第4話 頭では考えられる
「ちょっと待ってね」
わたしはランドセルから文房具の入ったポーチを出した。中から、ふせんとシャーペンとハサミを取り出す。ふせんにニコニコマークの顔を書いて、シャーペンにはりつけた。
「例えば、こんな感じ。これはシャーペンの妖精。名前は、シャーペンたろう。わたしのランドセルから落ちて、サトちゃんの病院の談話室に転がっちゃった」
エマが吹き出した。
「あはは、シャーペンたろうって。ユメっち、名前のセンスなさすぎ」
「とりあえず思いつきだから。これでいいの」
わたしはムッとして言い返した。
あたりを見回す。部屋の隅から三角の積木とアヒルの人形を取ってきた。
「ココハドコ? 途方にくれていたシャーペンだろうの前に、談話室に住む妖精があらわれたの。積木とアヒル。じゃあ今度はエマが積木に名前をつけてよ」
「よし、まかせろ。それじゃあ、積木のツミッキー」
「ぷっ。ツミッキーって。エマのセンスだって同じようなものじゃない」
「なんでだよ。シャーペンたろうよりはマシだろ?」
「あははは」
「次は、笑ってるサトちゃん」
「えっ、わたし?」
サトちゃんの前にアヒルを置く。
サトちゃんはまじめな顔で考えたあと、言った。
「じゃあ、アヒルのアヒージョ」
「あはははは」
「アヒージョって!」
「えー、何で笑うの?」
「だって、おいしそうな名前なんだもん」
わたしたちは大笑いした。
「ユメちゃん、それからどうなるの?」
「あのね。妖精たちは大人が見ているときは動かない。ダルマさんが転んだ、みたいに。お医者さんや看護師さんの目をぬすんでコソコソ移動する」
「ユメっち、どうやったらシャーペンが移動できるんだよ?」
「んー、転がったり?」
「あのダンプカーのおもちゃにのせよう」
「いいね。じゃあ、あの子の名前は、ダンプじろう」
「わははは。ユメっち、やっぱりセンスなさすぎ」
「うっさい」
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
「シャーペンたろうは、ツミッキーとアヒージョとダンプじろうに助けられて、プレイルームを出発した。ジャジャーン」
「どうしたらユメちゃんのおうちまで帰れるだろう」
「そうだ! サトちゃんに頼んで郵送してもらおう。ゆうパックとかで!」
「でも、サトちゃんの病室に行くには、おそろしい注射器の悪魔、チュウシャッキーを倒さないといけないのだー」
わたしは思いつくままに、そんな物語を話した。
「ユメちゃん、すごいね。すらすらとお話が出てくるね」
「えへへ」
サトちゃんが感心してくれたので、うれしくなった。
わたしは、面白い本を読んだら、ほぼ必ず本の続きを考える。
好きなキャラクターを使って、本には書かれていない、自分だけの物語を楽しむのだ。
昔からそうだった。
低学年のころ、わたしは「エルマーのぼうけん」を愛読していた。
エルマーのぼうけんが全3冊なのが残念だった。もっと続きが読みたい。そこで、自分で続きを考えた。エルマーとりゅうが再びぼうけんの旅に出るのだ。
行き先はどうしよう。
これまでに行ったことがないところ。
宇宙? 遠すぎる。
雲の上? 面白そう。
雲の上にりゅうの国があることにしよう。人間は入れない。見つかったらつかまっちゃう。そこでエルマーは——。
そんな風に。
空想なら、いくらでもできる。
「ほら、お話を考えていたら、ひまつぶしになるよ」
「楽しいね。でも、わたしはユメちゃんみたいにすぐには思いつかないな」
「ユメっち。そのお話、小説に書いてみたらいいじゃん」
エマのなにげない一言にドキリとする。
「小説なんて、無理だよ」
「完成したら、ひぐらしウイークリーにのせよう。れんさい小説として」
「無理無理無理」
「題名は『シャーペンたろうとゆかいな仲間たち』でどう?」
「シャーペンたろうはもういいよ」
「あはは」
笑いながら、胸の奥がチクチクと痛んだ。
小説を書こうとして、あきらめたことは何度もある。
頭では考えられる。口でも話せる。それなのに、鉛筆が動かない。
書くことは、考えることより、話すことより、ずっとムズカシイ。
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気がつくと、夕方になっていた。
談話室から見える空が、むらさき色に染まりはじめている。
「そろそろ帰りましょうか」
カナ先生が呼びにきた。
もっと病院にいたかったけど、そういう訳にもいかない。帰ることにした。
サトちゃんはエレベーターまで見送りにきてくれた。
「ユメちゃんなら、きっと書けるよ。書いたらぜひ読ませてね」
サトちゃんは手を振りながらそう言った。
わたしは手を振り返しながら、サトちゃんの言葉を真剣に考えていた。
小説か。
わたしにも書けるのかな。
ずっと書きたいと思いながら、書けないまま放っていた。もう一度チャレンジするには、いい機会かもしれない。
帰りの車の中で、わたしは思いきって、カナ先生に聞いてみた。
タイミングよく、エマは隣の席でスヤスヤと寝ている。
「カナ先生」
「どうしたの?」
「あのさ、小説書くのって、コツある?」
「あら。小説、書きたいの?」
「例えばの話。あくまで、例えばのね」
「小説か。そうねぇ」
カナ先生はハンドルを握りながら、考えている。
「あ、そうだ」
「なになに?」
「ユメちゃん、ソーサクくんと話したことはある? 転校生の森創作くん」
思わぬ名前が出てきた。
「ううん。図書室でよく見るけど。まだ話したことないなぁ」
「小説のことなら、ソーサクくんと話してみるといいかもよ」
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