第14話 大切な『家族』



 私は、精霊の祝福を受けて森の一員として認められた。

 そして、それと同時に、恵みの森でレストランを開くことに。

 お客さんは人間ではなく妖精たちだが、図らずも、夢が叶うことになるのだ。ワクワクしない筈がない。



 ちなみに、森の祝福から数日が経ち、私の怪我はもうほとんど治っている。


 ここ数日は、無理のない範囲でドラコと一緒に家の掃除や洗濯をしたり、簡易的なワンピースを繕ったり――今まではアデルが子供だった頃の浴衣を借りていたのだが、ずっと借りているわけにもいかないし、着慣れないので少し動きにくいのだ。

 あとはアデルと一緒に、搾油や粉挽きもした。


 アデルもドラコも私のことをすごく気にかけてくれて、ちょっぴり戸惑うこともある。けれど、私は人生で初めてっていうぐらい、毎日のびのびと、たくさん笑って過ごしている。



 食事は私が作ることになった。

 アデルもドラコも毎食「美味しい」と喜んで食べてくれている。ただ、私一人では火が使えないので、二人のうちどちらかに調理を手伝ってもらうことも多い。


 そうそう、洗い物や洗濯は毛玉みたいな妖精、アワダマたちが手伝ってくれるので、ラクラクだ。

 彼らは泡が大好きらしくて、隙あらばお風呂にも侵入しようとするので、最初は驚いた。

 悪さをするわけでもないので、最近はアワダマが二、三匹紛れ込んでいても気にならなくなった。むしろ背中を流してくれたりして助かる。




「レティ」


「なあに、アデル」


 私は、アデルに敬語を使うのをやめていた。彼がそう望んだからだ。

 私が精霊の樹の祝福を受け、『恵みの森の家族』となってから、アデルはよく笑うようになった。


「今日も、ドラコと一緒に食材を集めに行くのか?」


「うん、そのつもり。どんな食材が森で採れるのか知っておきたいの」


「そうか。あまり無理をするなよ」


「ふふ、大丈夫だよ。アデルは心配性ね」


「当然だろう。君は大切な『家族』なんだから」


 アデルはそう言って微笑み、私の頭を撫でる。

 優しい眼差しと手のひらの温もりに、私の顔は熱を帯びてゆく。


「何か困ったことがあれば、すぐに言ってくれ」


「うん、ありがとう」


 困っていることなんて、何にもない。村にいた時よりも、ずっとずっと幸せだ。

 アデルもいて、ドラコもいて、夢ももうすぐ叶う。

 それに、私もアデルも互いにはっきりと言葉にしたことはないけれど、私の心をくすぐるこの感情はきっと――





 この家に常備されていた食材のほとんどは、ドラコが森で採ってきたものだった。

 ドラコはアデルの執事――書類仕事などがある訳ではないので、正確にはお手伝いさんだと思うが――として、ずっと食材の調達や掃除、洗濯など家のことをしてきたそうだ。


 この家にドラコが来るまでは、他の誰かが家の管理をしていたらしい。けれど、ドラコはよく知らないようだったし、アデルもあまり話したがらなかった。

 この家にある生活必需品や人工物は、その頃からこの家に備わっていた物もあれば、必要に応じてアデルが妖精たちと取引をして入手している物もある、とドラコは説明してくれた。


「森に住む妖精たちの問題を解決に導き、森の平和を保つのもアデルの仕事です。だから、アデルは調査のついでに妖精との取引もしているです」


「取引……ねえドラコ、妖精さんたちとの取引って、どんなものなのかな?」


 先入観かもしれないが、取引と聞くと騙されたりとかするんじゃないか、と少し心配になって、私はドラコに尋ねた。


「取引と言っても、人間たちみたいに複雑な話じゃなくて、要は物々交換です。妖精によって価値を感じるものは様々なので、森の中で手に入るものをあれこれ工夫して、色々揃えてるです」


「物々交換?」


「はい。例えば、この間までレティに塗っていた傷薬。あれは、ヒュギという薬の妖精が調合してくれたです。ヒュギは蛇が大好きで、蛇と杯と必要な材料を持っていくと、杯に調合した薬を入れてくれるです」


「あのお薬、妖精さんが作ってくれた物だったのね」


「ええ。あとは、塩もそうです。ドワーフの工房で、炉に火を入れるお手伝いをすると、お礼に岩塩や金属加工品をくれるです。キッチンにある鍋やナイフは、ドワーフたちが作ったものです。……あれ? これは物々交換って言うですか?」


「うーん、それは物々交換とは言わない気がするわ」


 働いて対価を得るのだから、どちらかと言うとアルバイト的な。


 その後もドラコの話を聞く限りだと、人間同士のように複雑な思惑があるわけでもなく、どの妖精ともシンプルで裏のない付き合いをしているようだ。

 考えてみれば、みんな『恵みの森の家族』なのだから、協力しあって当然ということだろう。


「ほらほらレティ、見て下さい。キノコの群生地に着きましたよ」


「わぁ、本当だ! 色んな種類がある」


 じめじめと薄暗いこの一角は、キノコの育ちやすい環境になっている。

 シメジやナメコなど見慣れた物から、マツタケのように普段なかなか目にすることのないキノコも生えていた。

 他にも、薬効のあるサルノコシカケや、実物を見たことすらなかった高級食材、キヌガサダケまで――ここは天然の宝物庫か。


「毒キノコも紛れてるです。知らないキノコは無闇に触っちゃダメですからね」


「うんうん、分かってる――まあ、これ、真っ白で綺麗」


「あーっ、それは猛毒のドクツルダケです! 採っちゃダメ! めっ!」


 ただ綺麗だな、と思っただけで、心配しなくても触ったりしないのに。

 結局おめめを吊り上げたドラコに背中を押されるようにして、私たちはキノコの群生地をすぐ離れることになった。


「もぉ、せめてマッシュルームとエリンギぐらいは採って帰りたかったのに」


「レティに何かあったらアデルに怒られるです! 今度からキノコはドラコが持ってくるです、絶対に一人で近づいたらダメですからね!」


「はぁーい」


 私は口を尖らせて返答する。どのみちまだ森のことを何も把握していないから、一人で森に入ったら迷子確定だ。

 食材に関しては、しばらくはドラコやアデルを頼るしかないだろう。


「ところでドラコ、これで一通り食材のある場所は巡り終わったのよね?」


「はい。キノコの群生地が最後です。どうでしたか?」


「本当に豊かな森ね。おかげで色んな食材が手に入ったわ」


 私は今後のことに思いを馳せる。

 肉類や魚介類、乳製品、それから一部の調味料が手に入らないので、出来ることは限られてくる。

 だが、それを補って余りあるほど、森は恵みに満ちて豊かだった。


「妖精さんたちって何が好きかな? どこでレストラン開いたらいいと思う?」


「にししー、レティは相変わらず、料理のことになると楽しそうですね。目がキラッキラです」


「ふふふ、だって本当に楽しいんだもの!」


 その後もドラコに色々と聞き取りをして、私はレストランを開業するための仕込みに取り掛かった。



 そこから更に数日後――私は、ずっと夢だったレストランを、とうとう開業したのだった。


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