第21話 祝い酒



 アデルと一緒に、天ぷらの準備を進めていく。

 私が衣を作っている間に、アデルには具材に打ち粉をしてもらう。


 卵をよく溶き、冷水を加えてしっかり混ぜる。

 ふるった小麦粉に卵液を加え、泡立て器で混ぜる。ダマが残る程度でいい。

 さらりとした仕上がりになったことを確認したら、衣を油に落として、温度を確認する。ちょうどいい温度になったところで、アデルが用意してくれた具材を衣にくぐらせ、次々と揚げていく。


 きつね色にカラッと揚がったら、網の上で油を落とし、ペーパーを敷いた皿に並べる。

 その間にドワーフたちも全員揃ったようだ。早々に持ち寄ったお酒を呑んでいる人、テーブルに並ぶ料理を選んでいる人、そして天ぷらが揚がっていくのを眺めている人もいる。


「どうぞ、皆さん、よかったらお取りしますよ。揚げたてのうちに召し上がって下さい。こちらがさつまいも、こっちは舞茸。それから――」


『ナスをもらおうかの』

『アタイは舞茸とたけのこを』

『オレはししとうだな』


 私は、天ぷらを揚げる手を止めて、皿上の天ぷらを配ろうと、菜箸を置く。

 だが、アデルが私を手で制し、代わりにドワーフたちに言われた品を取り分けていってくれる。

 隣のテーブルで、ドラコも冷製のおつまみをドワーフたちに取ってあげていた。


『いつもの塩茹で枝豆より、こっちの方が旨いな。ニンニクが効いて、酒がすすむぞ』

『揚げたての天ぷら、何だこれ。サックサクだぜ』

『ワシ、漬物好きなんじゃ。恵みの森の野菜で作ってるからかのう、外で買ってくる漬物より野菜の味が濃いのう』

『卵焼きも美味しいね。特にこの赤いやつ……紅生姜? アタイ、気に入ったよ』


 ドワーフたちの評価も上々だ。


 やがて天ぷらの列も途切れ、私とアデルも一休みする。冷菜を配っていたドラコの方も、もうすぐ落ち着きそうだ。


「アデル、手伝ってくれてありがとう。助かったわ」


「いや、俺が無理を言ったからな。こちらこそ、ありがとう」


「ねえ、アデル。このコンロ……」


 私は一度言葉を切る。

 この宴会のお代としてコンロを持ち帰っても良い、とブラックスミスは言ったが、その程度では到底釣り合わないはずだ。

 私は、アデルの帰りが遅かった日が何日かあったことを、思い出した。


「――本当に、嬉しい。ありがとう」


 言葉では伝えきれない想いを、感謝を、全部込めてアデルの瞳を覗き込む。

 愛しいひとは、料理のために後ろで一括りにした長い黒髪を揺らして、嬉しそうに頷いた。


「――二階と庭を何度も往復するのは、大変だからな。森に祝福をもらって、君がレストランを開くことを決めた後、すぐにドワーフに依頼したんだ」


「そんなに前から……」


「ただし」


 アデルはふっと妖しく笑う。

 美しい顔を耳元に近付け――ねだるように囁いた。


「……俺がいる時は、コンロ禁止な」


「――!」


 間近で囁かれるその言葉に、私の耳はとろけてしまいそうになる。

 顔に熱がのぼっていく。


「うん。アデルと一緒にお料理するの……好き」


 私は、ほんの少しアデルの方に顔を傾け、目を合わせて、囁き返す。甘い笑顔に、くらくらしそうだ。

 紅く澄んだ瞳に吸い込まれそうになって、目を閉じ――


「あーっ、みんな見ないであげるです! 見せ物じゃないです!」


 ドラコが声を上げた。

 私たちは、はっとして周りを見回す。

 ――ドワーフたちの視線が、一人残らず全て真っ直ぐこちらへと向いていた。


「いや、その、あの」


 私は慌ててブンブンと手を振るが、あたりはしーんと静まり返っている。

 アデルが、ひとつ咳払いをした。


「……遅くなったが、皆に紹介しよう。彼女は、俺の妻、レティだ。今後、世話になることもあるだろう。よろしく頼む」


 一瞬ののち。

 ブワッと、鍋が突然吹きこぼれるように、場が沸き立つ。


『うおおお、めでたい!』

『酒の追加じゃあ!』

『めでてえな、祝言はあげたのか? 何、まだだと!?』

『祝言をあげる時は呼べよ、一族総出で良い酒持ってってやる!』

『祝い酒じゃあー!!』


 そうして、私たちも宴席に混ざって、夜は更けていく。気さくなドワーフたちに囲まれて、私もアデルも惜しみなく祝福を受けた。

 ただし、ドワーフたちのお酒は、普通の人間には強すぎる。私とアデルは「後片付けがあるから」とお酒を辞退し、水を飲んで過ごした。


 ドラコはお酒をペロリと一口舐めてしまったようだ。早々に酔っ払って寝てしまった。

 アデルがドラコを柔らかい布の上に寝かせる。

 ドラコは寝言で、「アデル……レティ……ドラコは嬉しいでふぅ……」と呟いて、私たちは顔を見合わせて笑った。


 しばらくしてドラコが目を覚ましたところで、私たちはドワーフの住処を後にした。

 出口に向かう途中で通った工房で、アデルはまた少しだけ師匠マスターと話をする。

 マスターは、『悩んだが、新しいアイデア、買わせてもらう。試作品ができたら連絡する、ただし時間はかかるぞ』と言い、アデルはお礼を言って深く頭を下げたのだった。



 *



 ドワーフたちの宴会から、さらに時が経った。

 あの日、ドワーフからもらった魔鉱石式コンロは、車輪付きの台の上に載せられ、庭で、森で、活躍している。


 ドワーフ謹製のコンロはとても頑丈で、非常に重い代わりに、でこぼこ道を通っても壊れる気配は全くない。

 このコンロのおかげで、ドラコと一緒に荷台を引っ張って、森のあちこちで移動販売をすることが可能になった。


 少し遠い場所へ行く時は、巨鳥のエピが荷台を引っ張ってくれることもある。

 エピは巨体に見合った脚力で、重たい荷台をものともせず、おもちゃを与えられた子供みたいに楽しそうに引いてくれるのだ。



 焼きたてのパンの匂い、甘い蜜を煮詰める匂い。

 野菜を炒める香ばしい匂い、香辛料のスパイシーな匂い。


 毎回違う、美味しそうな匂いに誘われて、妖精たちが興味を持ってくれることも多くなってきた。


 甘い匂いの花蜜パンケーキがお気に入りの妖精。

 香ばしく炒った木の実がごろごろ入った、ふかふかの蒸しパンを買ってくれる妖精。

 胡椒を効かせたスパイシーな揚げ芋が好きな妖精。



 こうして森のあちこちを巡るついでに食材を調達することが出来るのも、移動販売の利点だ。

 採れたての野菜や果実を使って、その場でリクエストに沿った料理を出すことだってできる。


 移動販売が軌道に乗ってきたので、レストランの営業を三日に一度、移動販売も三日に一度、後の一日は仕込みや家のことをするための休日にした。

 ドラコが手伝ってくれることも多いが、私とドラコだけではこれがギリギリのスケジュールだ。

 それに、無理をしようとするとアデルに怒られる。当の本人も、最近は何やら忙しそうにしているのだが。


 レストランの方も、花の妖精を中心に、少しずつ他のお客様も増えてきた。

 相変わらず花の妖精は『最終調整ー』『リボンはこの辺ー?』『胸元の花飾りもう少し増やすー?』なんて相談しながら、細かな採寸をして帰る。

 アデルが居合わせた時に、彼も採寸されていたのだが、妖精たちは一体何を作っているのだろうか。




 さて、今日も営業開始だ。

 今日は移動販売の日。今いる場所は、森の中央。精霊の樹のそばである。


「ドラコ。今日も頑張ろうね」


「はい、ですー! たくさん売れるといいですね」


 ドラコの小さな手とグータッチすると、私はコンロを積んだ荷台の前に立つ。

 ドラコがコンロに火をつけると、花蜜を煮立てる甘い香りが漂い始めた。

 私は、息をたっぷり吸って、声を張り上げる。


「いらっしゃいませー!」




 こうして、私とドラコのレストラン兼移動販売は軌道に乗り始め、今は充実した毎日を過ごしている。

 アデルと、ドラコと、恵みの森の妖精たちと一緒に、これからずっとこの森で暮らしていくのだ。



 人間たちの住む街では色々なことがあった。時々、ふと思い出してしまう夜もある。


 けれど、過去の記憶が私を傷つけることは、もうない。それより大きな幸せが、私を包んでくれるから。


 愛しい旦那様と、大切な友達と、ずっと夢だったレストラン。


 ――ああ、幸せ。


 隣で、小さなドラゴンの親友が笑っている。

 家に帰れば、愛しいひとが頭を撫でて抱きしめてくれる。


 笑顔をこぼす私を慈しむように、純白の樹がさわさわと揺れた。


 ――本当に、本当に幸せ!


 美しい緑のカーテンをぬって、見えるのは抜けるような青い空。

 森の恵みと柔らかな木漏れ日の下、私は心の中で幸せを噛み締めた。



 【第一部・完】



 🍳🍳🍳


 【ドワーフたちの大宴会🍺】Completed!!


  ▷▶︎ Next 【雷雨のランチタイム⚡️】

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