第8話 仲直りにはやっぱりコレ!



『行くな』

『ここを出て、君は笑って暮らすのか? 俺と同じ力を持ちながら、俺の知らないところで、君は笑って――』

『……すまない』


 倒れたままの椅子。開きっぱなしの扉。

 一人残された部屋で、アデルの発した言葉を反芻はんすうする。


 アデルは、私の言葉を聞いて、確かに恐怖を浮かべた。

 私といることで辛い過去を思い出してしまうのなら、私は出て行った方がいいはずだ。

 なのに、彼のあの言葉は――


「まるで、私を引き止めようとしてるみたいじゃない」


 そんなわけ、ないのに。

 行き場がない私は、この森を出ても、まともに生きていけない。

 けれど、彼の態度を見ていたら……ここにいてもいいんじゃないかって、甘えてもいいんじゃないかって、そんな風に思えてしまう。


 それは甘美な誘いで、けれど危険な考えだ。

 なぜなら――


「私には、そんな価値はない。恩返し出来ないのなら、好意に甘んじるわけにはいかない。勘違いしちゃダメ、私はここを出ていくのよ」


 私は、口に出して、自分に言い聞かせたのだった。



 *



「レティ、体調はどうですか? そろそろ介助なしでベッドから降りれそうですか?」


「ありがとう、ドラコ。お薬がとってもよく効いたみたいで、だいぶ楽になったよ」


「ふふん、恵みの森の薬草は特別製、舐めてもらっちゃ困るです。この家の倉庫には傷薬に熱冷まし、お腹のお薬に解毒薬、夜に使う秘密のお薬までキッチリバッチリ揃ってるです!」


「そうなんだ、すごいね」


 医師がいないから、この森の薬草でなんとか治療するしかないのだろう。色々と揃っているようだ。

 最後のは、睡眠薬のことだろうか。今は痛み止めが効いてよく眠れているが、もともと不眠気味だし、必要になったら少し分けてもらおう。


「それで、歩くのはまだ無理そうですか?」


「どうかな。ちょっと待ってね……よいしょ」


 私はテーブルに手をついて立ち上がろうとするが、やはり手足やお腹に力を込めると、強い痛みが襲ってきた。

 トイレの時など、ドラコに手伝ってもらえば少しは歩けるのだが……まだ一人では無理そうだ。


「――っ、ごめん、やっぱり一人で立ち上がるのは無理そう」


「そうですか……レティ、無理させてしまってごめんなさいです」


「ううん、いいの」


「実は……明日、ドラコはどうしても外せない用事があって、家を離れないといけないのです。ですから、アデルと二人になっちゃうんですけど……レティ、アデルと喧嘩したですか?」


「喧嘩……なのかなあ」


 先程のアデルの表情を思い出して、私は眉を下げた。

 私が彼に怖いことを思い出させてしまったんだ。

 彼と一緒にいる資格なんて、私にはない。


「喧嘩じゃなかったら、どうしてさっき、出ていくなんて言ったですか?」


「……聞いてたの?」


「ごめんなさいです。扉が開いてたから、聞こえちゃったです。アデルに何か言われたですか? アデルは何だか塞ぎ込んでて、お話出来そうになかったので……」


「……実はね」


 私は、深いため息をついて、一部始終をドラコに話した。




「うーん……アデルは、まだトラウマを抱えていたですか? そうは見えませんでしたけど。ああ、でも、アデルが最後に怒ったのは、きっと……」


 ドラコはうんうんと唸っていたが、突如ピンときたようで、指をぴっと立てた。


「そうだ! レティ、料理ですよ」


「え?」


 突然の提案に、私はぱちぱちと瞬きをした。

 なぜ料理の話が、と思ったものの、答えはすぐにもたらされる。


「レティは今朝、ドラコにこう言ったです。『美味しいものを食べると、人は笑顔になる。トゲトゲが抜けて、心に余裕が出来て、喧嘩しててもどうでも良くなったりする』」


「あ……」


「だから、仲直りにはお料理です。アデルに、美味しい料理を作るです」


 ドラコはキラキラとした目で、私を見つめている。

 友達の期待を込めた眼差しを、裏切るわけにはいかない。

 それに、私は――アデルと、ちゃんと向き合って、話がしたい。


「……そうね、そうよね。心を込めて、美味しいものを作る。それで、三人で食卓を囲む。上辺だけの言葉より、きっと沢山のことが伝わるよね」


「そうです!」


「ありがとう、ドラコ。やってみるわ」


 ドラコに支えてもらって、キッチンまでゆっくりと歩いていく。

 木で作られた、暖かみのある家だが――何となく暗く感じるのは、あまりにも静かだからだろうか。


「ここがキッチンね」


 どうやら、鍋やフライパン、ナイフなどの基本的なものは揃っているようだ。


 食材は、恵みの森に実るものならいつでも用意できるらしい。

 果実、野菜、穀類に豆類。

 油はオリーブでまかなえる。

 砂糖は今すぐに用意することは出来ないものの、時間と対価があれば妖精に精製してもらえるらしい。また、代替となる果実やメープル、蜂蜜だったらすぐに用意できるそうだ。

 塩は、森の地下坑道に住んでいるドワーフ族との取引で入手しているとのこと。


 乳製品や肉類は手に入らないが、卵は時々エピが分けてくれるので、その時だけ食べられるそうだ。


「エピオルニスの卵は、鶏卵の180倍の大きさがあるです。焼くだけでは到底食べ切れる量ではないので、その時に小麦を挽いてパスタを打って、乾燥させて保管しているです」


「自家製パスタもあるんだね」


「はい、月に一、二回、アデルと一緒に作ってるです。エピの卵は先週も貰ったばかりだったので、パスタもまだたくさん残ってるです。持ってきますか?」


「んー、今回は、アデルさんにお出しするお料理だから、やめとこうかな。エピちゃんの卵は、今回だけじゃ流石に使いきれないよね……まだ日持ちするかな?」


「大丈夫です。卵が余った時は、物々交換のツテがあるのです」


「じゃあ無理に使わない方がいいね。調味料は、塩、こしょう、ハーブ類……。発酵調味料はないのね」


「はっこう?」


「お酢やお酒のことよ。外国の物だと、醤油や味噌、みりん、魚醤というのもあるわね。酵母や乳酸菌、麹菌なんかを利用した調味料よ」


「お酒ならドワーフたちが持ってるです。でも、分けてくれないと思うです」


「ああ、いいのいいの。ドワーフさんたちの火酒はかなり度数が高いんでしょう? 料理には向かないと思うの。ある物を使って作れる料理を、考えてみるね」


 明日はドラコが不在ということを考えると、アデルに料理を振る舞うのは今晩になる。

 少ない調味料、少ない食材で、あまり動かない体でドラコに指示しながら、短時間で出来るもの――。

 私はドラコに手伝ってもらいつつ、野菜の保管庫を物色し、レシピを考え始めたのだった。


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