第13話 クローバーノート
書くことは自由――。
それは、魔法のことばだ。
わたしとサトちゃんでは、状況が違う。大変さが違う。
比べることなんて、できないけど。サトちゃんの気持ちはわかる気がした。わたしもずっと怖かったから。
頭で思い描いた物語を、どうやって形にしたらいいのか。難しい算数の問題を前にしたときみたいに、なかなか手が出せないでいた。
でも、ソーサクくんが言うように、「好きなように書けばいい」と割り切った。そして、えいやとふみ出したとたん、気持ちが軽くなった。
ワイワイ言いながら、思いのままに書いてみたら、あんがいスラスラ書けた。他のみんなもそうだと思う。エマも、アラタも。
わたしの文章なんて、ソーサクくんから見たら、たぶんグダグダだろう。ヒドい内容だろう。
上手に書くためには、もっといろいろ考えて書く必要があると思う。でも、とりあえず何か書けたことがうれしかった。
そして、とりあえず何か書けたという喜びを、サトちゃんにも感じてもらいたい。
そんなことを考えながら、わたしはソーサクくんの言葉を聞いていた。
書くことって、自由なんだ——と。
サトちゃんが、うなずいた。
くりかえし、かみしめるように。
「そうだよね。わたし、いろいろなものに苦手意識が強くって」
「サトちゃんの気持ち、わかるよ」
「病院にいても、いろいろできるようになりたいなって思っているんだ」
わたしはサトちゃんを尊敬している。病気とたたかいながら、こうして明るくふるまえることは、すごいことだと思っている。
わたしはサトちゃんの手をギュッとにぎる。
「サトちゃんって、すごいよ」
サトちゃんは照れくさそうにはにかみ、それから口を開いた。
「わたしもそのうち書いてみたい。だから、リレー小説部に入れてくれる?」
「もちろんだよ。ていうか、サトちゃんはもう部員だから!」
そう力をこめるわたしに、サトちゃんが言った。
「ふふふ。ホントはね、部活動とか委員会とか、やってみたかったんだ」
エマも笑いながら言う。
「うんうん。やってみたらきっと楽しいよ。アラタだって、ほら。作文が苦手なのに参加しているんだから」
「いや、おれはこう見えて作文は得意なんだ」
「うそつけ」
「あははは」
サトちゃんのママが談話室に声をかけにきた。サトちゃんはそろそろ病室に戻らないといけないらしい。
エマが机の上の原稿用紙をみて言った。
「これ、どこかにちゃんと保管しておこうよ」
するとサトちゃんが席を立った。
「いいものがある。ちょっと待ってて」
サトちゃんはいったん病室に戻ると、何かを持ってきた。
「これなんだけど。使えないかな」
それはルーズリーフ型のノートだった。
表紙にきれいな四つ葉のクローバーのイラストが描かれている。
「お見舞いにもらったやつ。もったいなくて、使い道に迷ったまま、ずっと置いていたんだ」
「きれいなノート!」
「かっこいいね。これ、使っていいの?」
「いいよ。こんなことでもなかったら、たぶん置いたままだったから」
エマが言った。
「よし。じゃあ、これをリレー小説部の公式ノートにしよう。みんなで書いた小説をファイルしていこうよ」
「さんせい!」
「原稿用紙をはりつけよう。ルーズリーフだから使いやすい」
アラタが言う。
「四つ葉だから、ラッキーだな。これ使っていたら、サトの病気も早くよくなるはず」
そういうことをストレートに言うところが、さすがアラタだ。わたしなら「早くよくなって」と気軽にはげますのはプレッシャーかな、なんて考えちゃう。
アラタがニコニコして言いきると、説得力がある。サトちゃんは、早くよくなる。そう思えた。
「ありがと」
サトちゃんもうれしそうにうなずいた。
わたしはみんなの前で宣言した。
「それでは、これで、第一回リレー小説部ぜんたい会議を終了します」
「ユメっち、部長っぽい」
「またみんなで集まろうね」
「うん。ぜったいやろう」
みんなでパチパチと拍手をして、楽しい集まりが終了した。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
病院を出た後は、みんなそのまま、まっすぐ家に帰った。
そしてわたしはソーサクくんへの興味がふくらんでいた。
ソーサクくんは、たまにキョリ感が独特だと感じることもあるけど。でも、けっして自分勝手な人ではない。
サトちゃんへの言葉もそうだ。
相手のことをちゃんと考えている。
わたしは、そんなソーサクくんに、聞きたいことが山のようにあった。
さて月曜日は、リレー小説部のみんなで集まる日だ。
放課後まで待てば、ソーサクくんと話す機会はあるだろう。でも、そこまで待っていられないと思った。それに、みんながいるところで、直接あれこれ聞くのはけっこう気をつかう。
わたしは考えた末に、月曜日の朝、いつもより早く学校に行った。
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