ドワーフたちの大宴会🍺Gathering of Dwarves

第17話 閑古鳥



 妖精たちのティーパーティーからさらに数日。

 私は暇を持て余していた。


「あああー、暇だぁぁ……」


「うーん、お客さん来ませんねえ」


 そう。

 レストランを開いたはいいけれど、全くと言っていいほどお客様が来ないのだ。

 テーブルに頬杖をついて、お客様の来店を待つ日々。いい加減飽きてしまった。


「ドラコー、なんかやることなーい?」


「ないです。レティがお掃除やらお洗濯やら、お家のことを全部やってくれるので、ドラコのやることも減っちゃったです。だから、食料の調達も普段よりはかどりましたし」


「そうよねー」


 食料の調達どころか、乾燥や塩漬けによる長期保存品まで充実してきた。


 干し椎茸や干し柿、切り干し大根。ドライトマトやドライフルーツ、ドライハーブ各種。

 塩漬けはきゅうり、かぶ、らっきょう、高菜など。


 それから梅干しを作る過程で梅酢が手に入ったのも大きい。

 梅酢があれば、ピクルスやマリネ、ドレッシングも作れる。漬ける時に赤紫蘇も入れたので、ピンク色なのも可愛い。


 梅干しはアデルのリクエストで作ったものだ。アデルが梅の漬け方を知っていたので、教わりながら漬けた。


 どうやら『炎の一族』の誰かが、海の外にある島国と縁があったようだ。梅干しも、浴衣と同じ島国で食べられている食品である。

 梅干しを使ったレシピは本で知っていたが、漬け方は知らなかったので、勉強になった。

 完成した梅干しを一粒食べて、アデルは「懐かしい味だ。白米がほしくなる」と呟いていた。


 米の食べ方は、やはりレシピ本で読んだような記憶がある。けれど、収穫してからどうやって食卓に並ぶのか知らなかった私は、アデルに米について質問した。

 稲自体は恵みの森にあるかもしれないが、白米を用意するには、脱穀や籾摺もみすり、精米と手間がかかる。アデルも籾摺り以降の工程はうろ覚えのようだし、今は用意できそうにない。


「レティ、今日はもう店じまいしちゃいますか?」


「うーん、でも、まだお日様も高いのに……。あ、宣伝がてら移動販売に行くのは?」


「もー、レティったら。ここ数日で、それ、まったくの無駄って分かったでしょ?」


「むうう……そうなんだけど……」


 妖精たちは、各々好きな居場所があり、基本的にはそこを動こうとしないのだ。

 花の妖精たちや、エピのような動物たちは別だが。

 ドワーフなんてずっと地下にこもっていて、一度も会ったことがない。


 また、人見知りの妖精も多く、私の気配がすると隠れてしまう子たちもいる。人見知りでなくとも、森に住む妖精たちのほとんどは初対面。味の好みを知らないのはもちろん、信頼関係も全く築けていない。

 出来上がっている料理を持って売りに行っても、そこら中に食べ物が実っているから、わざわざ新参者から食事を買う必要もないのだ。

 ほとんどの妖精たちはどちらかというと保守的で、最初に興味を持ってくれた花の妖精たちのように、好奇心の強い妖精の方が珍しいのである。


「地道に信頼を獲得していくしかないか……」


「まずは妖精たちを知ることからですね。時間はゆっくりあるんですから、のんびりやるですよ。そのうち、皆も心を開いてくれるです」


「そうよね、わかってるんだけど、焦るなあ……」


 何も出来ないまま日々が過ぎていくのが、もどかしい。そろそろ本気で営業形態や宣伝方法の変更を考えた方がいいだろう。

 完全予約制にして、空いた時間を宣伝にあてようか。しかし、完全予約制となるとご新規様には敷居が高くなってしまう気がする。


 かと言って、別の場所で営業するのも難しい。

 火が使えないし、でこぼこ道を通って料理を持ち運ばなくてはならないため、出せる料理が限られてしまうのだ。


 それから、今やっている移動販売が上手くいっていないのは、『見せ方』が下手なせいもあると思う。

 商品を保存用の紙に包んで持ち歩いているため、開けてみないと見た目も分からないし、匂いもしないのだ。

 例の島国にあるという鰻屋や焼き鳥屋は、わざといい匂いの煙を窓の外に流して、お客様を呼びこんでいるのだとか。


「あーあ、移動できるキッチンがあったらなぁ。そしたら出張レストランを開けるのに」


「移動できるキッチンですか。そんな都合のいいもの、あるわけないです」


「そうよねぇ」


「ただいまー」


 今日何度目かのため息をついたその時、この家の主が帰ってきた。

 ……ああ、今日も一日が無駄に終わってしまった。


「おかえりなさい、アデル」


「今日も閑古鳥か……レティの料理は美味いのにな」


 アデルは私の隣の席に座り、頭をよしよししてくれる。あたたかい手のひらが、いじけていた心を少しだけほぐしてくれた。


「うう……アデルだけだよ、そう言ってくれるの」


「ドラコも、レティのお料理美味しいと思ってるですよ! 移動販売用に作って売れ残ったサンドイッチは流石に飽きましたけど」


「売れ残りばっかり食べさせてごめんなさい……」


 移動販売には、自家製の白パンにレタスやトマトを挟んだ野菜サンド、キノコのソテーを挟んだキノコサンド、エピオルニスの卵を焼いて挟んだオムレツサンドなど、いつも数種類のサンドイッチを用意している。

 しかし売れるのは多くても二、三個。まだリピーターはいない。

 日持ちしないため、残ったものは自分たちの食卓に並ぶことになるのだが、味を変えていても、流石に数日続くと飽きてくる。


「花の妖精さんたちも宣伝してくれてるみたいだけど、なかなか、ね……」


「何度も言ってますけど、時間はあるんだし焦らなくていいのです」


「ああ。ゆっくりやっていこう。これからずっとこの森で暮らすんだからな」


「アデル……ドラコ……」


 二人とも、結果の出せない私を邪険にせず、優しく接してくれている。

 悔しいやら嬉しいやらで、じわりと涙が浮かんできた。


「レティ……」


 俯いている私の目尻に、優しい感触がそっと落ちた。

 人差し指で涙を拭ってくれたアデルは、穏やかな声で続ける。


「初めてのことだ。上手くいかなくても仕方ないさ」


 私は無言で顔を上げる。

 そこには、包み込むような優しい表情で私を見つめている、愛しいひとのかんばせ


 結婚を約束して数日経つが、あれから私たちの関係は何も進んでいない。

 そもそも、この森に二人で隠れ住んでいるのだから、手続きなどがあるわけでもなく、式も挙げる必要はないのだ。


 まだ、夫婦と言うには微妙な距離感。けれど、目が合うたびに胸が甘く高鳴ってしまう。

 アデルへの想いが、さっきまでの悲しい気持ちを容赦なく上書きしていく。


 思っていたよりも単純な性格をしている自分に、私は心の中で苦笑したのだった。

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