第3話 もの足りないよね
カナ先生はわたしの言葉にほほ笑んだ。
「実はね、最初にお見舞いに行く前、先生も同じ質問を聞いてみたのよ。サトちゃんのお母さんは、ぜひ来てほしいって言ってくれたわ」
「ほんとうに?」
「お友達と会えずに学校とのつながりが薄れるのは辛いからって。それに、二人がニコニコしていた方が、サトちゃんも、早く学校に戻りたくてがんばれるって」
わたしは少しホッとした。
「それならよかった。サトちゃんには、早く学校に戻ってきてほしいから」
「ユメっち。サトちゃんがいつ学校に戻っても大丈夫なように、いろいろ伝えよう」
カナ先生は前を向いた。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「行こう。すぐ行こう。先生、猛スピードでよろしく」
「いいえ、安全運転で行きますからね」
エマとわたしは、「はやくはやく」とはしゃいだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
サトちゃんが入院している大学病院は、最近改装されたばかりだ。院内は明るくて清けつだった。
わたしたちは手洗いとうがいをして、マスクをつける。それから病棟の談話室という部屋に入った。
部屋には四人がけの丸テーブルが二つ。ここでおしゃべりしたり、付き添いの人が食事したりできる。一角には積木やブロックも置かれていた。
入り口のそばには本棚もあった。ちょっとした図書室でもあるらしい。
本棚の本は絵本が多い。長めの本は、「かいけつゾロリ」と「ズッコケ三人組」が何冊かあるくらい。「五年生にはもの足りないよね」とわたしは思った。
わたしがゾロリを手に取って立ち読みをしていると、すぐ後ろで「おもしろい?」とささやく声がした。
振り返ると、サトちゃんが笑っていた。
「サトちゃん!」
「ユメちゃん、エマちゃん。久しぶりだねー」
「やっほー! サトちゃん、おひさー」
サトちゃんはパジャマの上からパーカーを羽織り、スリッパをはいていた。
騒がしいエマやわたしと違って、サトちゃんは、おだやかな女の子だ。
サトちゃんのママもやって来て、わたしたちにあいさつをした。
「ママたちは向こうで待っているわね」
サトちゃんのママとカナ先生が連れだって談話室を出ようとする。
「じゃあ、あとは若いもの同士で」
エマがドラマのお見合いの場面みたいなセリフを言って、みんなを笑わせた。
わたしたちはテーブルのひとつにいそいそと座った。
「そうだ。これを渡さなきゃ」
わたしはみんなから預かった手紙を手渡す。サトちゃんの右手首にはリストバンドが巻かれ、そこに「
サトちゃんは手紙をていねいに開き、ほほ笑みながら読んだ。
「はい、これも」
わたしがオレンジゼリーを取り出すと、最初、サトちゃんは目を丸くした。
「アラタから。サトちゃんに渡してって頼まれたんだ」
サトちゃんはゼリーの容器を包み込むように手にして、「えへへ」と笑った。
「ひゅーひゅー」
エマが変な声を出して、サトちゃんをからかう。からかいながらも「アラタなんて、あんなスポコン、どこがいいんだよ」と、ヒドいことを言う。
サトちゃんは口をとがらせると、「えー。そんなことないよ。アラタくん、カッコイイじゃない」と答えた。
よかった。
サトちゃんは顔色もいいし、元気そうだ。わたしは安心した。
エマがひぐらしウイークリーを出して、運動会のことを話した。
サトちゃんは「ひぐらしウイークリーは全部ファイルにとじているよ」と言って、エマを感激させた。
途中で、サトちゃんのママが、紙パックのリンゴジュースを持ってきてくれた。
わたしたちはそれを飲みながら、いろいろ話した。
話はそのうちに病院の話になった。
「ずっと病院にいたらヒマだろうね」
エマが率直に感想を言った。
「ヒマだよー。できることは限られているから」
「本だって少ないもんね」
わたしが本棚を見ながら言うと、サトちゃんがうなずく。
「でしょ。ここにある本なんて、とっくのむかしに読みおわったもん」
「今度、家から本やマンガをいっぱい持ってくるよ」
わたしが言うと、エマも同意した。
「わたしもお兄ちゃんから借りてくるわ。ONE PIECEとか三国志とか、とりあえず長そうなやつ」
「三国志は、あんまり興味ないなぁ」
サトちゃんが笑った。
ふと、わたしは口にした。
「読む本がないなら、自分でお話をつくるのはどうかな」
「なにそれ」
エマが言う。
しまった。
わたしは、なにげなく口にしたことを後悔した。
わたしは暇さえあれば空想しているのだが、そのことは友達には言っていない。
サトちゃんがまじめな顔でわたしにたずねた。
「ユメちゃん、お話をつくるって、どんな風に?」
ごまかそうかと思ったけど、サトちゃんにウソはつきたくない。
仕方ない。正直に打ち明けることにした。
「あのね。わたし、よく頭のなかで、物語をいろいろ考えるんだ」
「へぇ、おもしろそう」
「ふんふん」
エマも乗り出してくる。
「例えば……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます