第3話 紅葉色の箒星に乗って

僕はセイヤと寝ていたはずなのに、けど景色は外でしかも僕がみたことが無い建物や道路がある。

しかも建物のサイズがセイヤの近所にある物とは全然違った。僕に見合ったサイズだ。つまり僕にはちょうどいいが、人間にとっては小さすぎるということだ。でも小さい子供ならなんとか入れるかな?

上を向いてみるとオレンジや赤色、黄色の葉っぱが僕にふり落ちてきた。

ひらひらとその葉っぱがゆるやかに落ちるのをついじっとみてしまった。桜の花びらとはまた違う美しさに見とれてしまった。ふと鼻に少し、香ばしい華やかな匂いがついた。匂いをたどってみると黄色と白のレンガ造りの建物に着いた。黄色いレモンのケーキに白いホイップクリームが乗っかったセイヤのお母さんの手作りのスイーツを思い出した。茶色いクッキーのようなドアを開いてみる。

「お邪魔しまーす」

なかに入ってみると外観とはガラリと変わった。

チョコレート色の家具が並んでいてブラウンのラグが足に心地良さを教えてくれる。

上をみてみると沢山の本が並んでいた。僕の知らない言語のタイトルが沢山ある。

もしかしてこの家に住んで居る人は魔法使いなのだろうか?もしそうならセイヤの部屋からここに来れた理由も分かるはずだ。

「やれやれ、やっと私のスペシャルブレンドティーが出来たよ。これを作るのにどれだけ時間がかかったのだろうか」

ふと後ろを振り向けば黒い帽子?みたいな、なんだっけ?セイヤのお母さんが作ってくれたチョコレートで作られていて中にクリームみたいなのが入っていたあの…そうだザハットルテだ!

それに合わせた黒い燕尾服。ルビーの宝石が埋められたネクタイピン。まるで童話に出てくる黒騎士のような装いだった。

「おや?やっと来たのかい、ボク君」

「え?貴方が僕を呼んだんじゃないのですか?」

「ふふ、ここはねあらゆる悩みをもった人形又はぬいぐるみを助ける場所、此処はそうだね…魂の交換所という事務所だ」

黒騎士は紅茶の入ったティーカップとソーナーを持って書斎の椅子に座る。

―魂の交換所

そんな場所存在するんだ。僕はそう素直に信じた。

「僕みたいなぬいぐるみの悩みを助ける…それが貴方の仕事なのですか?」

「そうだよ。過去にも君みたいなぬいぐるみが自分自身からそう望んで此処へ来た」

貴族のように優雅に紅茶を飲み干す。上品で本当に位の高い騎士のような仕草だった。

「それより、貴方は誰なんですか?」

「おや?名乗ってませんでしたっけ?」

うんと頷く。

「それは失礼した。私はこの見た目通り黒騎士だと呼ばれている。まあ一部はショコラと呼ばれているがまあそれは置いておいて。そういえばボク君ずっと立っていたままじゃないか、その椅子にかけるといい」

黒騎士が手を指した椅子には僕みたいなぬいぐるみに丁度いいチョコレート色した革製の椅子だった。

座ってみるとボンボンショコラの中のガナッシュみたいに体が溶けそうなほど心地良い椅子だった。

「ふふ、良い椅子だろう。特別な家具屋で取り寄せたんだ。さて無駄話は此れくらいにして君は何を悩んでいるんだ?悩みによるがこの私が何でも解決するぞ」

僕は悩んだ。この悩みをこの人に打ち明けてもいいのだろうか?

「そうやって黙ってても私は何も分からないぞ?悩みは口にするだけでも少しは心が軽くなるぞ。ほら君の分の紅茶だよ」

差し出された紅茶の琥珀色の液体に自分が映る。取り敢えず話すだけ喋ってみようかな。初めて紅茶を飲み干した。優しい味で思ったより飲みやすく甘かった。

「人間に成って主人であるセイヤにお礼を言いたいんです、そして自分の気持ちを告白してあの日僕を家族にしてくれてありがとう。大好きだよって…ちゃんとセイヤに伝えたい」

黒騎士はびっくりしたようにこう言った。

「凄い、正直だね。人間もボク君みたいにそれぐらい素直になればいいのに。まあ予想通りだったけど」

「予想通りってどうゆうことですか?」

僕はつい、大きな声を出してしまった。

黒騎士がシッと唇に人差し指を当てられた。色っぽいその仕草は王子のようだった。

「あ、ごめんなさい」

「君みたいなぬいぐるみや人形達はね大体二つくらいの悩みを抱えてここに来てるんだ。一つは君みたいに人間に成りたいと願う、比較的にとても善良な人間に買われた人形達。二つ目はあまり遊ばれず、ずっと放置のまましかも人間たちの身勝手なストレスなどで八つ当たりされてボロボロされた不幸な人形達。君は前者。

でも、私は今まで色々な人形やぬいぐるみ達の悩みを手助けしたけど、人間に成りたいという願いは、あまりお勧めしないかな」

「どうして?」

「仮に人間に成ったとして、自分達のご主人にお礼を言うとしよう。でも相手はなんのこと?と首を傾げられるだろう場合によっては不審者だと思われてしまうかもしれない。例えお礼が成功したとしてその後どうする、ご主人と一緒に交友深められて死ぬまで友人になれたとしても人間になってしまえばヒトとして自分の人生を切り開かなければいけない。人間の人生は僕たち人形が予想を遥かに超えるように過酷だ。性格やその人形やぬいぐるみの精神にもよるが心の病に堕ちて、最悪の場合自殺する者もいた。まだ不幸な目にあった後者達はほとんどが素直に別の人形やぬいぐるみに生まれ変わったり、虫や植物になったりしたよ。でも君たちみたいな子ははね大体頑固で人間はそう悪い生き物では無いと本気で信じてきってるからね。全員がそうではないけど少なからず残酷で非道な人間は存在する」

唾を飲み込んで緊張した空気の中、僕は話した。

「確かにひどい人間は居るとは思う。前、住んで居た家でも僕をぞんざいに扱った世話人や遊びに来たゲストも居た。面倒をみてくれた兄さんもあまり人間にはあまりポジティブな印象は持っていなかったし、ハズレと言った人間は殆どがそのヒドウな人達だった。だからそれに関して、僕はきちんと理解していると自負しているつもりだ。それを踏まえて僕は人間に成りたいと望んでいる」

「ふっふっふ、なるほどなるほど。どうやら僕は君のことを少々舐めていたようだ。君はこの世界ではとても強い部類に入ると思うよ。これなら心配ないね、じゃあ君の望みを叶えてやろう」

一瞬だけ少し悪い企みをしたような顔をしたがみなかったことにしよう。

黒騎士は立ち上がり、一冊の本を置いた。真っ白な表紙に金色の文字が抜かれていてまるで星座のようだった。

「此れはぬいぐるみを人間にする魔術が書かれている本だ」

「わあ、凄い」

自然と声が漏れていた。

黄みがかかったページには僕には到底わからない文字や図がぎっしり詰まっているかのように書かれている。

僕がなんとなく理解したのは人形のイメージを思わせた絵と人間の絵が矢印に向かって描かれていることだけだ。

「基本、ぬいぐるみが人間に成るに際所有者の年齢に合わせるけど君のそのセイヤという男は今、二十三歳だ。もし君が人間になるとするなら姿は二十代前半の男となるが…それで文句はないか?」

「はい、大丈夫です」

「よし、じゃあ始めるけど…心の準備はいいかい?」

自分の心臓の位置に両手を当てる。大丈夫、僕はならいける。ずっと焦がれていた、僕の言葉がセイヤに届くことを。例え自分の気持ちが届かなくてもセイヤに伝えただけでも僕は十分だ。人間とぬいぐるみの恋なんて悲劇の結果しかみえないことくらいわかってる。わかってる。でも怖くない、セイヤなら優しく微笑んでくれる。それはそばにいた自分自身が一番わかっているはずだ。

「どうした?怖気づいてしまったか?やめるのかボク君」

「辞めない!僕はセイヤに伝えるんだ。ありがとうって!」

「ふっ、よしじゃあ一旦立ってもらってあっちソファに座ってもらおうか」

僕は立ち上がってそのソファに座った。

「じゃあ目を閉じて、今までの思い出を思い出して頭に浮かべるんだ。それから僕は人間に成りたいという願いも込めてね」

「はい」

僕は頭の中で記憶の欠片を集めた。

小さなパズルをひとつずつ集めて、集めてそれがやがて美しい絵になるように。

「目を開けてもいいよ」

そう聞こえて言われた通り目を開くと僕はセイヤと最初に出会ったテーマパークのエントランスに居た。

手をみてみるとかつてふわふわな手ではなく正真正銘の男の人の手だった。セイヤよりは少し骨っぽさはあまり感じなかった。それでも僕は人間に成れた事実に素直に喜んだ。

「君を人間にするという望みは叶えた。しかし、君が私のもとに訪れた日からかなり時が進んでいる。それを忘れないでくれ」

そこには黒騎士はいないのに声だけは確かに僕の耳には響いていた。

「あとは君の好きにしてくれ、健闘を祈る」

「ありがとう、黒騎士さん」

もう黒騎士は返してくれなかった。じゃあセイヤのもとに行こう。

僕は駆け出した。息を吐くと白い煙みたいなのが口から出てきた。でもそんなものに驚いている暇はない、とにかく急がないとセイヤは今どこに、どこにどこにいる

目をこらして探していた。動いているが少しだけ体が刺さすような感覚がある。

息が苦しい、手が刺さるように痛い、鼻がヒリヒリする。

―君をうちの子として迎えたいな

―そうですか。ちょっと照れるなあ

―おやすみ、夢で逢えるといいね

―綺麗だね、線香花火

―君を抱きしめていると嫌なのことを全て忘れられる気がするよ

思い出を浮かぶ必要は無いのに最後に浮かんだのはセイヤと一緒に観たあのショーだった。セイヤの頬に銀色に光る涙がスッーと流れる。

ああ、そうかセイヤはこうゆう気持ちだったたんだ。いまになって気づくなんてタイミングがいいのやら悪いのやら、でもわかるよ。僕も今同じ気持ちだから。

幸せだったんだ。

僕の頬にも同じように冷たい星火が流れている。鼻の奥がツンとしていてちょっとだけ痛い。

そうか人間は悲しい時だけ泣くものだと思っていたけど違った。幸せだと思う時にも涙は流れるのだ。

その瞬間、僕のたった一度だけの真夏の夜の夢が終幕を迎えた。

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