プラスチックラブドール

環 哉芽

プラスチックラブドール

無機物しか愛せないのだ

 私、鳩沼愁(はとぬましゅう)は無機物にしか愛と執着を感じないのだ


 読み始めたあなたはそんな哀れな男が人間の女に運命的な出会いをして

 本物の愛とやらを見つけるなんて話を想像しただろう。


 私は何も生まれてからずっと無機物しか愛せなかった訳ではない

 一度は運命の出会いを体験して破れたのである。

 人間誰しもトラウマの一つや二つあるだろう、私にとってのトラウマの話を今日はしようと思う。


数年前、私は一人の女性とお付き合いをしていた

 彼女との出会いは私が35歳の頃、会社の付き合いで行った風俗店で当時22歳の彼女を指名した事が最初の出会い。

 はじめは互いにぎこちなかったが、次第に打ち解けて色んな話をして仲良くなって

 私は彼女の助けになればと風俗店へと通うのが毎週の習慣になってしまっていた。

 彼女は私にだけプレゼントをくれたり私にだけあだ名で呼んでくれたり、特別をくれた彼女の

 助けになればと通っていただけだったが、いつの間にか私は彼女へ好意を募らせ――

 いや・・・愛してしまっていた。


「好きだ、私に大金はないからその、水揚げってわけにもすぐには言わないができるだけ通って君の借金を減らせるように手伝うよ」

「ふふ、あたしも鳩沼さんのそういう所すき」


 なんて笑い合って思い合っていた。


 だがある日、私が残業終わりで遅くなった日、たまたま見てしまったのだ。


 若く着飾ったチャラけた男と彼女が歩いているのを

 いや、コース次第で店外でのデートもあるからと私を不安にさせまいと彼女は言っていたし

 デートコースの可能性もあるか、と理解を示しつつ通り過ぎようと思った時

 彼女が小さいカバンから出した大金を男に渡す、その瞬間私は悟った


 ああ、騙されているのか


「別れなさい!!」と咄嗟に飛び出して、それからの記憶は曖昧だが

 無理矢理にでも別れさせたのは確か、だってその後の彼女の不誠実な対応は昨日のように

 覚えている。


 チャラ男と別れさせた後、私は彼女と話し合いをする為にラブホテルへ入ることになって

 はじめはお互いの情熱をぶつけ合うように怒鳴り合っていた

 あれも今思えば乗り越えなければいけない試練だったのかもしれない。


 怒鳴り合って、数時間経った頃彼女はもう私に口をきいてはくれなくなった

 大人気ない私に呆れてしまったのだろう。


 彼女の怒りを収めるためにホテルのチェックアウトを延長することにしたのだが

 それでも彼女は話してくれなかったけど、初めてあんなに長時間一緒にいる事に

 幸福さえ感じていた、それくらいに私の愛は深かったのだ。


 彼女の愛さえ貰えれば、積み重なる借金も認知症の母の年金を抜き取るのもなんでもないように感じた。


 このお金と引き換えに手に入る彼女との時間のためなら

 皆きっと許し祝福してくれるはず。


 そんな幸福に浸っていると扉がけたたましく叩かれた

 きっと連絡のつかない彼女を心配して店のスタッフが迎えに来たんだ

 いや、順番も守れない客が奪いに来たのかもしれない

 それなら私は彼女を守らなければいけない、もうこんな汚い仕事をさせてたまるか


 なだれ込んでくる男たち目掛けて私は目一杯に暴れた。


 ここまですれば君に愛は伝わるだろう。

 たくさんの肉欲と愛憎と金に塗れて人を純粋に愛せなくなった可哀想な君に。

 私の愛情が。


 もみくちゃになって暴れる私、押し潰されて身動きが取れなくなる私


 それでも、君は……私を置いて言葉一つ残さずに男たちに連れられて出て行ってしまった。


 まるでその時の君は“無機物“だった。


「おい、1378番……点検の時間だ」

 

 私は無機物しか愛せない。

 

 

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プラスチックラブドール 環 哉芽 @tamaki_kaname

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