第9話 ボールをひろう

 ソーサクくんが原稿用紙を前に、考えこんでいる。アラタのように顔をしかめたり、うなったりはしない。静かに目をつむったままだ。

  

 その横顔を見ながら、エマとわたしはひそひそ話した。

「ユメっち。ソーサクのやつ、ここからどうやって話をまとめると思う?」

「難しいよね。まぼろしのタコ焼き、ちゃんと真相にたどりつくのかな」

「タコ焼き事件の真犯人として、なぞのタコ焼き怪人が登場するの、どう?」

「あはは。なぞをこれ以上増やしちゃダメでしょ」


 ソーサクくんはしばらくすると目をあけ、鉛筆を手にした。考えがまとまったらしい。原稿用紙にサラサラと書き始めた。


「まぼろしのタコ焼き」は、ついさっき、わたしが思いついた物語だ。


 タイトルをつけたときは、結末なんて、何も考えていなかった。それがこうして続きが書かれて、ソーサクくんの手で結末をむかえようとしている。


 なんだか不思議だ。


「お待たせ。できたよ」


 しばらくするとソーサクくんが言った。途中で消しゴムを使うこともなく、一気に書き上げたようだ。


 ソーサクくんは自分でコピーして、みんなに配った。


 物語をあそこからどうやって結末に持っていくのだろう。わたしには、まったく想像がつかない。ドキドキしながら続きを読む。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 ④森創作

  

「まぼろしのタコ焼きのせいでしょうか」

 若い刑事はいぶかしんだ。

「タラア先生によると材料に問題はない」

 警部が言う。まぼろしのタコ焼きを長年追うベテランだ。兄妹が倒れたのは、暑さで体力が落ち、すき腹に食べたせいだった。

「どこでタコ焼きを手に入れたのか」

「聞いても教えてはくれないだろうな」

 みなさんは、まぼろしのタコ焼きを知っていますか。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 あれ?

 これで終わり?


 読み終わった直後、わたしの頭の中にはハテナマークが浮かんだ。


 エマも同じことを感じたらしく、疑問を口にした。

「ソーサク、これで終わり? まぼろしのタコ焼きがなぞのままじゃん」


 何も解決していないように見える。

 でも、ストンと納得できる気もする。

 奇妙な読後感だ。

  

 繰り返し読み返すうち、わたしはあることに気付いた。


「あっ。ソーサクくん」

「うん、何?」

「これ、最後の文章が同じだ。わたしが書いた一行目の文章と」

  

 アラタとエマが、わたしの書いた一話目を読み返した。

「あ、ホントだ」

「ユメっちの文章と同じだ」

  

 ソーサクくんは言った。

「正直、すごく難しかったよ。どうやって終わらせようかと。ずいぶん迷った」

「まぁ、そりゃそうだよな」

「ヒトゴトみたいに言うな。三話目があんな内容だったからじゃん」

 エマがアラタをつつく。

  

 ソーサクくんはわたしを見て話す。

「でも、途中で気づいたんだ。ユメが書いた一行目だけが『です・ます』調だったことに。この文章を最初と最後に置いたら、まとまるんじゃないかって」

「うん。こう書いたら、まとまっている気がする」


枠物語わくものがたりっぽい雰囲気が出ると思ったんだ」

 ソーサクくんが言う。「枠物語」というのは、千夜一夜物語アラビアンナイトのように語り手がいる書きかたのことだ――と教えてくれた。

  

「ぼくも本当は、エマやアラタみたいに、物語を飛躍させるのが好きなんだ。でも今回はなるべく、みんなが投げたボールをひろうことにしたよ」

「ボールをひろうって?」

 わたしはソーサクくんにたずねる。


「ボールっていうのは物語をふくらませる材料だよ。みんなが投げたボールが散らばっていたから、ひろい集めた」


 四話目を改めて読んでみる。


 言われてみれば、刑事たちの会話は、エマが書いたひぐらし署の話とつながっている。アラタが書いたタラア先生の発言も取り込まれている。もちろん、わたしの書き出しと、そして「まぼろしのタコ焼き」というキーワードも。


 こういうのを「伏線ふくせんの回収」というそうだ。確かに。投げたボールが投げっぱなしのままだと、残念だよね。


「そのぶん物語に飛躍がなかったから。あまり面白くなかったかな」

「ソーサクくん、そんなことないよ。四話目のおかげで、すごく小説っぽくなったと思う」


「アラタの三話目が面白すぎたからな」

「エマの二話目だって、かなりのもんだろ」

「一緒にするな」


 ソーサクくんの四話目は、最初に読んだときは、ピンとこなかった。

 でも、読めば読むほど、良い終わりかただと思えてきた。


「これがリレー小説だよ」

 ソーサクくんがみんなに言った。


「リレー小説って、おもしろい」

「うん、おもしろいな」

 エマとアラタが声をそろえた。


 わたしは言った。

「もっと書きたい。こんな短いのじゃ、全然書き足りないよ」

「ユメっち、わたしもそれ思った。もっと長い字数でも書けるよねー」

「書ける書ける」


 調子に乗ったわたしは言う。

「ねぇ、みんなで文芸部つくろうよ。サトちゃんにも入ってもらって」

「おっ。それいいね」

 エマがこたえた。

「いっそリレー小説部でもいいかも。活動内容はリレー小説が中心だから」

「さんせい!」


 リレー小説部!

 そんな部活、聞いたことない。


 でも絶対に面白いはず。

 面白さは保証する。

 みんなで書き終えたあとの達成感は、味わったことがないものだった。

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