第7話 まぼろしのタコ焼き
エマがソーサクくんにたずねる。
「ソーサク。おまえ、原稿用紙をいつも持ち歩いているのか?」
「そうだよ」
「ふうん」
わたしはエマにささやく。
「エマ。いま何を考えたのか、わかっちゃった」
「ん?」
「ソーサクくんを新聞委員会に誘おうと思ったでしょ」
「あっ、気付いた? 原稿用紙を持ち歩くなんて、有望な記者だなぁって」
「別にいいけど。こっちを優先してよね」
「へーい」
ユキコちゃんはトランプをあきらめ、スケッチブックにひとりでお絵描きを始めた。
その隣の席で、ソーサクくんが原稿用紙を手にする。よくある四百字づめのやつだ。
ソーサクくんは原稿用紙を半分に破き、鉛筆で①②③④と番号をつけた。それから言った。
「最初だから字数は短めの二百字にしよう。順番は、ぼくが四番目、アラタが三番目、エマが二番目」
ソーサクくんはわたしだけでなく、みんなの名前を呼び捨てにすることにしたらしい。
「一番目は、ユメ」
「えっ」
配られた原稿用紙を前に、わたしは固まる。
「ソーサクくん、これ、どうするの?」
「経験は学問にまさる。この場でリレー小説を試してみよう」
「試すって、いまから書くの?」
「リレー小説にはいろいろやり方があるけど、今回は好き勝手に書いてみよう」
「ちょっとちょっと!」
「書き始めたら、何とかなるもんだよ」
とりあえずって、そんな。
小説を書きたくても書けないからソーサク君に相談したのに!
わたしがあせっていたら、ソーサクくんが言った。
「制限がないと、かえって書きにくいかな。それならお題を決めよう」
「お題って?」
「小説のテーマだよ。それじゃあ『タコ焼き』はどう? ユメ、タコ焼きが登場するお話を考えてみてよ」
わたしは頭を抱え、小皿に残っていたタコ焼きを見つめる。
「タコ焼き、タコ焼き、タコ焼き……」
「一番手だから、タイトルもよろしく。あとはどんどん空想をふくらませたらいい」
まったく。完全にソーサクくんのペースにまきこまれている。でも、もともと自分が言い出したことだ。ここまできたらがんばるしかない。
空想するのは、特技のはずだ。
わたしは鉛筆をにぎった。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
「ユメっちの次は、わたし?」
「そうだよ。エマの次はアラタ。アラタの次は、ぼくが書く」
「結局おれも書くのかよ。書ける気がしないんだけど!」
ソーサクくんがアラタに言う。
「タコ焼きをつくるようなもんだよ」
「タコ焼き?」
「生地をつくり、ホットプレートに流し、具材を入れて、焼く。前の人がやったことを次につなげる」
「同じって言われてもなぁ」
「自分の担当に責任をもつんだ。次の人が待っていると思えば、書けるはずだよ」
わたしはソーサクくんの言葉を聞きながら、原稿用紙に向かう。
出だしさえ書けばいい。オチは考えなくていい。そう考えたら、それほど難しい話ではない。少しだけ、気が楽になった。
タイトルは、悩んだ末に、「まぼろしのタコ焼き」にした。
いざ書き始めると、自分でも驚くほど、スムーズに鉛筆が動いた。
どうしてだろう。みんなが待っているからかな。火事場のナントカみたいな感じ。
思いつくままにマス目をうめる。夢中で書いているうちに、いつのまにか二百字に到達していた。
「できた」
「えっ、もう書けたのか」
アラタが驚く。
「うん。こんな感じでいい?」
わたしは原稿用紙をソーサクくんに渡す。
ソーサクくんは目を通すと、ほほ笑んだ。
「アラタ、家でコピーはできる?」
「そこのプリンターでコピーできるぞ」
ソーサクくんは原稿用紙をコピーすると、みんなに配った。
それはこんな内容だった。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
「まぼろしのタコ焼き」
①夏目夢
みなさんは、まぼろしのタコ焼きを知っていますか。
その町には、まぼろしのタコ焼きを売っている、まぼろしの店があったのだ。
「おいしくて、ホッペが落ちるらしいよ」
「いやいや、あまりのまずさに、ぜっきょうするらしいよ」
そんなある夏の日。びんぼうな兄と妹が、おなかをすかせて歩いていた。
「お兄ちゃん、タコ焼き、食べたいな」
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
コピーを読みかえしながら不安になった。
こんな内容でいいのかな。
そもそも、これ、小説って言えるのかな。
よく見たら、一文目の「です・ます調」が、二文目から「だ・である調」になっているし……。
「ユメ、すげえな!」
アラタがとつぜん声を上げたので、びっくりした。「ちゃんと小説になってるじゃん!」
「そうかな。えへへ」
「でもさ、この『びんぼうな兄と妹』って、おれとユキコっぽくないか?」
「そんなことナイナイ。たまたまだよ」
わたしはアラタの指摘に首をふった。
本当はアラタとユキコちゃんをイメージしたのだけど。つい童話みたいに「びんぼう」なんて、よけいな言葉をつけてしまった。
「うんうん。ユメっち、面白いよ、これ」
エマもほめてくれた。
わたしは正直、書き足りなくて、うずうずしていた。これがリレー競争なら、もっと走り続けたかった。
でも、わたしの話の続きを、みんながどう書くのかも、すごく気になる。
エマが言う。
「よし。次はわたしだよね。うん、これなら書けそうな気がしてきた!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます