第2話 このままでいいのかな

 わたしとエマは、校門で待っていた空色の小さい車に乗り込んだ。


「じゃあ出発するから。二人ともシートベルトしてね」


 カナ先生。川端佳奈かわばたかな先生が、運転席から振り返って言う。カナ先生は五年二組の担任で、まだ若い女の先生だ。やさしくて熱心なので、子どもたちに人気がある。


「カナ先生、窓あけていい? 暑い暑い暑い」

 エマがさわぐ。

「待って、エアコンの温度を下げるから」


 六月にしては日差しが強い。

 すでに真夏みたい。いますぐプールに入りたいくらいだ。


 しばらくすると、ようやく車内が涼しくなってきた。


 車が大通りに入ったところで、エマがわたしの耳もとでささやく。

「ユメっち。どうした? なんか元気ない?」

「うん、ちょっとね」


 わたしは正直にうなずいた。

 エマはわたしをよく見ている。わたしはさっきから、少し不安になっていた。


 わたしは運転席のカナ先生に聞こえないように、小声でエマにささやく。

「サトちゃんのことなんだけど。わたしたちがお見舞いに行くこと、嫌がってないかなぁって。心配になってた」


 エマがわたしの言葉に反応した。

「あー、それ。すっごい、わかる」

「わかる?」

「うん。わたしもユメっちと同じこと心配していた」

「エマも? なんか意外」

「意外言うな。わたしだって、いろいろ考えるんだから」

「ごめんごめん」


 エマはランドセルを開け、クリアファイルから一枚の紙を取り出した。

 B4判でコピーした紙だ。上の方に「ひぐらしウイークリー」と書かれている。


 ひぐらしウイークリーは新聞委員会が作っている学校新聞だ。いや新聞委員会というよりも、エマがほとんど一人で作っている。エマはひぐらしウイークリーの編集長であり、自称「びんわんトクダネ記者」だった。


 エマの取材力は、実際、スゴい。

 五月にソーサクくんが転校してきた時は、なんと学校の正式な発表よりも先に、ひぐらしウイークリーがスクープしたのだ。


 その時の見出しは「大スクープ!転校生がくる!」だった。「五年二組に転校生がやって来ることがわかった。ひぐらしウイークリーが手に入れたどくせん情報によると、どうやら男の子らしい——」


 エマは用事で職員室に行ったとき、たまたまカナ先生と教頭先生がソーサクくんについて話していたのを聞いたそうだ。


 そのスクープは大きな話題を呼び、エマは「勝手に書かないように」とカナ先生に注意されていた。


 サトちゃんのお見舞いは、ひぐらしウイークリーを届けにいくことが目的のひとつだ。クラスの代表に選ばれたエマが「一緒に行こう」と、サトちゃんと仲がよかったわたしを誘ってくれたのだ。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


「これこれ、見て」

 エマがひぐらしウイークリーの最新号を示す。五月に行われた運動会の特集だった。


 エマによると今回は「キオクよりもキロク」がテーマだそうだ。「全しゅもく入賞者いちらん」という見出しで、徒競走の入賞者などの名前がズラリと書かれていた。


「ユメっち、考えてもみなよ。サトちゃんは運動会に出られなかったんだ。こんな新聞もらっても、うれしくないんじゃないかなぁ?」

「なるほど。確かにそうかもね」


 わたしもエマも、元気に学校に通っている。そんな二人が病院に行って、楽しそうに学校の話をしたら、サトちゃんはどう思うだろう?


 最初のうち、わたしはお見舞いに行ってサトちゃんに会えることが、ただただ楽しみだった。でも、だんだん「このままでいいのかな?」と考えるようになった。


 わたしとエマが後部座席で話していると、とつぜん車がスピードを落とした。


 まだ病院にはついていない。空色の車はチカチカとランプを点滅させながら、大通りのわきに停車した。


 エマがたずねる。

「カナ先生、どうしたの? もしかしてトイレ休けい?」

「違うわよ!」

 カナ先生が後ろを振り向いた。


 カナ先生は車の色によく似た空色のスーツを着て、髪の毛を後ろで結んでいる。いつもキリッとしているが、わたしは先生というよりは「お姉ちゃん」と呼びたくなる親しみを感じていた。


「あなたたちの話が聞こえてきたから。ひとこと言っておこうと思って」

「あっ、聞こえてた? ユメっち、バレちゃったみたい」

「せっかくヒソヒソしゃべっていたのに。エマの声が大きいから」

「あたしのせいにするな!」

「ほら、声が大きい」


 カナ先生がわたしたちを交互に眺めた。

「ふたりとも、心配しなくても大丈夫よ。サトちゃん、ふたりが来てくれることをとても楽しみにしているんだから」


 わたしは言う。

「でも、カナ先生。なんだかサトちゃんに申し訳ない気がするんだ。わたしたちが学校の話をしたら、サトちゃん、気を悪くするんじゃない?」

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