ずっと片想いしているギャル風優等生幼馴染みと実は両想いだった事が発覚した

カボチャの豆乳

そして、道を踏み外した

 退屈な6限を終えた帰路。

空は明け方かと見紛うような黄昏色をしていた。

移り気な性格が招いた鞄の中の小さな混沌が、肩に負担を与えている。


「しおり、さっきから話聞いてる?」


 明るめの美しいミルクティーベージュ、こめかみ辺りで上品にゆるりと巻かれたゴールドのインナーカラー。

一緒に出掛ける日は肩出しのニットワンピとか着こなしたりして、やたら家庭的で休日にトマト缶で作ってくれるパスタが異様に美味しい。

親友、柊京華は一見して遊んでそうな風貌からは想像できないぐらいに勤勉で、払ってもらってる学費の分は頑張りたいな、なんて言う京華の瞳に宿る知性の灯火はおおよそギャルとは程遠い。

景品表示法違反だろ。

鞄に文庫本ばっか入れてる私とは大違い、私は読書しに学校行ってるようなものなので……


「聞いてる。それで、有紗ちゃんがどうしたって?」


 結構な頻度で話題に挙がる有紗ちゃん、とは京華の友達の一人。

気品の残る程度に裾上げされたスカート、モデルみたいに健康的な肢体とスタイル、眼の醒めるような蜂蜜色した艶髪。

ハーフなので地毛だというそれは、私達純日本人が決して模倣できない色彩。

この世に遍く美を全部集めたような光の束は、日本の片田舎ではどうにも人目を惹く。

美貌の割にはおとなしめの娘で、微笑をたたえて喧噪を遠巻きに見ている印象があるので、はきはき快活に喋る京華との馴れ初めが非常に気になる所。


「それで有紗ちゃんの彼女がさ~、潔癖症が直らないらしくて。 2人で克服しようとしてるんだって」


 潔癖症、あれは一種の強迫性障害だ。

結局、認識の問題なのだと思う。

潔癖症とはきれい好きが過ぎてなるものではなく、几帳面な完璧主義者の人間がストレスを抱える事で一時的に陥る精神疾患。

本人や周囲の努力があればいずれ直る病で、本質的には鬱や適応障害等に近い。


「有紗ちゃん、大変だね」


 とはいえこれは他人事だから言えることで、実際有紗ちゃんのように身内がこの病を抱えていたら大変だろうと思う。

最愛の人に思うように触れられないのはもどかしいことだろう。

そりゃ有紗ちゃんは辛いだろうな……彼女、彼女?


「?」


 一人首を傾げていると、京華も私の真似をしていた。

くっ……かわいい。

ギャルが無防備に小首を傾げる仕草の可憐さを甘く見ていた。

それ絶対私以外にやらないでほしい。

無垢な男子たちが勘違いして欲しくない。

京華は好意を持つ男子の前でだけ、こういう無防備な仕草を意識的にできるような計算高さを持ってはいない。

今も熊のぬいぐるみを大切に抱き締めて眠るような、ただ温室育ちでどうしようもなく無垢な女なのだ。


「京華、えっと……それは」


「それ?」


「潔癖症というのは、その、有紗ちゃんの……」


「彼女さん」


 京華が、端麗なかんばせの眉をむっと寄せる。

しばしば誤解されるが、おうむ返しするだけでもかわいい京華がこうした顔を見せる時は、苛立っている時ではない。

これは何かを考え込んでいる時の表情。

彼女は昔から真面目な割にどこか抜けていて、そうした性質はこの表情にもよく表れている。

当人は至って真剣で、それ故どこかコミカルな京華のこの表情が、私は割とお気に入りだった。


 閑話休題。

有紗ちゃんは同性愛者だったらしい。

本題はこっち。

中々に大きなカミングアウトだと思うのだけど、京華は特に気にして無さげで普通に歩き始めた。

え、私知らなかったんですけど。

私も京華を追いかけるように歩き始めたけど、脳内は全く全然これっぽっちも話の展開に追いつけちゃいない。


「京華は、さ」


「ん~?」


「あんまり偏見とかないんだ、そういうの」


 京華は見てくれこそ遊んでそうだけど、実際には風紀委員と図書委員を兼任し頼み事を断れず成績も優秀。

底なしの人格者で人望も篤い、ちょっとした有名人。

昨今流行りの「LGBT」という単語の浸透によって世間の認知率は多少向上したものの、同性愛者への風当たりはまだまだ強い。

普通人は同性愛に理解を示せず忌避感を覚えるものだと思うけど、優等生はその価値観まで人受けの良い品行方正なものなんだろうか。


「……好きになっちゃった人に性別なんて関係ない、って私は思うな」


「それは……また随分乙女ね」


 理解を示せないものに嫌悪感を露わにするのは当たり前の事であって、私はそういう人を責める事はできない。

許容ラインを超えたものに対して、人は恐怖を覚える。

多分自分が知らない、一定の理解さえ示せない完全な未知に対して、自分自身を守る防衛機制として嫌悪や恐怖はあるのだと思う。


 私だって夜道で不審者を見かけたら危害を加えられなくとも怖いし、同性愛を嫌うのは本質的にはそれと同じくらい原始的な情動。

理解されなくとも、奇異の視線で見られても、それでも性別なんて関係ないなんて、そんな思想はあまりにも倒錯的で、悪く言えば理想論だ。


「多分、私が栞を好きなのとおんなじ事じゃない?」


「……好き、の意味合いが違うのよ。 例えば、私とキスできるの? 嫌でしょ」


「できるよ」


 できるわけ、ないだろ。

ほんの一瞬、愛しの幼馴染み様を憎いとすら思った。

長年積もり積もって鉛のように重く、血液のようにドロドロと粘性を持った生々しい情動を、かつて『愛』だった歪な何かを、京華は肯定できはしない。

だから、そんな穢れを知らない顔を、世界の構成物は思いやりと純粋な愛だけだと信じ切った眼を、私に向けるな。


 私は、穏やかで深い慈しみを帯びた瞳で見つめられていい人間ではない。

奈落の底は彼女の想像以上に薄暗くて、冷たくて、形容し難い程におぞましい。

森羅万象で一番美しいものが人間の心なのであれば、その逆もまた然り。


「私はできない」


「えっ、そんな……ごめん、私勝手に勘違いしてた……?」


 京華の表情はどんどん青褪めていき、悲痛な表情を浮かべながら恐る恐るといった感じで訊いてくる。

まつ毛の先にいっぱいの涙を浮かべ、答えによってはこのまま往来のど真ん中でさめざめ泣いてしまいそうな勢いだ。

……場違いにも心のどこか奥底、未開の引き出しから僅かばかりの嗜虐心が頭をもたげた。

理性で抑え付ける、これは間違っても友人に向けていい情動じゃない。


「もう、何年の付き合いだと思ってるの。 私達幼馴染でしょ、好きじゃなかったらずっと一緒にいない」


「じゃ、じゃあ……!」


「そういうのは、異性とする事なのよ。 私達は親友であって、恋人ではない」


「……っ!」


 高めの位置で結んだサイドポニーが、京華の動揺を表しているかのように揺れている。

髪を結ぶふわふわした黒のシュシュは私が2、3年前にプレゼントしたもの。

デザインと素材感、気合を入れて選んでしまったものだから、使われなかったら少し寂しいなと一抹の不安を覚えながら渡したソレを京華は大層気に入ってくれた。

私といて髪を結う時には一度の例外もなく必ずこのシュシュで結んでくれる。

これからも末永く使ってくれると嬉しい、きめ細やかな髪に使われてシュシュも喜んでいる事だろう。


 今も提げている鞄の中に入っている私のブックカバーと栞は黒猫が描かれたポップでかわいいデザインのもの。

京華がいつだったかの誕生日にプレゼントしてくれたもので、その使いやすさと主張しすぎない落ち着いたかわいさに完全に一目惚れした私は、今日に至るまでほぼどんな本にでもこのカバーを着けて読んでいる。

いくつか外出用にとピックアップして買ってくる本は、ブックカバーのサイズに合わせて買ってくるぐらいの入れ込みよう。

そんな私を見て京華は、


「あっ……まだ使ってくれてるんだ~」


とふにゃっとした顔で嬉しそうに笑う。

ウユニ塩湖とかイグアスの滝とか美しいとされる風景は無数にあるけど、私は京華のその顔が一番美しいと思っている。


 私達はお互いを大切に想い合っている。

尊重して、尊敬している……とも思う。

それでも、向き合う方角が違う。

私は京華をはっきり恋愛対象として見ている真性のレズ、その事実から目を背けて、ひた隠しにして、すんでの所で友人を続けている排斥されるべき性的マイノリティ。

ノーマルな京華に迷惑は掛けたくない。

掛けられない。

最愛の人生に影は差せない。


 冷たく突き放すような事を言う度に泣きそうな表情を浮かべる京華を見ると、心がポン刀で斬り裂かれたかのような熱さと冷たさを同時に感じる。

心臓は早鐘を打ち、気合入れて堪えないと瞼を焼くように熱い激情が堰を切って溢れ出しそうになる。

性的少数者だって、誰に賛同を得られずとも毎日を必死で生きてる。

ただ少し、先天的に同性が魅力的に見えてしまうだけなのだ。

勿論、京華の魂を愛しているわけだから、もし京華が男の子だったとしても同じように好意を持っていただろうという確信はある。

それでも、それでも京華が女の子に生まれてきてくれた事がどうしようもなく嬉しくて、たまらなく愛おしくて、素直に告げる事ができないのが悲しくて、少しだけ憎い。


「何回も言ってるけど……わ、私、栞の事好きだよ! キス、できるくらい……」


「はいはい、私も京華の事大好きよ。キス、できないけど」


「んんん~~~!」


 どんな形であれ好意を伝えてもらえるならそれで幸せだと、今はそう思える程大人になった。

慕情に起因した言葉ではなくとも、込められた熱量が交わる事は無くても、人は同じ想いを共有できる。

頬を紅潮させて不服そうに抱き締められても、私は京華の親友、良き隣人で居続けると強い意思で決めているのだ。

鬱蒼とした仄暗い森から這い出てくる飽くなき欲望に念入りに蓋をして、京華の肩を引っ掴んで引き剝がしにかかる。


「しおりぃ……私じゃダメなのー……やだよ……」


 スタイルの良く私より頭一つ分くらい身長の高い京華に、屈んで耳元で愛を囁かれる。

口調が微妙に幼児退行している……優等生様は仲の良い人間の前で不機嫌になると幼くなってしまう。

手慰みにシュシュで結ばれたサイドポニーをぐりぐり弄っていると頭を振り乱して髪ではたかれる。

ごめんて。

京華のアイロンで緩やかに巻かれたミルクティー色の綺麗な髪から花の香りがふわっと広がる。

シャンプー変えたかな、京華に合ってるなー、優しい香りがする。

私、死ぬ時は京華にこうやって抱き締められたまま生涯を終えたさがある。

何回もブリーチしてるのになんで髪痛んでないわけ?

ズルいでしょ、髪の質分けてよ。

私まだ髪バッサバサなのに。


「ねぇしおり……? なんか言ってよぉ、しおり、しおりぃ……うぅ」


 うっ、かわいすぎる……

今すぐ抱き締め返して撫でまわしたい。

私の方が絶対に好きなんだよ、京華。

犬猫みたいに顔を私の胸元にグリグリ押し付ける、耳元で囁く、そういう些細な事の累積で理性の箍は容易く外れてしまう気がするから、無自覚にブレーキに集中攻撃を掛けないで欲しい。

歯止めが利かなくなって困るし傷付くのは私じゃなく、京華なのに。

まあ、加害者が言う事でもないんですけど。


「落ち着いて、京華」


 瑞々しくぷにぷにした肌。

何度色を入れてもキューティクルと艶を失わないサラッとした髪。優しそうな印象を与える垂れ目が印象的な京華の端麗な顔に私の顔を近付けて、額と額をくっ付ける。

怒って泣いて笑って、昔から私達はこうやって額をくっ付けあって何でも気持ちを共有してきた。

温かな人肌が額に流れ込んで、視界には絶景が広がった。

京華の瞳に影を落とす、セクシーな長いまつ毛がよく見えるからお気に入りの景色。

ナチュラルメイクしなくても、すっぴんでも京華は世界一かわいいよ。

宇宙一を目指すつもりならプロデュースは任せて欲しい。


「親愛と情愛を履き違えてるでしょ。 彼氏でも作れば分かる」


「栞より魅力的な子なんかいない……栞じゃなきゃダメ」


「もう……わがまま言わないの。 私達、女同士なのよ?」


 聞き分けが悪いお嬢様。

抱き締めても、おでこくっ付けても、頭なでまわしても譲らない。

今日はとんでもなく甘えたモードらしい。

殺人的に可憐。

暴力的に愛おしい。

愛くるしい、とはよくできた言葉で、恋も愛も必ず大きな痛みを伴う。

見返りを求めない無償の情こそが真実の愛。


「女同士で変かもしれないけど、私は栞の事を女の子として愛してる…ごめんなさい、ごめん、気持ち悪いよね……私は栞に嫌われても……嫌われ……ても……本当にごめんなさい……うぅ」


 ─────あぁ、遂に京華が口に出してしまった。

それは、禁忌。

それは、世界の不文律。

それは、楽園から追放された理由。

きっと、人間の犯した原罪。

心の奥底から、黒く粘ついた泥のような、醜悪な何かが堰を切って少しずつ漏れ始めた。

心臓から溢れたソレは、重力に従って下へ下へと垂れていき、足元に仄暗い水溜まりを作り出す。

京華から額を離した私は、左手を心臓に当てた。

今すぐ死んでしまうんじゃないかと思うぐらい、心臓がうるさく拍動していた。

直接触れてしまった左手はもう真っ黒だ。


 その内容に触れてから額を離したからか、京華は泣きそう、ではなくまつ毛の影に潤みを湛えて音もなく泣いていた。

拒否されたと思ったのか。

私の京華は泣き顔さえ美しいな、勿論叶う事なら泣き顔よりも笑顔を見たいんだけど。

笑みを形作り、前に組まれた京華の両手に優しく左手を添え、先を話すように促す。

ここに来て拒否するなんてとんでもない、多分私達は禁断の果実に触れて無垢を失った共犯者同士だ。


「大丈夫、ちゃんと聞いてる。 続けて?」


「き、嫌われても、想いが一方的でも、好きだよ……ごめんね?」


 左手を重ねた後で気付いた。

栞の両手が、黒に蝕まれている。

私の左手が、いつの間にか清廉な京華を浸食してしまった。

手だけであった筈の黒はあっという間に全身を染め上げた。


 その瞬間、理解してしまった。


 それはきっと、長い長い時間を掛けて雨垂れが石を穿つようにして、ゆっくりと京華の心に歪みを作ってしまった。

無意識のうちに、親友の手を引いて共に奈落を堕ちていたなんて。












「私達、ずっと両想いだったんだぁ……しおり、しおり」


「京華、何?」


「んふふ~呼んだだけ~♡」


 気付けば黄昏色の空は月さえ浮かばない闇一色になり辺りは真っ暗になっていた。

感情のベクトルは交わらない筈だった。

京華の人生に影は差せない、その筈だった。

しかし蓋を開けてみれば京華は実はノーマルではなく、可哀想な被害者は共犯者へと変貌した。

今日、私達は間違いなく普通の日常から逸脱した。

一度違えた道は、もう戻れない。


「京華、屈んでくれる?」


「?」


「よしよし……愛してるわ、京華……」


 しかし癖のない髪を撫でられ、くすぐったそうに身をよじる恋人を前に、しょうもない悩みは全て塵と化した。

もう、もうよくね?

私最大限頑張ったと思うんだ。

こんなかわいい幼馴染を前によくここまで我慢した、我ながら。


「栞、これからはずっと二人だね……♡」


 どちらかと言えばおっとりとした方の京華が、信じられない程妖艶に笑う。

そんな表情、出来たんだ。

これは、これはいけない。

今までずっと抑圧してきた、穢れた欲が私の下腹部に急速に熱を与えていくのを感じ、生唾を飲み込む。

二人これ程近い距離で話しているのだからそんな事は京華には筒抜けで、京華がまた、なまめかしい蠱惑的な笑みを深めた。

ここぞとばかりに京華は、私を腕の中にすっぽり包み込む。

京華のふわふわした身体が密着し、京華の大きな胸が私の顔のあたりでふにゅんと変形する。

花の香りがする。

京華の細くしなやかな指が、私の頬に添えられた。

下腹部が疼く。


「栞、栞のしたい事、いっぱいしよう?……♡」


 この夜、私は誘い受けおっとりギャル系幼馴染に貪り尽された。

あまり身体の強くない私に一晩の猛攻は少し堪えたようで、次の日普通に体調を崩してしまい京華にとても謝られてしまったのは、また別のお話。

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