恵みの森の果物🍎Fruits of the Blessed Forest
第1話 『凍れる炎帝』
この地には、魔法使いが住んでいる。
火の精霊に愛されて生まれたその男は、幼い頃から圧倒的な力を持っていた。
男がひとたび手を振るえば、辺り一面に紅蓮の炎が
例え魔の者であっても彼の力には敵わず、異形の者すら彼に平伏し、人の身にしてドラゴンすらも使役するという。
男は、いつしか人の世界を捨てた。
只人では持ち得ない強い魔法に、人は皆畏怖するのだ。
恐ろしい魔物の棲む森の奥で、男は一人、ひっそりと暮らしている。
男の髪は闇を溶かしたように真っ黒で、瞳は燃えるように紅く輝き、人とは思えぬほど美しい。
しかしその心は、氷刃のごとく冷酷無慈悲で、何者にも溶かすことが出来ない。
付いた二つ名は、
――あの日、私は死んでしまうはずだった。
そんな私が、
✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚
ぱち、ぱち。
炎が爆ぜる小さな音で、目を覚ます。
そっと瞼を開くと、目の前にあったのは――ツヤツヤの鱗に覆われた、輝く黒い瞳だった。
「わあ!? 目が開いたです!」
「えっ……?」
「アデルー! 山で拾ってきた女の子、起きたですー!」
声の主は、緑色の鱗に覆われた翼をパタパタと動かしながら、甲高い声で誰かを呼んでいる。
その姿はまるで――
「……トカゲ?」
「きぃ! 失礼な奴です! トカゲは喋らないし、翼もないし、こんなに可愛くないのです! キサマの目は節穴なのですー!」
「ご、ごめんなさい」
二足歩行のトカゲもどきは、鼻息を荒くしてプンプン怒っている。
どうやら私は、ベッドに寝かされているようだ。
視線の先、トカゲもどきの後ろには暖炉があって、それがパチパチと爆ぜていたのだと思い当たる。
部屋は木造。あまり広くはない。
窓はあるものの、カーテンが引かれていて、この家の場所はわからない。
すぐさま部屋の扉が開いて、一人の男性が入ってきた。
十八歳の私より少し年上、見たところ二十代前半だろうか。
長い黒髪を腰まで伸ばし、紺色の
絵本か何かで見たことがある――確か浴衣とかいう、どこかの民族衣装だったか。
秀麗な面輪は凍れるように冷たく白く、人智を超えた美しさだ。
切れ長の瞳は燃えるように紅く、新雪に落ちた血痕のように、鮮やかで――けれど澄んでいた。
「騒がしいぞ、ドラコ」
「昨晩拾った子が起きたです。起きるなりドラコをトカゲ呼ばわりしたのですー。自分なんてよくある茶髪に茶色の目でちんちくりんのくせにですー!」
トカゲという言葉は禁句だったのだろうか。
流れるように私の容姿をディスられたが、トカゲもどき――もとい、ドラコの言う通りなので何も言い返せない。
「普通の人間はドラゴンの妖精体を見たことがないんだ。許してやれ」
「むぅ、アデルがそう言うなら仕方ないのですー」
不服そうなドラコから視線を外し、アデルと呼ばれた男性はこちらを向いた。
アデルの紅い瞳が、私を見据える。
私は慌てて起きあがろうとするが――
「――痛っ」
「そのままでいい。全身に傷や打撲がある。俺には医療の心得がないから、簡易的な手当てしか出来なかった。すまない」
「す、すみません」
「しかし君は、何故あんな所にいたのだ? 崖の中腹に生えた木の上など、睡眠には向かない場所だと思うが」
「え……私、そんな所に? どうして?」
「……覚えていないのか?」
「えーと……」
「夢遊病か……哀れな」
「はは……」
……その線はないと思う。
だが、真剣な顔のまま冗談なのか何なのかよく分からない発言をする男性に、ツッコミを入れる気も起きなかった。
なんせ、思考が妨げられるほど、身体のあちこちが痛むのだ。
「とにかく、傷がもう少し良くなるまでは安静にしていろ。その後は君の知り合いに連絡――」
「ダメっ!」
「……ダメ、とは?」
「え……? あ……えっと」
つい強い口調で止めてしまったが、私はその先を話し出せず、口ごもってしまう。
アデルは、そんな私を不審そうに見つめるが、私はどうしても上手く答えることができない。
「――まあいい。とにかく、落ち着くまではここにいるといい」
「ありがとうございます……」
「それから、君……名前を聞いていなかったな。俺はアデルバート。アデルでいい。君は?」
「私は、レティシアです。レティと呼んで下さい」
「それから、そこにいるのは――」
「わたくしめはドラコです。見ての通り、どこからどう見てもカッコ可愛いドラゴンです。またトカゲ呼ばわりしたら、容赦なくキサマを魔の森に放り出すのです」
「は、はい、ごめんなさい。ありがとう、アデルさん、ドラコさん」
こうして、崖の途中の木に引っかかっていたらしい私は、アデルとドラコに救出され、彼らの住む家にしばらくお邪魔することになったのだった。
*
お互いに名乗ったところで、アデルとドラコは部屋から出ていった。
一人になった私は、木の天井を見上げながら、物思いに
正直、どうしてこうなったのか、全く思い出せない。
私が崖から身を投げた?
――否。それだけはない。私には夢があったもの。
偶然足を滑らせた?
――どうだろう。そもそもどうして崖の上になんていたのだろうか。
それとも、誰かに……?
思い出そうとすると、頭が痛くなる。
なんだろう、思い出すのを心が拒否しているみたい……。
私は考えるのをやめて、再び重くなってきた瞼を下ろしたのだった。
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