【短編】オタクじゃないカノジョがギャルゲーしてるのを眺めるラブコメ

夏目くちびる

第1話

「ギャルゲーがやりたい。男はどんな目線で女を見てるのか知りたい」

「いいよ」



 ということで、俺のカノちゃんが『アマガミ』をプレイすることになった。誰でも名前を知ってる『ときメモ』シリーズの方がいいかと思ったが、あれは初見でやろうとすると意外に難しいのだ。



「いきなりフラれてるんですけど、可哀想」

「デートをスッポカサれちゃって、恋愛に後ろ向きな男子高校生が主人公なんだよ。クリスマスまでに恋人を作るのが目的」

「なるほど」



 俺が思っていたより、真剣にプレイするつもりのようだ。



「ヒロインの子、みんなかわいいね。なんでカレシしないの?」

「さぁ、いい男が見つからなかったんじゃない?」

「高校生の間に恋愛しとかないと苦労するよ〜、私の周りでも拗らせてる子いるもん」

「ふぅん、カノちゃんはどんな男と付き合ってたの?」

「同い年のクラスメイト、バスケ部で人気あったよ」

「へぇ、俺男子校だったからそういうの羨ましいなぁ」

「……えっ? なんで嫉妬しないの? 私はカレ君の前に付き合ってる男いたんだよ?」

「www」



 気にしても仕方のないことを、俺は気にしないタイプなのである。



「誰にしよっかなぁ、迷うなぁ」

「今のうちに二人くらいに絞っておかないと、最終的に誰とも付き合えなくなるから気をつけてね」

「浮気はよくないもんね。カレ君は誰が好きなの?」

「七咲、水泳部の子」

「あ、この子か。……はぁ? 私と全然違うタイプじゃん。意味わかんないんだけど」

「www」



 カノちゃんは、自分の赤いミディア厶ヘアを撫ででムッと怒った。相当嫉妬してるらしい。



「私だってパンツくらい見せてあげるけど?」

「どこで張り合ってるのさw」

「本当はこういう子がタイプなワケ? 後輩で大人しそうなのがいいワケ?」

「www」

「ね〜ぇ、なんでよ〜。せめて年上キャラにしてよ〜」



 カノちゃんは、俺よりも一つ年上である。



「小悪魔チックなのがいいの? 私の方がおっぱいあるよ?」

「www」

「ねぇ、答えてよ〜。なんでこの子なんだよ〜。全然違うじゃんか〜」



 そんなの過去の俺に聞けと思いつつ、なんとか説得を終えてゲームを続けることになった。



「それで、誰にするの?」

「んっとねぇ、森島先輩にする。一番かわいいから」

「ほぇ〜、そういうのが好きなんだ」



 声も綺麗だしな。



「森島先輩みたいに、みんなに憧れられてる女子とかって共学にいたの?」

「分かんない。だって、私たちは男の方をよく見てたもん。ぶっちゃけ、同性が誰にモテてるとかって興味ない」



 それは、逆説的にカノちゃんのグループが学校のカーストの頂点にいたという証拠にならないだろうか。付き合ってた相手が人気者だったというし、その見方が自然だと思うけど。



「じゃあ、アイドル的な男子みたいなのはいたワケか」

「いたいた! 当時はヤンキー系のドラマとか映画が流行ってたでしょ? だから、私の学校は不良っぽい子が人気だったよ!」

「不良はモテるって言うもんね」

「あはは、カレ君はどうせ昔っから大人しかったんでしょ?」

「おっしゃるとおりでございやす」



 当時は陰キャなんて言葉はなかったけど、カテゴライズするなら間違いなくそこって感じだな。



「ねぇ、隣りにいる塚原先輩って本当に高校生? 落ち着きすぎじゃない?」

「www」

「もっと目を大きくしてあげたら良かったのに。でも、それだと人気が出ちゃって困るってことなのかな」

「www」



 あまりにもメタ的な考察であった。



「なんか、この先輩性格もかわいいね。天然なのかな、それともワザとやってる?」

「確か、キャッチコピーは『男殺しの天然女王』だったっけ」

「男殺しかぁ。こういう子が男を殺せるんだなぁ〜。でも、カレ君の好みじゃないんだよなぁ〜」

「www」



 そんな楽しみ方でギャルゲーをプレイする人、生まれてはじめて見た。あと、別にこのゲームでは七咲が好きってだけで好きな女のタイプがそれってワケじゃないからな。



「……あ、もう告白するんだ。主人公くん、結構男らしいね。後ろ向きとは思えない」

「そうね」

「夕暮れの噴水で告白とかマジ? ちょーロマンティックじゃん、いいなぁ……」

「www」



 カノちゃん、意外とそういうところがあるらしい。プロポーズする場所も考えておいた方がよさそうだ。



「あらら、フラレちゃった。年上で大人っぽい男が好きなんだってさ」

「切ないねぇ」

「まさか、ゲームオーバーってことじゃないよね? こういうシナリオなんだよね?」

「www」



 そりゃそうですよ、これで終わったらクソゲー過ぎる。



「あぁ、唐揚げとか一緒に食べていい雰囲気だったのに。でも、女子高生的には年上の男ってすっごくカッコよく見えちゃうんだよね。先輩とか、実習生の大学生とか」

「年食うと下の男が好きになるのにね」



 すると、俺はカノちゃんに頭を引っ叩かれた。女子を自称するだけあって、年齢は気にしているらしい。



「『まだまだこれからだよ、にぃに』だって。美也ちゃんかわいい、『ねぇね』って呼んでほしい」

「www」



 この小説のタイトル、オタクのカノジョにした方がいいかもしれないな。



「でも、なんか心配してくれる。自分でフッたのにどういうこと?」

「それはそれ、これはこれっていう線引があるんじゃない?」

「あ〜、実はサバサバ系なんだ。本当に気にしない子ってマジでいるもんね」

「ふぅん、そうなんだ」

「これで諦められなくて、青春壊されるみたいなことあるけどね。というか、性別は逆だけどそういう女の子が私の友達にもいたよ」



 ギャルゲーにも意外とリアリティがあったりするのだろうか。何にせよ、なかなか不憫な話である。



「一緒にご飯食べたり放課後にお話したりしてるし。全然脈アリだよね、これ」

「いい感じですね」

「あれ、また噴水だ」

「いいムードですね」

「……あ、また告白した」



 何故か、カノちゃんはちょっと照れていた。主人公の男らしさにトキメキでもしたのだろうか。



「今日はダメでも、明日はいいって言ってくれるかもしれないから告白したんだって」

「いい青春だなぁ」

「あぁ!! チューしてくれた!! カレ君!! 森島先輩がオデコにチューしてくれてる!! きゃあ!!」

「www」



 色々経験してるだろうに、カノちゃんがかなりピュアな恋愛観を持っていることを俺は初めて知った。



「これ、絶対に意識してるよぉ……。先輩も照れ隠ししちゃってるよぉ……」

「そうだといいね」

「主人公くん、一緒に頑張ろうね。私が絶対に森島先輩と結ばせてあげるからね」



 これは興味深い。



 女の人は、シュミレーションゲームでこういう楽しみ方をするパターンもあるしい。男のように没入して主観で楽しむのではなく、パートナーとして目的を達成しようと頑張る客観的なプレイ。



 俺は、いつの間にかゲームをするカノちゃんのリアクションに惹き込まれていた。



「はぁ? なにこの男。いきなり現れて森島先輩に気安く触ってんじゃねーぞ、こらぁ」

「www」

「ほら見ろ! フラレれた! ばーか! 自分を大切にしてくれない男なんて好きになるワケねーだろ! 反省しろぉ!」

「www」



 モブキャラの御木本先輩が可哀想だと思った。確かに変な制服の着こなしだが、決して悪い男じゃないと思うんだけどな。



「あれ、なんかもう一回キスしてもらえる流れなんだけど! やばーい!」

「おぉ、よかったね」

「今回は主人公くんからなんだ。でも、女的にはしてもらったほうが嬉しいかもね」

「そういうものですか」

「しかも、唇はダメなんだ。まぁ、そうだよね。カレシでもない男とマウストゥマウスは無いよね。『君ならではの場所』かぁ」

「ありきたりなキスはダメらしいっすよ」



 そして、主人公は森島先輩の膝の裏にキスをした。



「www」

「www」



 カノちゃん、大爆笑である。



「あっはっは! あはっ!! ちょー変態じゃん! あっはっはっは!!」

「それに合わせる森島先輩もなかなかですけどね」

「どこが恋愛に後ろ向きなのよ! やばーい! あははっ!!」

「www」



 やっぱり、往年の謎に突っ込んでくれるカノちゃんが俺は好きだった。



「でも、これ絶対に付き合えるよ。だって、好きでもない男に膝裏にキスなんてさせないもん」

「流石に、男の俺でもそう思う」

「でもさぁ、これってあれだよね。多分、今まで色んな男に告白され過ぎて自分が好きになる感覚が分からないから、すっごい困ってるんだと思うよ」



 なんだ、この女。エスパーかよ。



「ねぇ、どう? 当たってる?」

「いや、ネタバレはしないよ」

「ふぅん。でも、あってると思うなぁ。主人公くんはさぁ、キスとかデートとかさせてもらっていい気分になるでしょ? それで、森島先輩は自分を好きだって思うでしょ? そしたら、やっぱ告白とかしなくなるじゃん?」

「う、うん」



 すっげぇ語るじゃんって、前の仕返しでイジってやりたかったけど止めておいた。あまりにも芯を食った考察だったからだ。



「でもさぁ、女はそういうのすっごく不安になるんだよね。やっぱり、分かってても好きだって言ってくれないとイヤだもん。だから、そういうことで森島先輩は悩んじゃうんじゃないかなぁ。主人公くんは年下だしさ」



 ははぁ。



 俺は、カノちゃんのことを少し侮っていたらしい。果たして、ここまで察する事が出来る審美眼を得るまでに、幾つの恋愛を経験してきたのだろうか。



 ちょっとだけ、ヤキモチだ。



「主人公くん、ちゃんと好きだって言ってあげてね。頼みますよ〜」



 そんなワケで、一緒にラーメンを食べたりゲーセンに行ったり公園で鳥に餌をあげたり、あの頃の俺が思い描いたような青春を送る二人の姿をカノちゃんはキャーキャー言いながら見届けていた。



「足の毛を剃るってなに!? どういうプレイなのぉ!?」

「www」

「流石に上級者過ぎるよ!! 高校生の恋愛でこれは思いつかないよ!!」

「www」



 そして、クリスマス。



「うわ、おっぱいでか! ウェストほっそ!! ズルいよ!! これぇ!?」

「ナイスバディーですね」

「このバックハグ、森島先輩が主人公くんを好き過ぎて意味分かんなくなってるよね。おっぱい潰れてるじゃん」

「たまらないですね」



 微妙な部屋着の胸元を見て、何故か勝ち誇ったような顔をするカノちゃん。負けず嫌いはよく知ってるけど、高校生とまで張り合ってどうするんだ。



「私のはたまらない?」

「もちろん」

「うぇへへ」



 ということで、ゲームは佳境へ。最後の告白のシーンまで、シリアスになった物語に没頭しているらしく、カノちゃんは無言でテキストを読んでいた。



「うんうん、そうだよね」



 森島先輩の声。



「そうだね、うん」



 森島先輩の声。



「不安だよね、分かるよぉ……」



 森島先輩の気持ちに共感できるってことは、やはりカノちゃんは凄くモテるのだろう。



「あぁ!! 呼び捨てにした!! 呼び捨て!!」

「www」

「キスした!! キャー!!」

「www」

「これで終わり!? 嘘!! メッチャいいじゃん!! よかったね〜……っ。グス……っ」



 相変わらず、泣くほど集中してゲームができるカノちゃんが俺は心の底から羨ましかった。



「よかったね、うんうん。いいなぁ、めっちゃ青春って感じするよねぇ」

「面白いと思うけど、俺は経験が無さすぎてギャルゲーのシナリオがあまりにも現実離れしてる気がするよ」

「そう? プール行ったりお弁当作ってあげたり、素直になれなくて悩むところとかすっごく分かるじゃん?」



 つまり、カーストトップの人間はそんな青春を送っているというワケですか。滅多に人を羨まない俺だけど、今日ばっかりはカノちゃんの当時のカレシが羨ましかった。



「……あれ? もしかして、ヤいてる?」



 やっぱり、あっさり気付かれてしまうようだ。



「うん、かなりね」

「んふふ。じゃあ、来週は私たちもプール行ってホテルに泊まろっか。この前、水着買ったし」

「あぁ、そんなこと言ってましたね」

「カレ君の青春を取り戻す会を開催します。いぇーい!」



 そんなワケで、カノちゃんとアマガミのお陰で俺は少しだけ青春を取り戻した。



 サンキュー、アマガミ。フォエバー、アマガミ。



「嬉しかった? 私がなんて言ってほしいか分かる?」

「もちろん、大好きです」

「んふ、よくできました」

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