第三章 ソーサクくんのヒミツ
第10話 見覚えがある
アラタの家を出ると、すっかり日が暮れていた。みんなでリレー小説部をつくる約束をしたことで、わたしは
「じゃあね。バイバイ」
エマが商店街を駅前の方へと向かう。
わたしとソーサクくんはその反対方向へ、商店街の奥へと並んで歩いた。
並んで歩くといっても、アラタの家からわたしの家までは、ほんの数十メートルだ。
わたしはソーサクくんに言う。
「わたしの家、ここなんだ」
とじたシャッターの上の看板を、ソーサクくんが読みあげた。
「夏目書店? ユメの家は本屋なの?」
「おばあちゃんがやっていたの。いまはもう閉めてる。おばあちゃん、からだを壊して、仕事が大変になったから」
「そうなんだ。だからユメは、そんなに本が好きなんだ」
「どうだろう。わたし、おねえちゃんがいるんだけど。おねえちゃんはまったく本を読まないんだ」
ソーサクくんの家は商店街を通り抜けて、高台の方に進んだ住宅街にあるそうだ。
わたしたちは「バイバイ」と言ってわかれた。
本屋の家の子がみな本が好きというわけではないだろう。でも、小さいころから本に囲まれて育ったことは、いまのわたしに、いろいろ影響していると思う。
いつか、自分の書いた本を、おばあちゃんのお店に並べて売ってもらいたい。そんなことも考えていた。それはかなわぬことになったけれど。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
それから数日後のことだった。
夕食後、わたしはいつものようにリビングのソファに寝転がって本を読んでいた。ここが、わが家でのわたしの定位置だ。
ダイニングテーブルでは、パパとママが食後のお茶を飲みながら話している。高校生のおねえちゃんは塾からまだ帰ってきていない。
「……さんがイベントに出るんだって。久しぶりだから、文化事業部の人たちが騒いじゃって」
「ふうん。確かに、最近はあまり顔を見なかったな。むかしはサイン会も時々やっていたのに」
「そうそう。おばあちゃんの本屋でも、特設コーナーをつくっていたわね」
わたしは本から目を離し、顔をあげる。
誰の話をしているのだろう。
うちのママは役所の広報課で働いている。新聞社やテレビ局などのマスコミ向けに、プレスリリースと呼ばれる案内を書いている。だから地域のイベントにくわしい。
ちなみにパパはメーカーの研究所に勤めている。理系の大学を出た技術者で、アラタじゃないけど、普段から本はまったく読まない人だ。
「ねぇ、ママ。誰の話をしているの?」
わたしがたずねると、ママはチラシを見せてくれた。
そこには「
森晶。名前は知っている。地元出身の純文学作家だ。
作品の評価は高い。若くして有名な文学賞を受賞し、海外にも翻訳されている。ただし、内容が難しすぎて、わたしはまだ読んだことがなかった。
チラシによると、自治体主催の特別行事として、ワークショップと呼ばれる公開講座と、それから講演会が開かれるらしい。
「あれ」
わたしは顔写真に目をとめた。年齢は四十代くらい。鼻筋がすっきりした、端正な顔立ちだ。
「ソーサクくんに似ている」
顔だけじゃない。名前をみた瞬間に、わたしはソーサクくんを連想していた。
自分の思いつきに胸がドキドキする。
「ねぇ、ママ。森晶先生って、子どもいないかな。小学生の」
「さぁ、知らないけど。どうして?」
「うちのクラスに先月、森創作くんっていう男の子が転校してきたんだ。顔が似ているんだよね」
パパが言った。
「珍しい名字ではないから。関係ないかもしれないよ」
「それはそうなんだけど。その子、すごい読書家なんだ。小説コンクールで入選しているらしいし」
「もしかしたら、何かつながりがあるのかもしれないわね」
「ママ、このチラシ、もらってもいい」
「もちろん。いいわよ」
わたしはチラシを手にリビングを出た。
住居と続きになっている、かつて書店だったスペースに入る。
いまはもう本はない。納戸として使われていて、自転車やスーツケースやハシゴなどがしまってあった。
壁ぎわには本棚が残っていて、かろうじて本屋だった名残をとどめていた。わたしの本や漫画の一部も置いてある。
森晶先生——。もしも本当にソーサクくんのお父さんだとしたら、その人の本もここに並んでいたのだろうか。
地元だから、本人が夏目書店に立ち寄ることがあったかもしれない。
自分が書いた本が売られているのは、どんな気分だろう。自分の本を買ったりするのかな。本棚の本をこっそり平台に並べたりして。いやいや、そんなことしないよね。
そういえば、ソーサクくんも、将来は小説家になりたいと思っているのかな。
わたしはそんなことをあれこれ考えた。
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