第2話 傷だらけの娘 ★アデル視点


 アデル視点です。


――*――



「アデル。あの娘、どうするですか」


 廊下を歩きながら、緑龍グリーンドラゴンの妖精ドラコが俺に問いかけた。

 ドラコは俺の膝より少し高い程度の身長で、尻尾を引きずりペタペタと二足歩行している。


 本来、広く知られているドラゴンの姿は、鱗に覆われた巨体に鋭い牙、尖った鉤爪。巨体に見合った太い手足と巨大な翼を持つ、凶悪な魔物だ。


 ドラコはある出来事から知能を得て、魔物から妖精へと進化を遂げた個体である。妖精となったドラコは、現在の姿である妖精体と、魔物体、どちらにも変身できるようになったのだ。


「どうもこうもない。怪我が治れば、いずれ出て行くだろう」


「どうでしょうか。あの娘、何かから逃げてきたのかもしれませんよ? 元の居場所に戻りたくないと思っているかも」


「確かにその可能性は高い。知人の連絡先を尋ねた時の反応も然り、転落時に打ちつけた面以外にも傷やあざがあったことも然り。何故転落したのか答えなかったことも然り。……だが、彼女の元いた場所以外にも、人の住む地はたくさんある」


「じゃあ、あの娘が出て行こうとしなかったら? このままここに住まわせるですか?」


 ドラコは、真っ直ぐに俺を見上げて問いかけた。


 幸い、部屋は余っている。

 ここは、森の中の一軒家。

 平民の家よりは大きく、貴族の屋敷よりは小さいこの家は、俺一人が住むには広過ぎる。


 だが――俺は悪名高い、『凍れる炎帝』フリージング・ブレイズ

 俺は一瞬考えてから、ドラコに返答した。


「――彼女が俺を怖がらないのなら、それでも良い」


「……アデルは優しいのです。ドラコは、アデルが怖いと思ったことは、二回しかないのです」


「ん? 二回? 一回はお前と出会った時だろうが、もう一回はいつの話だ?」


「そっ! それは言わないのですっ! おっ、思い出したら寒気が……」


「んんん……?」


 ドラコは両手で自らの腕をさすっている。

 思い当たる節が全くなくて、俺は首を傾げた。


「と、とにかく。ドラコは、これ以上アデルに傷ついてもらいたくないのです。ここに住まわせるかどうかは、あのちんちくりん次第です」


「ドラコはすっかり立派な執事だな。あとは、そうだな……時々毒舌になるのを直せば完璧じゃないか?」


「毒舌って何ですー!? ドラコは、炎は吐きますが毒は吐かないのです。それにドラコは思ったことしか言わないのです、言論の自由ですー!」


「いや、言論の自由とかどこで覚えたんだ……」


「ふふん、ドラコの浅知恵をなめてもらっちゃ困るのです」


 浅知恵って。

 当の本人……いや、本竜は、胸を張って自慢げにしている。

 いつか機会があったら、この健気な使い魔に辞書でも与えてやろうと心に決めた。



 *



 コンコンコン。


 部屋の扉をノックしても、返答はない。

 眠っているのだろう。


「レティ。入るぞ」


 俺は、そっと扉を開く。

 急ごしらえで用意した客間のベッドで、傷だらけの少女は眠っていた。

 俺は水差しとグラス、果物、痛み止めの薬を彼女の枕元に置いて、穏やかな寝顔を覗き込む。


「薬が効いたみたいだな」


 レティは小柄で、痩せていた。

 茶色い髪や瞳は、この森の南に広がる地域でよく見られる色合いだ。

 着ていた服からすると、彼女は近くの町村に住む平民だろう。


 そして。

 レティは――状況から考えて、誰かにされたのだろう。


 おそらくではない。もし彼女が罪人で、死罪になったのだとしたら、人目につく所で処刑するはず。

 処刑人は、人の寄り付かない崖に捨て、安否を確認する前に去るなどといった行動は取らないはずだ。


 そして、どこからどう見ても、転落時に打ち付けるはずのない場所に付いていた傷。鞭で打たれたのか、みみず腫れになっていた所もあった。

 いくら人の世に疎い俺といえど、その意味が想像できないほど鈍くはない。


「……痛かったな」


 眠る彼女の額に手を当てて熱を測りつつ、そのまま手のひらを小さく往復させる。

 身体の怪我は数日で治るが、そのまま彼女を帰していいとも思えなかった。


「ここは安全だ。ゆっくり眠ってくれ」


 俺はそう言って、身を起こす。

 レティの目から、ひと雫の煌めきが頬を伝っていったが――俺は気付かないふりをして、静かに部屋から出て行った。


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