第9話 ドラゴンブレスは強火オンリー



 アデルと気まずくなってしまった私は、ドラコと一緒にキッチンでレシピを考えていた。

 美味しいものを食べれば、元気になる。笑顔になる。

 それが無理でも、心のガードが緩くなって、正直な気持ちを話してくれるかもしれない。


「……決めたわ。ドラコ、手伝ってくれる?」


「はい! もちろんです!」


「じゃあ、まず材料の準備から。必要なのは――」


 私は頭の中に思い描いた材料を全てドラコに伝え、揃えてもらう。

 その間に綺麗に手を洗って、鍋に水を満たし、火にかけ――ようとしたところで、コンロもかまどもないことに気付く。

 正確には、鍋やフライパンを置けるようになってはいるものの、その下は普通に空っぽなのだ。

 辺りに燃料も置いていなければ、周りを不燃材料で囲まれてもいない。すなわち、薪や燃料を安全に入れられるようなスペースがないのである。


「え、火、どうするの……?」



 出鼻を挫かれた私は、結局何も出来ずドラコを待つことになったのだった。


 結論から言うと、火の魔法を自在に扱えるアデルは、燃料も安全対策も不要だったのである。

 というわけで、ドラコにコンロもどきの下にあるスペースに入ってもらい、炎のブレスを使って鍋を温めることに。

 ドラコは、私の提案に、自信なさげに頷いたのだった。





 さて、気を取り直して。


 鍋を温めてもらいつつ、最初に手に取ったのは、トマト。

 ナイフの先端を使ってヘタをくり抜き、切れ目を十文字に浅く入れる。

 お湯が沸いたら鍋に放り込む。すぐに皮がめくれてくるので、冷水のボウルに取って湯むきする。

 こうすると簡単に、綺麗に皮がむけるのだ。

 皮をむいたトマトは、大きめに切っておく。


 続いて、ニンニクと玉ねぎだ。

 ニンニクは根元を切り落としたら薄皮をむき、半分に切って芯を取る。

 玉ねぎも、頭を切り落として皮をむき、根元の部分も取り除く。

 どちらも適量をみじん切りにする。ドラコにも手伝ってもらった。


 みじん切りしたニンニクは、オリーブオイルを入れたフライパンに投入。じっくりと加熱する。

 だが、ここで問題が発生した。


「ドラコ、焦げないように弱火でじっくりお願い」


「えっ……!?」


 どうやらドラコには、火加減の調整は難しいようなのだ。

 ……本来、鉄をも溶かすドラゴンのブレス。

 鍋を沸騰させるぐらいのならギリギリ出せるが、料理に使うような繊細な火加減は無理だった。

 あっという間にオリーブオイルはぐつぐつと煮え立ち、ニンニクは黒焦げに。


「あーっ、弱火だってば!」


「充分弱くしてるです! ドラゴンにはこれ以上繊細な火加減の調整なんて無理ですぅ!」


「んんん……」


 私は唸って、ようやくアイデアを絞り出した。

 この家にある唯一の火の元。

 答えは来客用の部屋にあった。


「材料持って部屋に戻って、暖炉で調理しましょう」



 *



 ニンニクを暖炉の火で熱し、香りが出てきたら玉ねぎを投入、辛抱強く弱火で炒める。焦がさないようにじっくり炒めることで、甘みが出てくるのだ。

 ある程度炒まったところで、トマトと塩こしょう、数種類のハーブを加えて煮る。

 トマトが柔らかくなって来たら、ヘラで潰していく。ドラコにすりおろしてもらったりんごを少量加えて、火を止める。


 これでトマトソースの完成だ。



 続いて、このトマトソースを使って煮込んでいく材料を準備する。


 先程みじん切りに使った残りの玉ねぎと、パプリカ、ズッキーニ、セロリを同じ大きさに切っていく。

 私は枝豆やコーンを入れるのも好きだが、今回は入れない。


 オリーブオイルを熱したフライパンで、火の通りにくい具材から順に炒めていき、全てに油が回ったら先程のトマトソースを入れて煮込む。

 味をととのえたら、ラタトゥイユの完成である。



 *



 暖炉調理は大成功。

 ――最初からこうするべきだった。


 ドラコは少しへこんでいたが、材料が煮えるのを待っている間に、今朝のシロップなしかき氷を出してあげたら、機嫌が直った。

 喜んでパクパク食べている。


「頭がキーンとするですぅ!?」


 ドラコは突如スプーンを落として、両手で頭を抱えた。

 一気に食べ過ぎてキーンとなるのも、かき氷の醍醐味である。


 この後の料理に弱火は必要ないので、キッチンでも大丈夫だ。

 ドラコに元気を取り戻してもらうためにも、暖炉ではなくキッチンで調理しよう。

 休憩が済んだら、私たちは再びキッチンに戻ったのだった。



 *



 もう一品は、お腹にたまる芋料理。

 材料はじゃがいも、油、塩こしょう、というシンプルなものだが、かわりに調理法に手をかけ、食感にこだわった一品だ。


 まずはじゃがいもの皮をむく。

 アデルとドラコがどのぐらい食べるかわからないし、今日の主食になるので、ドラコにも手伝ってもらって、多めにむいていく。


 芽は毒なので、しっかり取る。

 ちなみに緑色になっている芋は毒がいっぱい出ているので、使ってはいけない。


 皮をむいて芽をとった後――ここからが大変だ。

 大量の芋を、千切りにしていく。細長ければ細長いほど良い。

 ドラコも四苦八苦しながら、ゆっくり時間をかけて全ての芋を千切りにし終わった。


 千切りにした芋は、水にさらしたくなるところだが、今回の調理法では水にさらしてはいけない。

 まとまりが悪くなってしまうからだ。

 水にさらさず、塩を全体にまぶしたら、芋がちぎれないように軽く混ぜる。


 ここからは仕上げだ。

 フライパンにオリーブオイルをたっぷりひいて、千切りにした芋を全体に広げて入れる。本当はバターの方が香り高くて美味しいのだが、無いものは仕方ない。


 ドラコに……すなわち強火で加熱してもらいながら、時々押し付けるようにして芋を焼き付けていく。

 頃合いを見てドラコに炎を……中火程度に下げてもらって、焼き色がつくまで焼いたら、慎重にひっくり返す。

 フライパンの縁から油を追加して裏面も焼いたら、皿に取り、味を調整して、じゃがいものガレットの完成である。



「出来たー!」


「すごい! いい匂いですー!」


 二品ともフライパンを振ったり、たくさん動くことなく作れる料理だったので、何とか作り上げることが出来た。

 だが、これも私一人だったら完成させることは出来なかっただろう。


「ドラコが手伝ってくれたおかげよ。ありがとう」


「にしし、どういたしましてですー」


「じゃあ……アデルさんを、呼んできてくれる?」


合点がってんだぁ、ですー!」


「ふふ、お願いね」


 アデルが来るまでの間に、フルーツを何種類か切り分けて、器に盛った。

 皿にはかき氷よりは少し大きめの氷粒を敷き詰めてある。

 冷えたフルーツは、温かい料理の後に食べると美味しいのだ。


 ――そうして緊張して待っている私の元に、アデルはやって来たのだった。

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