第14話 直接聞いてみたら

 わたしは早めに学校につくと、カナ先生をつかまえた。ちょうど朝の職員会議が終わったあとの時間帯だ。


 職員室の前で待ち構えて、先生が出てきたところに飛びついた。


「カナ先生!」

「わ、びっくりした!」

「お願いがあるの」

「どうしたの、もうすぐホームルームよ」

「相談相談。ちょっと話を聞いて」

「放課後では、だめ?」

「大事な人生相談なんです」

「あら」

  

 人生相談という言葉がきいたのか。カナ先生はわたしを、職員室の相談スペースに連れていった。


 時間がない。わたしはもったいぶらず、質問をぶつけた。

  

「カナ先生、教えてほしい」

「何かしら」

「ソーサクくんのことだよ」

「どうかしたの?」

「ソーサクくんって、なぜ、ひぐらし小学校に転校してきたの?」

  

 ソーサクくんのことを知るには、そこが出発点だと思った。五年生の中途半端な時期に、どうして転校してきたのか——。

  

「もしかして。これって、ひぐらしウイークリーの取材?」

「違う違う。ひぐらしウイークリーもエマも関係ないよ」


 先生は顔をしかめた。

「うーん。ユメちゃんにとって重要なことなのかしら」

「もちろん。ソーサクくんと友達づきあいしていくうえで、とても重要な問題だよ」

「なるほどね。わかってほしいのだけど。ソーサクくんは前の小学校で、別に何か問題を起こした訳じゃないのよ」

「うんうん」

「でも、プライベートな事情があるから。先生の口からは言えないわね」

「そうかー。あ、そうだ。ソーサクくんのお父さんって、作家の森晶さんだよね」

「あら。知っていたの?」

  

 むむ、やはりそうか。

 カマをかけたつもりはなかったけど。予想通りだった。

  

「うん。ソーサクくんは自分のことをあまり話さないから。どこまで聞いていいのか、わからなくて」

「そうね。ソーサクくんは大人びているし、自分の考えがある子だから。先生にも、わからないことが多いわ」


「カナ先生、ソーサクくんのお母さんって、大学病院に入院している?」

「ユメちゃん、あなた、エマちゃんみたいな記者になれるわね」

「へへへ」

「そうね。入院されているわ。だからソーサクくんはいま、おばあちゃんと暮らしているのよ」

「お父さんは一緒じゃないの?」

「そこは何とも言えないわね」

「ふうん」

  

 それから先生は私をまっすぐに見て、言った。

「ユメちゃん。先生はね、あなただったら、ソーサクくんと仲良くなれる気がしているの」

「そうかな」

「ええ。だから、疑問があったら、先生に聞かずに、本人に直接聞いてみたらいいと思う」

「そうだね。その方がいいね」

「何か困ったり、うまくいかなかったりしたら、また先生に相談してちょうだい」

「うん、わかった」

  

 よし。

 カナ先生と話したことで、気持ちの整理がついた。


 リレー小説部の活動を続けていけば、きっと、もっとソーサクくんに近づけるはず。


 わたしはカナ先生にペコリとお礼をすると、職員室を出て教室に戻った。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

  

 その日の放課後のことだ。

  

 不思議なもので。ソーサクくんのことを知る機会がさっそくやって来たのだった。

  

 この日、リレー小説部のみんなで、区立図書館に行くことになった。


 言い出したのはわたしだ。

 ソーサクくんがオススメしていた「ろまん燈籠どうろう」という小説が、どうしても読みたかったのだ。


 残念ながら学校の図書室にはなかった。そこで、本を探しにいくついでに、きょうは区立図書館で活動することにした。

  

 学校から図書館までは、歩いて十分くらいだ。

 わたしは、ソーサクくん、エマ、アラタと連れだって学校を出た。

  

「区立図書館なんて、おれ、行ったことないわ」

 アラタが言う。まぁ、アラタならそうだろう。

「わたしはけっこう使っているよ。エマも行くよね?」

「自由研究の本を借りたことがあるよ」


 ソーサクくんは何も言わないけど、当然、行ったことがあるはずだ。


「そういえば、ソーサクくんって、学校の図書室で本を借りないよね。どうして?」

 わたしは前から疑問に思っていたことを聞く。

「家ではあまり本を読まないんだ」

 ソーサクくんはサラリと答えた。


 そんなことがあるだろうか。お父さんが作家なのに。いや、作家だからこそ、家では本と距離を置いて、読まない習慣になっているのかもしれない。

  

 雨上がりだ。アスファルトからは、なまあたたかい空気がたちのぼっている。

 わたしたちは水たまりをよけながら、ぶらぶらと歩く。

  

 区立図書館は、四角くてスマートな建物だ。わたしはよく家からここまで、自転車で本を借りに来る。


 中に入ると、みんなめいめい好きなコーナーに散っていった。


 お目当ての「ろまん燈籠」は、新潮文庫に入っているはずだ。わたしは日本文学の文庫本コーナーへ行って探す。


「あった!」

  

 すぐに見つかった。

 いそいそと手に取り、ページをめくる。

 漢字が多いし、文庫本だから字も小さいけど、これくらいなら何とか読めそうだ。


 ふぅ、よかった。

 ミッション・コンプリート。


 みんなはどうしているかな。

 本棚のあいだを通り、ロビーへ抜ける。


 ロビーの長いすに、ソーサクくんが座っているのが目に入った。


 わたしはソーサクくんに近づこうとして、ハッと立ちどまる。


 ソーサクくんの前に、誰かがいた。


 二人組だ。

 男の子と女の子。


 誰だろう。

 見たこともない二人組が、ソーサクくんと話していた。

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