜くずからとった出汁ベースの調味液で、たたいた長芋ときゅうりを和える。
醤油があれば味が締まるのだが、そのかわり、隠し味に入れた甘さ控えめの花の蜜のおかげで、華やかな香りになっている。醤油を使ったものと全然違うマイルドな印象で、これもまた乙だ。
バジルとフルーツトマト、レモンのカッペリーニ。
バジルはオリーブオイルとニンニク、松の実、塩を加えてペースト状にする。瓶詰めにしておくと、好きな時に使えて便利だ。
固めに茹でたカッペリーニ――細めのパスタを水でしめて、バジルソースでしっかり和えておく。持ち運んでいる間に少し固まっていたので、テーブルに出す直前に少量のオリーブオイルでほぐし、フルーツトマトとスライスレモンをトッピング。上からさらにバジルソースを少量かける。
たっぷりキノコとコーンのピザ。
トマトソースを生地に塗り、エリンギやマッシュルームなど数種類のキノコと、コーンをたっぷり乗せる。チーズが手に入らないかわりに、手作りのマヨネーズを散らした。梅酢で作ったマヨネーズなので、淡い橙色だ。
初めて使う材料でマヨネーズを手作りするのは、けっこうな冒険だったが、なんとかうまく乳化し固まってくれた。
そして最後に、火を使うメニューは、野菜の天ぷらを予定している。
具材はれんこん、さつまいも、ナス、たけのこ、ししとう、舞茸など。天つゆはないが、揚げたてを塩でいただくのも美味しい。
手間をかけて搾油したオリーブオイルをたくさん使う贅沢な調理法だが、油を調理の後に冷まして
ドラコに火を頼むこともできるが、アデルが戻り、皆が揃ってから揚げ始めるのがいいだろう。衣も打ち粉も直前に用意すればいい。
「さて、これで準備完了ね。アデルは?」
「まだみたいですね。様子を見に……って、あ、噂をすれば戻ってきたです」
ドラコの言葉に振り返ると、ドワーフを一人だけ伴って、アデルが戻ってきた。
ガイドとは違うドワーフだ。手には金属製の、重そうな黒い箱を持っている。
「すまない、話し込んでしまって。準備はどうだ?」
「あとは天ぷらだけだよ。ドワーフさんたちが揃ってから準備を始めたいんだ、揚げたてアツアツが美味しいから」
「わかった。ドラコ、呼んできてくれるか?」
「はいですー!」
ドラコはぴょこんと敬礼ポーズをして、ふよふよと工房の方に飛んで行った。
アデルと一緒にいたドワーフが、あたりをキョロキョロと見回しながら、問いかける。
『おいアデル、これはどこに設置する』
「ああ、そうだな……レティ、天ぷらはどこで揚げる?」
「えっと、この辺りで」
「わかった。
『おう』
ドワーフのブラックスミスが、私の指し示したテーブルの上に置いた金属製の黒い箱。側面に扉があり、上部に丸い魔法陣のような紋様が彫られている。
『これは持ち運び可能な、魔鉱石式のコンロだ。アデルに頼まれて、前から作ってた。今日の宴会の代金に、持ち帰ってくれて構わん』
「え……アデル……?」
私が驚いてアデルの顔を見ると、彼は優しく目を細めて頷いた。
『魔鉱石式だから、火が外に出ない。他の燃料を使うものと違って、延焼の心配もなく、家の中でも草っぱらの上でも使える。中の魔鉱石は初回サービスだ。魔力はアデルに込めてもらえ』
ブラックスミスが箱の扉を開ける。
そこには、真っ赤に輝く、こぶし大の、でこぼこした石が入っていた。
炎の魔力を帯びた、魔法の鉱石。
私にはわかる。この中には、あたたかなアデルの魔力がたくさん込められている。
『それから、定期的なメンテナンスは必須だ。メンテナンス自体は無料だが、修理が必要な箇所があれば、修理費はその都度請求する。劣化した魔鉱石を交換する時にも、代金をもらうぞ』
「わかりました。ありがとうございます……!」
『ああ。それから、使い方だが――』
ブラックスミスの説明を聞きながら、私は胸がいっぱいだった。
いつの間に、アデルはこんなに素晴らしい物を注文してくれたのだろう――。
『最終調整は、使いながらだな。そろそろ全員集まる。スイッチを入れてみてくれ』
「――はい!」
集まりだしたドワーフたちを目の端に捉えながら、私はアデルに手伝ってもらって、天ぷらの準備を始めたのだった。
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