第6話 美しき異常な一皿 ★アデル視点




 アデル視点です。


――*――


 ドラコが持ってきた美しい一皿を見て、俺は心底驚いていた。

 皿の中央には煌めく氷の山があって、その頂上には、俺とドラコを模した物が飾られている。


「……これは?」


「ねっ、すごいでしょ? レティはりんごだから食べていいって言ってたですけど、もったいなくて食べられないです」


「そうだな」


 確かにドラコの言うりんごの飾り切りは、非常に精緻で芸術的だ。

 皮の赤い部分と実の黄色い部分を上手く利用し、削り方にも緩急を付けて、見事に立体感を出している。


「あと、レティから伝言があるです。『親切でお薬を塗ってくれようとしたのに、突き放してしまってごめんなさい』って」


「あ、ああ」


 俺はレティの反応を思い出して、ドラコから目を逸らした。

 小柄で痩せていたから、もっと年若い子供かと思っていたが、十八歳……俺と三つしか違わない。

 恥ずかしいに決まっている――何故俺はきちんと配慮してやらなかったのか。


 そもそも、最初に着ていた服から浴衣に着替えさせた時に、ちゃんと気が付けば良かったのだ。

 その時は、身体の傷があまりに痛々しくて、そこまで気が回らなかった。


 俺は、真っ赤になって涙目で俺を睨む彼女の顔と、自分の失態を振り切るように、煌めく氷の細粒に目をやった。

 本当に美しい皿だ――しかし、やはり、どう見てもである。


「それよりドラコ……お前、気付いたか?」


「え?」


 ドラコは、こて、と首を傾げた。

 だが俺はそれに答えず、細かい氷の欠片を、スプーンで掬って口に運ぶ。

 ザクザク、シャリシャリとした氷は、口の中であっという間にほどけて消えていく。

 味はしないが、口の中が程よく冷やされ、すっきりと心地良い。


「気付くって……何にですか?」


「氷だ」


 俺はドラコにスプーンを差し出すと、自分も再び氷を掬って、口に運ぶ。

 今度は氷と一緒に、ベリーも。

 キンキンに冷えたベリーの爽やかな香りが鼻腔を抜け、酸味と甘みが口内に弾けた。


 ドラコも俺に倣って、パクリと氷を口に放り込むと、驚いたように頬を押さえた。


「ひやひや冷たいのです! 不思議な食感ですね」

 

「ああ。さっぱりして、いくらでも食べられそうだ」


「はい、ドラコもそう思います! えっと、それで、アデルは結局、何が言いたいですか?」


 ドラコは再び氷を掬う。

 どうやらドラコもこの氷が気に入ったようだ。

 しかし、この皿の異常性に気付いた様子はない。


「……ドラコ。この氷は、どこから持ってきた?」


「もちろん、レティの部屋からに決まってるです」


 当たり前だろうと言わんばかりの表情で、ドラコは即答した。

 聞き方が悪かったな。


「お前は、彼女の部屋に氷を持って行ったのか?」


「いいえ」


「だったら、彼女は、氷を用意した?」


「……あ、確かに。んん……? どうやったんでしょう……?」


 そもそも、この森では氷は貴重だ。

 冬に凍った川から切り出してきて、氷蔵室に保管しておけば、何とか夏まではつ。

 それでも食材や薬品などの保冷に使うのが主であって、そのまま食べるなんて贅沢な使い方はしない。

 森の外、人間たちの集落では氷を取っておける特別な設備もあるらしいが、夏でもそれなりに涼しいこの森には必要のない設備だ。


「これは、レティからのメッセージだろう」


「メッセージ?」


 ――普通に考えても、説明が付かない現象。

 それを可能にする不思議な力を、俺はよく知っている。


 それは、長年俺を苦しめてきたもの。

 選ばれた者にだけ授けられた力であり、自分を縛る鎖であるもの。

 すなわち。


「――『魔法』だ」


 精霊が気まぐれで人間にもたらした、異能力。

 精霊の与えた加護であり、自然の恵みそのものの力。

 だが――この地にあっては、ただの呪い。


「精霊の力を閉ざしてしまったこの地に、外から紛れ込んだ異物。――恐らくレティは、俺とだ」


 ――私も、あなたと同じ。


 きらきらと光を反射する白い細粒には、彼女の優しさと痛みと――助けてくれという叫びが込められているような気がした。


 ……あの少女のことを、もっと知りたい。

 いや、保護した責任もあるのだから、知らなくてはならないのだろうが。

 


 ◇



 この地に、精霊の力を持たない者たちがやって来た時。

 本当なら俺も、他の者たちと共に、大人しく聖王国や帝国に逃げれば良かったのだ。


 けれど、そうしなかった。

 そう出来ない理由があった。


 ここ、恵みの森の奥地にひっそりとそびえる、精霊の樹。

 星の中枢から世界中に根を張り枝葉を伸ばす、世界樹ユグドラシル――その枝葉のひとつが、この森にあるのだ。

 世界の、精霊の恵みそのものであるその樹を護るのが、俺たち一族――いや、俺の役目だった。


 俺は、精霊の樹を護る役目を負った『神子みこ』――『炎の一族』の中でも最も強い力を持つ、火の精霊の加護を受けた唯一の人間だ。

 だから、俺には精霊の樹を護る責任がある。この森を護れるのは、誰よりも強い力を持つ俺だけだ。俺は、安全を確保した上で他の『炎の一族』を全員森から追い出し、誰も入れないよう、森に炎の結界を張った。


 自分の選んだことだが、時折、俺の身に降りかかったこの理不尽に腹が立つこともあった。けれど、復讐や報復だけは望まなかった。

 俺個人の感情に、精霊を巻き込みたくない。俺が怒りに任せて力を暴走させたら、この地の全てが業火に沈んでしまうだろう。

 人間どもはどうでもいいが、一族が愛したこの森を焼き尽くしてしまったりしたら、俺を信じて全てを預けてくれた精霊や、俺が追い出した一族の者たちを裏切ることになる。


 人の業は深い。

 精霊に授かった力を人間同士の争いに用いるなど、あってはならないのだ。



 ◇



 俺は、残りの氷をドラコに譲って、部屋を出た。

 目指す場所は、俺の部屋と同じ二階にある。

 廊下をゆっくりと歩きながらも、俺は考えることをやめない。



 現在、目下の問題は、俺に後継者がいないことである。

 ああして追い出した手前、俺自ら一族の者を呼び戻すことも出来ない。それに、彼らも恐ろしい思い出のあるこの地に戻ろうとは考えないだろう。


 だが、このままでは、俺がいなくなった後、樹を護る者は不在になってしまう。 

 もしそうなってしまったら、樹は枯れ、辺りの魔力を吸い尽くし、人も動物も妖精も住めない森になってしまうだろう。

 恵みの森は、まさに魔の森へと変じてしまう。


 そろそろ外に出て後継を探さなくてはならないのだが、森の結界を維持する必要があるため、あまり遠くへは行けない。

 それに――外に出たとしても、上手くいく未来が、全く想像出来ないのだ。

 精霊の加護を得ていて、信頼できて、人里離れたこの森に未来永劫住みついてくれそうな人間なんて、どう考えたって見つかりそうにない。



 正直、あのレティシアという少女を助けた時、そのあたりの打算が全くなかった訳ではない。

 彼女に治療を施したら、少し話が出来るかもしれない、と。

 外の世界の現状や、一族ゆかりの者の情報、それ以外でも何でもいい。何かの糸口が見つかるかもしれないと思ったのだ。

 ――まさか本人が『加護持ち』とは思っていなかったが。



 もしかしたら。

 俺との彼女だったら、もしかしたら。

 俺と一緒に、この森で――。


 そんな淡い期待を胸に抱くと、何故だか急速に鼓動が高鳴っていく。

 このふわふわした気持ちは、一体何なのか。考えたところで、答えは出そうにない。



 そうしていると、レティに貸している部屋の前にたどり着いた。

 俺は深呼吸をしてから、その扉をノックする――。




 🍳🍳🍳


 【恵みの森の果物🍎】Completed!!


  ▷▶︎ Next 【恵みの森の野菜🧅】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る