第18話 出前の注文、入りました!
「それにしても移動式のキッチンか。レティは面白いことを考えるな」
しばらくして、私が落ち着くのを待ってから、アデルはそう切り出した。
ドラコと話していた内容が、聞こえていたらしい。
「あ、聞いてたんだね。実はね、レストランだけじゃなく、移動販売も上手くいってないの。けど、移動式でその場で調理して提供するお店だったら、調理中の匂いにつられて買ってくれたりするんじゃないかなって」
「確かにそれは一理あるかもな」
「そうでしょ? 車輪が付いていて移動が出来る、屋根があって雨を凌げる、屋根の中には食材を置くスペースと簡易的なコンロ。売るものは、素早く調理出来ていい匂い、見た目も良くて……あと、椅子とテーブルがなくても食べやすいものがいいよね」
ここぞとばかりに語る私の妄想を、アデルは真面目に聞いてくれている。
料理のこととなると饒舌になってしまう私を、アデルはいつもこうして優しく見守ってくれるのだ。
一方、ドラコは少し飽きてしまったようだ。さっきからあくびをしている。
「ふわーぁ。レティ、理想が高すぎるです」
「ドラコ、想像するのは――」
「『自由なんだから』ですね。はいはい、わかってるですぅ。ふわぁ、ドラコはおねむになっちゃったので、お昼寝するのですー」
文句を言ったドラコに、頬を膨らませて言い返すと、ドラコは私がいつも言う口癖を、似ていない声真似をして返す。
ドラコは大あくびをしながら、ふよふよと空を飛んで家の二階に戻っていってしまった。
一方、アデルはまだ話を聞いてくれそうだ。顎に手を当てて、真剣な顔をしている。
「うーむ。車輪に屋根、簡易コンロ……食材は保冷庫か? 調理スペースの上にも屋根が必要だよな。移動式の屋台のような感じか?」
「うんうん、アデルは分かってるね! もちろん調理スペースにも屋根がないとダメね、そうじゃないと雨とか葉っぱとか降ってきたりするだろうし」
「衛生面の問題か。……衛生面といえば、いくらレティが水を出せると言っても、シンクは必要になるよな。その場合、どういう仕組みにすればいいんだ?」
「綺麗な水は魔法で出せるにしても、汚れた水を溜めるタンクが必要よね。そうなるとスペースがね……それに、街中と違って森の中は道が悪いから、器具類が動かないようにきちんと固定しないと。特に刃物類は危ないから、鍵付きの保管庫が必要ね」
「なるほど……」
アデルは感心したように、頷いてくれている。
話を聞いてもらえたのが嬉しくて楽しくて、私もだいぶ元気が出た。
「アデル、聞いてくれてありがとう。うーん、でも、実際どうしようかなぁー。明日からの営業方針」
「焦ることはないさ。……さあ、暗くなってきたし、俺たちも部屋に戻ろうか」
「うんっ」
アデルの差し出した手を取り、私は立ち上がる。
その手は温かくて、大きくて――安心すると同時に、彼を失望させないためにも、精一杯頑張ろうと思えたのだった。
*
翌日。
結局すぐに良い案が思いつくはずもなく、私は再び暇を持て余して、客席で繕い物をしていた。
使っている糸や布は、花の妖精たちに食事のお礼として貰ったものだ。花を使って染めた糸は、どれも柔らかな自然の色で、優しい風合いである。
キリのいいところまで縫って、私はふう、と息をつく。そして、今日ここを訪れた、唯一のお客様――花の妖精たちのことを思い返した。
『レティー、また採寸させてー』
『すぐ終わるー、手ーあげてー』
花の妖精たちは時折ふらっとやってきて、お菓子と紅茶を注文し、お礼に綺麗な糸や布を置いていく。そして何故か、帰る前に、こんな調子で私の身体を採寸し始めるのだ。
『レティの紅茶、好きー。また来るー』
『ごちそうさまー』
花の妖精たちは、美しい糸束と、綿布の端切れをテーブルに置く。透明な
ほぼ唯一といえるお客様たちを見送ると、その後はもう店じまいしても差し支えない。
ドラコは片付けが済むと、先に部屋に戻る。「寝るドラコは育つのですー」なんて言っていたから、今頃はお昼寝をしているだろう。
だが、私は何となく、アデルが帰ってくるまでここで待ってしまう習慣ができていた。
私は、ちくちくと縫い物を再開する。
「ただいま、レティ」
「おかえりなさい、アデル」
待ち人の声が頭上から聞こえてきて、私は急いで針と糸を片付ける。
「今日は花の妖精たちが来たんだな」
「うん。また綺麗な糸をもらったよ」
「レティが色々なものを繕ってくれるおかげで、家の中が華やかになった」
アデルは、私の頭に手を伸ばし、優しく撫でてくれた。私は心地良くて、目を細める。
「俺もドラコも、必要最低限の物を揃えるだけで、身につける物や家の中を装飾しようなんて、思い至らなかったからな」
この家は、木製で温かみのある家なのに、何故か暗く感じていたのだ。
それは、装飾も何もなく、ただ木目の壁があるだけだったから。カーテンも単色だし、タペストリーや絵画、花瓶なども飾っていなかった。
だから、私はちょっとした装飾を各所に施したのだ。
アデルに許可を取って、最初はダイニングから。小さな刺繍をランチョンマットの端に縫い付けたり、棚の上や壁に飾り布を用意したり。
それだけで、ダイニングが見違えるように明るくなった。アデルもドラコも気に入ってくれて、他の部屋の装飾も任せてくれている。
「家が明るいと、気持ちも明るくなるんだな――ありがとう」
「ふふ、少しでもお役に立てたなら、嬉しいわ」
アデルは、私の髪を指で梳きながら、隣の椅子に座る。美しい微笑みがさっきよりも近くなって、私の顔に少しずつ熱が集まってくる。
「ところでレティ。明後日は店を休みにしてもらって、出前……というか、出張レストランを頼みたいんだ。出来るか?」
「出張レストラン? まぁ、アデル、注文を取ってきてくれたのね! ありがとう!」
嬉しくなって、思いっきり頬がゆるむ。
私はアデルの空いている方の手を両手で取り、きゅっと握る。アデルは柔らかく目を細めて、私の手を握り返した。
「それで私は何を作ればいいの?」
「酒のつまみになるような味の濃い料理を数品。量は、約十五人……いや、二十人前だ」
「わぁ、宴会用のメニューね! 量が多いけど、明後日なら時間の猶予があるから大丈夫。会場はどこなの?」
「ドワーフの地下坑道だ。少し遠いから、持ち運びしやすい料理を頼む」
「お客様はドワーフさんたちね! 初めて会うわ、楽しみ」
ドワーフは、森の端っこ、崖に開いた横穴から繋がる地下坑道に住んでいる。お酒と鍛治が大好きな種族だ。
ちなみにその崖は、私が倒れていた崖だそうだ。その日、タイミングよくアデルがドワーフの住処を訪れていなかったら、私は助からなかったかもしれない。
「えっと、それで、持ち運びしやすいおつまみね。冷たいものや、冷めても美味しいものを中心にメニューを組めばいいわね。えーと、そしたら、仕込んでおいたお漬物と……」
「ああ。だが、一つだけでいいから、その場で火を使って調理するものを用意してほしいんだ」
「その場で? でも……」
「火の心配は必要ない。俺も一緒に行くから、鍋だけ持って行けば大丈夫だ」
「そっか、そうだよね。わかった、考えてみるね」
そうして、私はアデルと相談しながら、出前の宴会メニューを考え始めたのだった。
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