Mint
瑠璃
Mint.
「あれ、抜いちゃったの」
「うん」
「どうして」
「面倒くさくなって」
もったいないなあ、とつづいた言葉はもうこちらに向かってはいなかったから、庭の一角、かつてミントがわさわさと植わっていたところへ向ける。すこしでも根や茎が残っていたらゾンビのごとく蘇り、この世の春とばかりにふたたび生い茂るであろう植物を、丸一日かけて文字どおり根絶やしにして、今は夕暮れであった。土っぽい身体のまま、縁側で扇風機の風を受けている。
隣に座る男は、さしてダメージを受けたふうでもなく、おれが自分のために入れてきたグラスの麦茶を飲み干している。
「お前大丈夫なの」
「なにが?」
「いや、ミント。根絶やしにしちまったけど」
「うーん、地球から絶滅したら死ぬかもな」
「絶滅ねえ」
「ミントはどこにでも生えているから。だけどもう、ここにはそんなに長くいられないと思う」
「そんなもんなのか」
「そんなもんだよ」
会話はそこで途切れ、庭の向こうを眺めて黙り込む。強く匂うミントの香りは、隣に座る長い髪の男から漂うものか、それとも己の指先に染み付いたものか、判別がつかない。強い茎や葉の棘が、みなごろしにしようと引き抜く指を刺し、腕にまとわりついてわずかな傷を残した。男のいない隙にやってやろうと思っていたが、いつものように黄昏どきに現れて緑の瞳を丸くしていたのを見ると、申し訳なさが湧いた。
「なんか植えるの」
「いや、植えない」
「じゃあそのままでもよかったんじゃないの。居心地よかったのに」
「あんな日陰の、庭の隅がか」
「お前との暮らしがだよ」
精霊は、心のうちを見透かすことができるのだろうか。こちらに向きなおると、まっすぐな髪がさらさらと音を立てる。すずしい香りがまた立って、胸の底から風を巻き上げてゆくようだ。
「ねえ、死ぬのやめなよ」
「お前にどうこう言われる筋合いはない」
「せめておれに看取らせなよ」
「それが嫌だから抜いた」
「わかってる。わかってるよ」
「……ごめんな」
「寂しくなるなあ」
「いつまでいるんだ」
「いったら死んじゃうんだよね」
「おう」
「じゃあずっといようかな」
「ミント、もうねえぞ」
「そうだね」
小さなプランターにも彼は宿ることができるのだろうか、という考えがよぎる。しかし、おれが逝ったあとの世話を誰がするのか。地植えなら何とかなるかもしれないが、鉢植えは植えられたそこが世界になってしまう。おれのいない世界で静かに渇き、枯れ、朽ちてゆくミントを思う。
「そろそろいこうかな」
「おう、そうしな」
「バイバイ」
「おう」
Mint 瑠璃 @ruripeacockblue
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