第16話 妖精たちの悪戯



「ただいま、レティ。盛況みたいだな」


 花の妖精たちをもてなしているうちに、森に出かけていたアデルが帰ってきた。


「あ、おかえりなさい、アデル」


「上手くいって良かった。君も、妖精たちも、楽しそうだな」


「うん、すっごく楽しい! ありがとう、アデルのおかげよ」


 アデルは目を細め、私の頭を優しく撫でる。

 私がアデルに笑顔を返すと、アデルも微笑みを深くした。


『あつあつー』

『仲良しー』


 いつのまにか、妖精たちの視線がこちらに向いていた。なんだか、獲物でも見つけたみたいにキラキラ目を輝かせている。


『らぶらぶー』

『二人、つがいになるのー?』


「「つ、つがい?」」


『違うのー?』

『お似合いー』

『二人とも真っ赤ーおそろいー』


 私とアデルは、顔を見合わせる。確かにアデルの顔は真っ赤だった。

 自分の顔は見れないが、頬が熱を持っている。きっとアデルと同じように、赤くなっているのだろう。


 けれど、そういえば私はアデルに『ずっとこの森で暮らさないか』とは言われたものの、アデル自身の気持ちをまだ聞いていない。

 彼は、私をどう思っているんだろう。

 友だろうか。妹のように思っているだろうか。ただの客人と思っているのか。

 それとも――?


『そうだー、いいこと考えたー』

『二人とも、目ーつぶってー』


 妖精たちの明るい声に、私は思考の渦から引き戻された。


「な、なに?」


『いいからいいからー』

『はやくはやくー』


 私は言われるがまま、目を閉じる。

 一瞬、暖かい風と華やかな香りが、ぶわりと身体中を包み込んだ。


『まだ目ー開けないでー』

『アデル、少しかがんでー』

『ばっちりー』


『せーのっ』


 ふわり。

 花の香りの風に、身体が前へと押し出される。

 それと同時に、柔らかな感触が唇に触れた。


 驚いて目を開くと、目の前には、同じように驚いているアデルの顔があった。

 触れ合っていたのは、互いの――


『キスしたー』

『おめでとー』

『いたずら成功ー』


「な、な、な……!」


 私たちは慌てて距離を取る。

 アデルの顔が見れない……私は涙目になりながら口元を押さえ、妖精たちを睨んだ。

 妖精たちは私の睨みなんて意に介さないようで、キャッキャとはしゃいでいる。


「お、お前たち。なんて悪戯をするんだ」


 アデルが珍しく慌てたような口調で、妖精たちを叱っている。

 横目でチラリとアデルを見ると、彼も同じように私の方を見て、顔を真っ赤にして目を逸らしてしまった。


『えーだって楽しいんだもんー』

『二人とも嫌じゃないんでしょー』

『嬉しいくせにー』


「私は嫌じゃない、けど……。でも、アデルは……」

「それは、その……嬉しいが。しかし、こういうのはちゃんと……」


 私とアデルの声が重なる。同時に妖精たちに返答したのだ。

 そして――


「「え?」」


 私たちは同時に驚いて、思わず顔を見合わせた。


『あとはお若い二人でー』

『きゃはは、お幸せにー』

『今日のお礼は、また今度ー』

『良いもの贈るー楽しみにしててー』

『お客さんもいっぱい呼んでくるねー』


 妖精たちは、言うだけ言って、森へと帰っていってしまった。

 お代をもらっていないが、また今度と言っていたし、宣伝もしてくれるようなので構わないだろう。


 妖精たちを見送ると、私は視線を感じて、横を仰ぎ見る。

 アデルは先程よりも落ち着いていたが、私と目が合うと再び頬に朱が差していく。

 私の顔も、再び熱を持ち始めた。


「そ、その……アデル」

「レティ……さっきは」


 また同時に声をあげてしまって、私たちは顔を見合わせる。私はなんだかおかしくて、くすりと笑った。

 アデルも緊張が少し解けたようで、柔らかな表情で微笑んでいる。


「レティ。その……順番がめちゃくちゃになってしまったが、ずっと伝えたいと思っていたことがあるんだ」


「……はい」


 アデルは、身体の向きを直して、真っ直ぐに私を見つめる。

 真剣な表情に切り替わったアデルに緊張しながらも、私自身も身体の向きを変え、彼と正面から向き合った。


「――君が、好きだ。愛している」


 まるで時が止まったかのように、辺りが静寂に包まれる。

 動いているのは、私が望んだ通りのことのはを紡ぎ出す、形良い唇だけ。

 澄んだ輝きをたたえる一対の紅は、吸い込まれてしまいそうなほど深くて、真っ直ぐに私だけを映している。


「俺と――結婚してくれないか」


「アデル……」


 じわりと涙が滲み出す。

 声が震えないように、すうっと息を吸って、吐き出す。

 ゆっくりと、しかしはっきりと。

 美しい紅だけを真っ直ぐに見て、私は口を開く。


「不束者ですが、よろしくお願いします」


「レティ……!」


 次の瞬間、私はアデルの腕の中に包み込まれていた。


「アデル、好きよ。大好き」


「ああ……レティ、嬉しい。愛しているよ、レティ」


 再びアデルの顔が近づいてきて、私は目を閉じる。

 今度こそ自分たちの意思で、そっと唇が触れ合い、すぐに離れていく。

 ぎゅう、と優しく、力強く、私の身体はアデルの腕の中に閉じ込められたのだった。




 🍳🍳🍳


 【妖精たちのティーパーティー☕️】Completed!!


  ▷▶︎ Next 【ドワーフたちの大宴会🍺】

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