第2話 真夏の夜の夢の開演

「なあ星夜、暁斗たちがショーの観れる場所取ったってライン届いた」

「うん」

「ついでに夕ご飯用のメシ買ってこいってさ」

「わかった、なんかリクエストとかある?」

「あいつらのことだろ、食えれば何でもいいだろ」

「うーんじゃあ昼はピザだったからそれ以外にしようか」

「うーんじゃあさっきチキンあったからそれ買おう。あとついでに焼きおにぎりもあるからそれも買ってあとビール買えばいいんじゃね?」

「いっとくけど僕は未成年だからビールは飲めないよ」

「うんじゃあお前だけオレンジジュースな」

「えー僕だけ仲間外れ?」

「嘘だよ。お前だけ仲間外れなのは可哀そうだからな。俺らが初めて酒飲むのはお前が二十歳になったらって決めているからな」

「じゃあ今夜はみんな仲良くオレンジジュース飲みながらショー観るの?」

「それは俺が嫌だ。俺は…」

「コーラでしょ。じゃあ僕は飲み物買ってくるから、幸助はチキンとおにぎりの方よろしく」

そこでセイヤとコウスケは分かれて、僕とセイヤは飲み物が売ってあるワゴン式のお店に並んで待っていた。

「幸助はコーラでしょ、暁斗と蓮も…コーラでいっか。僕はアイスコーヒにしよう」

セイヤがお友達の飲み物を確認しているうちに順番が回ってきた。桜色のコスチュームがよく似合うお姉さんだった。短い髪にしだれ桜の髪飾りがよく映えている。

「こんばんわ、ご注文を承ります」

「えっと、コーラを三つとアイスコーヒ一つで」

「かしこまりました。コーラとアイスコーヒ一つですね、ミルクとガムシロップはつけますか?」

「あ、両方お願いします」

「はい、それで…お兄さん可愛らしいお連れ様がいますね。その子用の飲み物はよろしいのでしょうか?」

「え?」

セイヤは予想外なことに動揺していた。僕も同じだった。お姉さんわかっているのかな?僕達ぬいぐるみは食べ物や飲み物は口にすることできないって、それでも僕達の動揺なんて目もくれずにお姉さんは口を開いた。

「今、お勧めなのは夜の桜を思わせるような桜の雫ソーダです。紺色の液体と桜の花びら型のゼリーがとてもマッチしていて綺麗なんです、今日はお兄さんにとってもその子にとっても特別な日ですから。私からのささやかなお祝いだと思ってください。あ、勿論お駄賃は結構ですので」

「あ、ありがとうございます。でもよくわかりましたね。僕とこの子が今日初めて出会った日なんて」

お姉さんは作業を進めながらセイヤの疑問に答えた。

「勿論です。私は目がいいので。お兄さんがその子と出会って嬉しいという幸せオーラが滲み出ていたので」

「そ、そうですか。ちょっと照れるなあ」

セイヤは片手で後ろの首を触りながら言った。僕の目にも少し頬がピンク色に染まっているように見えた。

でも僕も少なからず初めて僕を見つけてくれたセイヤに嬉しいと思ってくれたなんて僕も体が若干熱く感じる。

「夜のショーまで残り三十分ですね。ねえボク君よかったね、素敵なお兄さんに見つけてもらえて。初めてお兄さんと観るショーはきっと感動モノだよ。それでは心ゆくまでお楽しみください。バイバイ」

セイヤは全ての飲み物を受け取って、お姉さんとさよならした。

そして僕達はショーの観覧席のスペースまで来た。僕はこのショーを近くで観ることを密かに楽しみにしていた。野外水上ショーの形で繰り広げられるまるで夢のようなショー。夜空にきらきら光る星たちが照明のように輝いていて、カラフルな衣装を纏うダンサー。真っすぐ線に尾をひいて花開く金色の花火。

このショーの時間は、僕にどれだけ人間のことを凄いと思わせたのだろう。衣装に花火、そしてショーに基づくストーリー。全てが人間の手で作っているだなんて僕は未だに信じられない。今思えば僕が人間になりたいと思ったきっかけはこのショーなのかもしれない。

「おーいこっちだ星夜」

「あ、暁斗だ。飲み物買ってきたよ」

セイヤが注文前にブツブツ言っていたアキトとレンはショーを観る観覧席に座っていた。

アキトは髪を真っ赤に染めていて、金色のアクセサリーをジャラジャラ鳴らしている。そんな恰好でもあまり怖く感じなかった。きっとセイヤの友達だからというものもあるだろう

レンはサフラン色のスラックスベストを白いコットンシャツで眼鏡をかけていてインテリっぽいのに前髪にスミレ色のメッシュをかけているせいか堅苦しさは感じなかった。

「おーありがとうってなんで五個もあるんだ?」

とアキトが首を傾げている。

「あーそれはこの子の」

セイヤは僕の頭を軽く撫でた。

「おいおい、星夜いよいよこのパーク来ておかしくなったか?」

「別におかしくなってなんかないし」

「珍しいよな。星夜は滅多にそうゆうのあまり買わないだろ。周りの熱に浮かされてみたいなの」

落ち着いた口調がレンだ。でもあまり声が低くなく中性的な感じで性を感じさせない。不思議な印象を持った。

「ついね、この子が可愛くて…」

「ふーんまあじゃあそのいかにも映えを意識したジュースは誰が飲むんだよ」

「この子が飲むに決まってるじゃん」

「本当におかしくなったぞ。いつも天然ボケかましてる星夜だけど今回はひどいね」

「まあまあ星夜が飲むだろ」

「みんなーおまたせ。夕ご飯の時間だぞ」

コウスケが大量のチキンと焼きおにぎりを持ってきた。

「おーメシだー」

アキトが少年みたいに喜ぶ

「小学生かよ」


もうオレンジ色の空は消えていて常闇の空に変え、星々はひとつまたひとつと煌めいていた。

「まもなく、○○会社がスポンサーとするナイトショーが開演します。ショーをご鑑賞する際は…」

スピーカーを通してパーク全体に広がる女性の声を聞きながら僕は夜空を仰いでみる。

何千、何万もある光の粒を数えていると

ヒューと風船の空気が抜けたような音が聞こえたのと同時にパンと金色の大きな花が夜空に開いた。

スピーカーから盛大な音楽が鳴り響く。

あらゆる音が僕の鼓膜に重なる。

おお、と感嘆するような期待する沢山の人間の声やそれぞれの音色を奏でる複数の楽器、キャラクター達の会話のやりとり。

色鮮やかなスポットライトに誰もが目に星を宿しているかのように輝かせていた。

でもセイヤはなんだか少しだけ目の色みたいなのが違った。

どこか遠くをみているかのような寂しそうな遥か遠くの水平線をみているかのような気がした。

セイヤの頬になにかスーっと零れるのがみえた。透明なのに銀色に輝いている。その零れた光の雫は僕のほうにも落ちてきた。僕の体にちいさなシミが出来る。けど僕の体には何かが濡れたという感覚しかわからない。その正体は涙だ。

僕にとって涙は子供が親に買ってほしい物をねだる時とか誰かに叱られてこぼすものだと思っていた。

だけどこの瞬間のセイヤの涙は、僕がみてきた中で一番美しいものだった。どんな花火も星の光にも彼の瞳に流れる銀色の星火にはきっと叶わない。そんなセイヤの姿に僕は恋に落ちたんだ。それだけが唯一わかっただけ。この景色を忘れたくない。セイヤと一緒にみた景色は何があっても忘れない、そう誓った。


やがて桜は散り、木々に緑が染まって葉桜が咲いた。

それから青い空に入道雲が流れ込んだその景色をずっと眺めていた。セイヤの部屋に沢山の人が来てゲームしたり、勉強したり、夏の果物を食べたりして僕にとって初めての夏も早くも終わりを迎えようとしていた。

ある夜セイヤの家族が手持ち花火をすることになった。

小さな花火でも綺麗で色鮮やかな火を観ることができて嬉しかった。火花がアスファルトに落ちていくかのように僕の夏が徐々に終わる。

いつも僕はセイヤと同じベッドで寝る。この日はやけに涼しかった。今日の昼は猛暑日と言われるほど暑かったはずなのに涼しい風が僕をさらうかのように包み込む。

一度目を覚ました。

いつも通りのセイヤの部屋が僕を安心させるはずだったのに、

僕は知らない街の中に、なぜか居た。

しかも僕は立っていた。自分の足で。



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