第19話 ドワーフたちの住処



 アデルが注文を持って帰ってきた、翌々日。

 私はドラコの背に乗って、恵みの森の上空を飛んでいた。


「すごーい! 恵みの森って、上から見たらこんなに大きかったんだ」


「そ、そうだな」


 私を背中からぎゅっと抱きかかえ、目の前にある木製の持ち手に掴まっているアデルの声は、風のせいだろうか、少しだけ震えている。

 その木製の持ち手は、ドラゴンの魔物体に変身したドラコの身体に、ベルトでキュッと結びつけて固定されていた。


 魔物体になったドラコは、それはもう立派な緑龍グリーンドラゴンだった。

 ツヤツヤの鱗でびっしりと覆われた巨躯、大きくしなやかな翼。チャームポイントだと言っていた小さな二本のツノは、ぐんと立派に伸びていて、尻尾は丸太のように太く強靭だ。

 なのに声はいつものドラコと変わらず甲高いのが、ちょっと不思議である。


「まあ、あそこが森の端っこね。あの赤い光が、アデルの張っている炎の結界?」


 森への侵入を拒むように、森の外周部全域で、赤い光がうっすらと輝いている。

 煙も出ていないし、燃え広がったりする類のものではないのだろう。

 恐ろしき紅蓮の炎というよりも、どこか幻想的な火の揺らめきに思える。遠いからそう見えるのか、それとも、実際に燃えているわけではない幻の炎なのだろうか。


「森の周りを囲っている柵は、外の人たちが作ったものかしら? あれなら、無闇に立ち入ろうとして怪我をする人もいないわね。ね、アデル」


「あ、ああ……そうだな」


 アデルは弱々しく返事をすると、すぐにまた黙ってしまった。

 ……もしかして具合でも悪いのだろうか?

 アデルの顔を見たくて振り返ろうと身体を捻ると、アデルは持ち手をぎゅっと握り込んで、慌てた声を出した。


「たたた頼むからあまり動かないでじっとして」


「……アデル、もしかして、高いところ怖いの?」


「めちゃくちゃ怖い!」


 ――私は今日、アデルの意外な弱点を見つけたのだった。



 *



 私たちは、魔の森の北端で地上に降り、崖にある横穴――ドワーフの住処の入口に到着した。

 今回は結構な大荷物だし、森の端にあるこの崖まで距離があったので、大変かと思っていたのだが、ドラコのおかげで楽が出来た――まあ、アデルはそうでもなさそうだが。

 ドラコは私たちと、腕に大切に抱えていた荷物を降ろすと、いつもの妖精体に戻って、背中の取っ手を外す。


「ドラコ、ありがとう」


「にししし、お安い御用です!」


「アデルは、大丈夫――じゃないね」


「いつもああなるですよ、しばらくそっとしておくです」


 アデルは地べたに座ってうずくまり、呼吸を整えている。

 背中をさすってあげると、徐々に顔色も良くなってきた。


「……見苦しいところを……すまない」


「ううん、誰にでも苦手なものはあるよ。無理しないで、言ってくれればよかったのに」


「いや、そういう訳にもいかない……。森の道はでこぼこしているから、長距離を安定して荷運びするには、ドラコに頼むのが最適だからな……」


 そのまましばらくアデルの背中をさすっていると、横穴の中から誰かが出て来た。

 背が小さくて筋肉質、もじゃもじゃお髭が生えている妖精――ドワーフだ。

 鉄製のヘルメットを被り、鎧……というか、つぎはぎの鉄板のようなもので身を包んでいる。左手には道を照らすためのカンテラを持っていた。


『よう、ドラコ、来たか。なんだあ、アデルは昼間っから酔っ払ってんのか? 若いねーちゃんに介抱されて、みっともねえなあ、がはは』


 ドワーフの言語は、花の妖精たちに比べて、人語に近いものだった。

 豪快に笑うドワーフに対して、アデルは不服そうにその青白い顔を向ける。


「おい、俺は、酒に酔った訳じゃないぞ……」


『がはは、まあ、どっちでもいいがな。ほれ、案内するぜ。ドラコもアデルもねーちゃんも、オレから離れるなよ。迷子になるからな、がははは』


 ドワーフたちの住んでいる地下坑道は、長く細く、根のように大陸各地を繋いでいる。この森以外にも、坑道の出入り口は複数存在するようだ。

 とは言っても、ドワーフ族以外の種族には、この坑道の深部には到底入り込めない。広大な地下空間は、構造を熟知し、危険をすぐに察知出来るドワーフ族以外の侵入を頑なに拒む。


 地下には、思いもかけず深い縦穴もあれば、地下水脈もある。

 地表に繋がっていた小さな空気穴が埋まってしまい、酸素が薄くなっている箇所もある。

 最悪、迷ってマグマの池に辿り着いてしまうかもしれない。


『よし、じゃあ行くぞ』


 私は、案内をしてくれているドワーフに、話しかけた。


「ドワーフさん、初めまして。レティと申します。今日はよろしく――」


『がはは、堅苦しい挨拶はよしてくれよ、オレたちはこの通り粗忽者だからよ』


 ドワーフは豪快に笑いながら、ぶんぶんと右手を顔の前で振る。


『ねーちゃんはレティっていうんだな。オレたちドワーフには、名前を付ける習慣がねえんだ。それぞれの役割で呼び合ってる。オレのことは案内人ガイドって呼んでくれりゃあいいぜ、がはは』


「わかりました、ガイドさん」


『おう』


 ガイドの案内により、私たちはドワーフたちの工房にたどり着いた。

 そこには、想像以上に快適そうな空間が広がっている。


 まず一番に目を引くのは、大きな炉だ。

 四、五人のドワーフたちが、炉に金属を入れて熱したり、熱した金属を叩いたり、伸ばしたり。

 顔を覆う大きなマスクをつけて、金属加工の仕事をしている。

 炉の上部には、広く青空が覗いている。火を使っているので熱気はすごいが、充分に換気されているようだ。


 工房の奥は三つに道が分かれていて、それぞれ居住区、地底湖、他の地域に繋がる道になっているらしい。

 居住区には文字通り各家族の住居がある。他の地域に繋がる道は、狭く危険なため、ドワーフにしか通れない。

 今日の宴会が開かれるのは、地底湖のある場所だ。私たちは、荷物を抱えなおして、地底湖まで向かった。


 地底湖のある場所は、ひんやりしていて、心地良かった。ここも一部、日光が差し込んでくる部分があるので、火を使っても大丈夫そうだ。

 このさらに奥にも道が続いているが、ドワーフたちが採掘してきた鉱石や、作った加工品の保管場所があるだけで、行き止まりになっているらしい。


 ちなみに、ドワーフ謹製の加工品は、人間の社会にも出回っている。

 ドワーフたちは帝国や聖王国に独自の取引ルートを持っていて、金属加工品を売ったお金で、お酒などを購入しているのだとか。


『ここのテーブルを使ってくれ。あと、アデル。例の件で、もう少し確認したいことがあるって師匠マスターが言ってたぜ』


「ああ、今行く。レティ、ドラコ、すまないが準備を進めていてくれ。火を使うものは、後回しで頼む」


「うん、わかった。いってらっしゃい」


「任せるですー! ドラコがいれば天下泰平ですー!」


『がはは、大袈裟だな! じゃあしばらくアデルを借りるぞ』


 アデルはガイドに連れられ、工房へ戻って行った。


「さて、始めよっか」


「エイエイオー、です!」


 ドラコはおててをグーにして、ぴょんと跳ねる。

 私たちは荷物を広げて、宴会の準備に取り掛かり始めたのだった。

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