第9話 ドラゴンブレスは強火オンリー
アデルと気まずくなってしまった私は、ドラコと一緒にキッチンでレシピを考えていた。
美味しいものを食べれば、元気になる。笑顔になる。
それが無理でも、心のガードが緩くなって、正直な気持ちを話してくれるかもしれない。
「……決めたわ。ドラコ、手伝ってくれる?」
「はい! もちろんです!」
「じゃあ、まず材料の準備から。必要なのは――」
私は頭の中に思い描いた材料を全てドラコに伝え、揃えてもらう。
その間に綺麗に手を洗って、鍋に水を満たし、火にかけ――ようとしたところで、コンロもかまどもないことに気付く。
正確には、鍋やフライパンを置けるようになってはいるものの、その下は普通に空っぽなのだ。
辺りに燃料も置いていなければ、周りを不燃材料で囲まれてもいない。すなわち、薪や燃料を安全に入れられるようなスペースがないのである。
「え、火、どうするの……?」
出鼻を挫かれた私は、結局何も出来ずドラコを待つことになったのだった。
結論から言うと、火の魔法を自在に扱えるアデルは、燃料も安全対策も不要だったのである。
というわけで、ドラコにコンロもどきの下にあるスペースに入ってもらい、炎のブレスを使って鍋を温めることに。
ドラコは、私の提案に、自信なさげに頷いたのだった。
*
さて、気を取り直して。
鍋を温めてもらいつつ、最初に手に取ったのは、トマト。
ナイフの先端を使ってヘタをくり抜き、切れ目を十文字に浅く入れる。
お湯が沸いたら鍋に放り込む。すぐに皮がめくれてくるので、冷水のボウルに取って湯むきする。
こうすると簡単に、綺麗に皮がむけるのだ。
皮をむいたトマトは、大きめに切っておく。
続いて、ニンニクと玉ねぎだ。
ニンニクは根元を切り落としたら薄皮をむき、半分に切って芯を取る。
玉ねぎも、頭を切り落として皮をむき、根元の部分も取り除く。
どちらも適量をみじん切りにする。ドラコにも手伝ってもらった。
みじん切りしたニンニクは、オリーブオイルを入れたフライパンに投入。じっくりと加熱する。
だが、ここで問題が発生した。
「ドラコ、焦げないように弱火でじっくりお願い」
「えっ……!?」
どうやらドラコには、火加減の調整は難しいようなのだ。
……本来、鉄をも溶かすドラゴンのブレス。
鍋を沸騰させるぐらいの弱い炎ならギリギリ出せるが、料理に使うような繊細な火加減は無理だった。
あっという間にオリーブオイルはぐつぐつと煮え立ち、ニンニクは黒焦げに。
「あーっ、弱火だってば!」
「充分弱くしてるです! ドラゴンにはこれ以上繊細な火加減の調整なんて無理ですぅ!」
「んんん……」
私は唸って、ようやくアイデアを絞り出した。
この家にある唯一の火の元。
答えは来客用の部屋にあった。
「材料持って部屋に戻って、暖炉で調理しましょう」
*
ニンニクを暖炉の火で熱し、香りが出てきたら玉ねぎを投入、辛抱強く弱火で炒める。焦がさないようにじっくり炒めることで、甘みが出てくるのだ。
ある程度炒まったところで、トマトと塩こしょう、数種類のハーブを加えて煮る。
トマトが柔らかくなって来たら、ヘラで潰していく。ドラコにすりおろしてもらったりんごを少量加えて、火を止める。
これでトマトソースの完成だ。
続いて、このトマトソースを使って煮込んでいく材料を準備する。
先程みじん切りに使った残りの玉ねぎと、パプリカ、ズッキーニ、セロリを同じ大きさに切っていく。
私は枝豆やコーンを入れるのも好きだが、今回は入れない。
オリーブオイルを熱したフライパンで、火の通りにくい具材から順に炒めていき、全てに油が回ったら先程のトマトソースを入れて煮込む。
味をととのえたら、ラタトゥイユの完成である。
*
暖炉調理は大成功。
――最初からこうするべきだった。
ドラコは少しへこんでいたが、材料が煮えるのを待っている間に、今朝のシロップなしかき氷を出してあげたら、機嫌が直った。
喜んでパクパク食べている。
「頭がキーンとするですぅ!?」
ドラコは突如スプーンを落として、両手で頭を抱えた。
一気に食べ過ぎてキーンとなるのも、かき氷の醍醐味である。
この後の料理に弱火は必要ないので、キッチンでも大丈夫だ。
ドラコに元気を取り戻してもらうためにも、暖炉ではなくキッチンで調理しよう。
休憩が済んだら、私たちは再びキッチンに戻ったのだった。
*
もう一品は、お腹にたまる芋料理。
材料はじゃがいも、油、塩こしょう、というシンプルなものだが、かわりに調理法に手をかけ、食感にこだわった一品だ。
まずはじゃがいもの皮をむく。
アデルとドラコがどのぐらい食べるかわからないし、今日の主食になるので、ドラコにも手伝ってもらって、多めにむいていく。
芽は毒なので、しっかり取る。
ちなみに緑色になっている芋は毒がいっぱい出ているので、使ってはいけない。
皮をむいて芽をとった後――ここからが大変だ。
大量の芋を、千切りにしていく。細長ければ細長いほど良い。
ドラコも四苦八苦しながら、ゆっくり時間をかけて全ての芋を千切りにし終わった。
千切りにした芋は、水にさらしたくなるところだが、今回の調理法では水にさらしてはいけない。
まとまりが悪くなってしまうからだ。
水にさらさず、塩を全体にまぶしたら、芋がちぎれないように軽く混ぜる。
ここからは仕上げだ。
フライパンにオリーブオイルをたっぷりひいて、千切りにした芋を全体に広げて入れる。本当はバターの方が香り高くて美味しいのだが、無いものは仕方ない。
ドラコに弱めの炎……すなわち強火で加熱してもらいながら、時々押し付けるようにして芋を焼き付けていく。
頃合いを見てドラコに炎を最弱……中火程度に下げてもらって、焼き色がつくまで焼いたら、慎重にひっくり返す。
フライパンの縁から油を追加して裏面も焼いたら、皿に取り、味を調整して、じゃがいものガレットの完成である。
「出来たー!」
「すごい! いい匂いですー!」
二品ともフライパンを振ったり、たくさん動くことなく作れる料理だったので、何とか作り上げることが出来た。
だが、これも私一人だったら完成させることは出来なかっただろう。
「ドラコが手伝ってくれたおかげよ。ありがとう」
「にしし、どういたしましてですー」
「じゃあ……アデルさんを、呼んできてくれる?」
「
「ふふ、お願いね」
アデルが来るまでの間に、フルーツを何種類か切り分けて、器に盛った。
皿にはかき氷よりは少し大きめの氷粒を敷き詰めてある。
冷えたフルーツは、温かい料理の後に食べると美味しいのだ。
――そうして緊張して待っている私の元に、アデルはやって来たのだった。
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