にんにくを食べた彼氏が死んだ

小紫-こむらさきー

にんにくをたべた彼氏が死んだ

「し、死んだ」


 彼氏に、見栄を張ったのがいけなかった。

 莉史りひと吸血鬼ヴァンパイアで、不老不死のマジでめちゃくちゃにヤバいイケメンだ。

 闇に溶けそうなくらいの綺麗な青みがかった黒髪はサラサラで伸ばしっぱなしにして適当に後ろで括っていても不潔に見えないし、普段はカラコンを入れて隠している血みたいに紅い瞳は永く生きてる純血に近い吸血鬼ヴァンパイアって感じで本当にめちゃくちゃにかっこいい。

 吸血鬼ヴァンパイアの彼氏と付き合うのは大変だ。

 昼間には日焼け止めを塗ってもダメだし、日傘を差すからっていっても絶対に外に出てくれない。かっこいいのにシルバーアクセサリーも付けられない。

 でも、流れる水を渡れるし、鏡にも映るし、十字架を見ても別に弱ったりしなかった。

 この前、別の女と連絡してて、私とはまだ行ってないナイトプールにおでかけしてたツーショットをインスタにあげていたのを発見してムカついて包丁でお腹をめった刺しにしたけど、すぐに治ったし。

 向こうからしつこく言い寄ってきたから仕方なく行ったんだよーって話してくれたから、それを信じることにした。証拠もないし。

「もー! 刺されたから血がたくさんなくなった」っていうから、首筋から血も吸わせてあげちゃった。浮気したら吸血は一ヶ月禁止にしたのになー。私も流されやすいみたい。

 それは置いておくとして、だから、別にちょっとくらいは平気だと思ったんだ。

 にんにく。

 

「今日は特別にわたしがごはんをつくったんだよ」なんて嘘を吐いて、デパ地下で買ってきたお惣菜をお皿に盛り付けたものを、莉史りひとに出したの。

 見栄を張っちゃった。

 だって、インスタに莉史りひとと写ってきた女は、料理の写真もたくさんアップしてたから、悔しかったんだもん。

 あの女、日サロで焼いてるんだろうなって小麦色の肌に、綺麗なお人形さんみたいなブロンドの髪をしてたし、猫眼のカラコンを入れてたのが似合ってた。しかも、金色なの。

 私も人狼ワーウルフだし、それなりに綺麗ではあるけど、あの子は多分暖かい地方の人狼ワーウルフで、私は陰気な北欧の人狼ワーウルフだから。

 髪も老婆みたいに灰色っぽい銀色だし、目の色も鮮やかでカラフルじゃなくてくすんだ冬の空みたいな色だから……ザ! 陽キャでパリピの人狼ワーウルフ莉史りひとを取られると思っちゃって……。

 その結果、莉史りひとは今、目の前で血を吐いて倒れてる。

 普段から真っ白な肌だし、触るとひんやり冷たい肌だけど、これはもう死んでるなってわかるくらい冷たい。これは実は彩色した氷の人形で、誰かがドッキリを仕掛けてるわけじゃないよね。


 私たち人狼ワーウルフも、莉史りひとみたいな吸血鬼ヴァンパイアも、人間の認識を持ち前の魅了? みたいな力で上書きしてなんとなく書類を見たつもりにさせたり、契約が合法であるつもりにさせて人間社会に溶け込んでいるわけなんだけど……死体がごろんとそこらへんに転がっていたら流石に警察も真面目に操作をするだろうし、ニュースになっちゃったら魅了で誤魔化すなんて手も使えない。


「どうしよ」


 倒れている莉史りひとを突いてみる。やっぱり目が醒める気配はない。

 にんにく、そんなに猛毒だったの? ちょっと苦手くらいかと思ってた。

 私は人狼ワーウルフだけど、人間の姿でいる間は消化器も人間とほとんど一緒なのでねぎも食べられるし、にんにくも食べられる。

 アボカドはちょっと苦手だけど、それでお腹がいたくなるとかじゃない。

 夜に莉史りひととデートしたときに、次郎ラーメンを食べたいって言ったけど拒否られたのは、食べたら店で死ぬからかー。その時はデートだし確かににんにく臭くなったり、莉史りひとがお腹を壊したら困るもんねくらいにしか思ってなかったけど。


 だってさ、にんにくだよ?

 十字架も平気で、鏡にも映るし、浮気で女とナイトプールに行くような吸血鬼ヴァンパイアが、にんにくを食べて死ぬとは思わないじゃん。

 日光に当たって死んだなら分かるけど……。にんにくってぇ。

 トイレに立とうとして、その場でうつ伏せに倒れた莉史りひとを担ぎ上げて、寝室へ運ぶ。

 それから、莉史りひとをベッドの上に置いて蓋を閉めた。何故か落ち着くらしいって私の家に持ち込んできた180cmの彼がすっぽり入る棺桶型ベッド。Amazonで勝手に頼んだみたいで玄関で配達員さんがクソデカ荷物と一緒に待っていたときは本当にびっくりした。

 クレジットカードが作れなくて代引きしか出来ないんだから、無断でものを頼むのは止めて欲しかったよ。

 誰かに開けられたら困るから、部屋のドアノブを近くにあったビニール紐でめちゃくちゃに巻いて開かないようにしてからリビングへ戻る。


「多分、他の毒ではないはずなんだよね」


 莉史りひとが死んだのは、にんにくのせいで間違いない。

 だって、私も同じお皿から同じオカズを食べたから。

 魚のエスニック竜田揚げ。

 魚の竜田揚げだし、エスニックってついててもせいぜいナンプラーとかが使われてるだけだと思ってた。

 あと、デパ地下のお惣菜を見て回っていたから、単純に鼻が効いてなかったのかもしれない。だって人狼ワーウルフって言っても私は血が薄いし、人間の時は少し人をだませたりするだけで、体の力も人間と変わらないし。

 だから「え? これマジで大丈夫? にんにく食ったら俺、死ぬんだけど」って言ってた莉史りひとの言葉も軽く流してしまっていた。


「だって竜田揚げだよ? にんにくなんて使わないでしょー」


 って。

 莉史りひとは顔はめちゃくちゃにいいけど、単純でバカだから、私の言葉を信じて先に魚の竜田揚げを食べた。エスニック風味の。

 私もそれに続いて食べて、それから「ヤバ」と思った。にんにくの味めちゃくちゃにするし、食べたらにんにくのいい香りも口にふわっと広がってから鼻に抜けてくる。


「ごめーん!」


 そう言った瞬間に、トイレに行くために席を立った莉史りひとが倒れた。

 人って、マジで目の前で人が死ぬと「し、死んだ」って言うんだね。

 どんどんってノックの音が聞こえる。警察?

 慌てて玄関へ行って見たけれど、誰もいない。

 でも、どこからかノックの音は聞こえてくる。

 隣の部屋かな? でも、うちは防音がしっかりしてるから相当強く叩かないと壁ドンの音も聞こえないよね。

 玄関を閉めて、もう一度どんどんという音が聞こえるのを待った。

 でも、もう音は聞こえない。

 気のせいか、いたずらかな?

 よく考えたら、通報もされてないのに警察が来るわけないもんね。

 深呼吸をしてから、部屋を改めて見回す。


「とりあえず、証拠隠滅しておこう」


 ティッシュを取ってから莉史りひとが吐いた血と、魚の竜田揚げを片付けるためにしゃがみこんだ。


「あ」


 スマホだ!

 ダイニングテーブルの下に莉史りひとのスマホが落ちている。倒れた時に、ポケットから落ちちゃったのかな。

 血や吐瀉物を拭ったティッシュをゴミ箱へ捨てて、莉史りひとのスマホを拾う。

 耐衝撃ケースに入っている最新型のiPhone。パスワードは私の誕生日……じゃない。

 じゃあ、莉史りひとの誕生日かな?

 違う……。あと一回、パスワードを間違えたら何分かロックされちゃうかな?

 こんな時、莉史りひとのスマホが指紋認証だったら手を借りてさっさと中身を見れたのに……。


「あ! 顔認証があるじゃーん」


 死んでいても、目をなんとか開けて貰えば、ロックが解除出来るのでは?

 私ってば天才!

 これであの陽キャパリピ女とどうやって浮気したのかとか、どんなやりとりをしてたのか見られる。

 私はカッターを片手に持ちながら、ドアノブにぐるぐる巻きにしていたビニール紐を切り裂いた。

 その瞬間、私が触れる前にドアノブがガチャリと回って、私はカッターも莉史りひとのスマホも落としてしまった。

 慌てて落としたものを拾おうとして、頭を下げる。


「あ゙!」


 莉史りひとの声が聞こえたと同時に、顔を上げると勢い良く開いた扉が私の鼻っ柱に思いっきり当たってばきりと嫌な音を立てたのが聞こえた。

 少し遅れて、どろりとしたものが、鼻から溢れてきて熱を持った脈と共にじんじんと痛みを感じ始める。


「絶対死んだと思ったのに」


 真っ青な顔をしている莉史りひとがおろおろとしているのを見ながら、私は立ち上がって彼を抱きしめた。

 大好きな彼氏が生きていた喜びに比べたら、鼻が折れてるかもとか服が汚れちゃうか持ってことは些末なことだ。


「すぐに吐き出したから、小一時間死ぬだけで済んだけどさぁ」


 莉史りひとは、私の鼻からどくどく出ている血を舌先でちろりと舐めてから、形の良い唇の両端を持ち上げて笑う。その時に鋭い牙がちらっと見えるところが本当に好き。


「まさか、にんにくで死ぬとは思わなくて」


「にんにくを食ったやつの血を飲むのは平気だけど直で食うと死ぬんだよね。まあ、死んでも心臓を銀の杭で刺さないと少ししたら生き返るんだけど。教えてなかったっけ?」


「うん」


 莉史りひとが、服の袖が汚れるのも構わずに私の鼻から出た血を拭ってくれた。彼が傷をなめてくれると痛みを感じなくなるので、吸血鬼ヴァンパイアって便利なんだなーって、もう痛みが治まった鼻をさすりながら、まだ少しだけ青白い彼の顔を見る。


「いやー! ナイトプールのことまだ怒ってるから毒を飲まされたと思って焦ったー。ノックしても全然来てくれないし」


 にっこりと微笑んでいる莉史りひとの顔に向かって、私は彼のスマホを翳した。

 ロックが解除されたので彼がきょとんしている間に、メッセージツールを確認する。

 そこには、ホイホイと陽キャパリピ女に言い寄られて莉史りひとが「ナイトプールならOKー!」と返信している証拠がばっちりと残っていた。


「ちゃんと殺し方はわかったから、次は浮気しちゃダメだよ」


「……はい」 


 カッターを握りしめながら、その場に即座に正座した莉史りひとにそう言ってから、私は彼にスマホを返した。

 次はAmazonで純銀製の杭でも買っておこう。そう胸の中で思いながら。


―完―

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