2-1 未完成の小説
翌週水曜日の放課後、カンナは“先生”の言いつけを守り、いつも通り図書館に来ていた。
開始時刻の十七時過ぎに談話室へ入室したが、夏目は十八時を過ぎても現れなかった。
彼女が約束の時間に図書館にいないことは珍しく、図書館のどこかにいるのだろうとカンナは館内を歩いて探したが、夏目は見つからなかった。
談話室へ戻ると、談話室前のベンチに夏目リサと同じ高校に通う平野真美が座っていた。
平野はカンナ達と同様に毎週水曜日の十九時から談話室を一時間だけ予約をしている。二十時から始まる予備校の授業まで利用しているらしい。カンナから平野に声をかけようとしたが、先に平野からカンナに話しかけてきた。
「小鳥遊さん。ちょっといい?」
「平野さん、どうかした?」
カンナは平野の隣に腰を下ろした。平野がバックパックから一冊のノートを取り出す。ノートの表紙には〔鏡の悪魔〕と書かれていた。
「え? それって夏目さんのノートだよね、何で平野さんが持っているの?」
「夏目さんと昨日学校で会った時に、このノートを小鳥遊さんへ渡すようにお願いされたの」
平野はノートをカンナに手渡す。カンナは不安げな表情でノートを受け取った。
「夏目さんが、『私じゃ完成が難しくなった。未完成でごめん』って」
カンナは目を見開いて平野を見つめる。
「本当に夏目さんがそう言ったの?」
「うん」
「そんな、そんなことあり得ない……」
カンナは眉間に皺を寄せて困惑した。
「それでね小鳥遊さん、夏目さんなんだけど、昨日会った時少し体調が悪そうだった。左眼をケガしてたのか眼帯をしてて、今日、学校を休んでいた。小鳥遊さんから連絡してみて。私は夏目さんの連絡先は知らないから」
「わかった、ありがとう平野さん。すぐに連絡してみるよ」
カンナはバックパックからスマホを取り出し、夏目に電話をかけた。
「ダメだ、繋がらない」
「もしかしたら寝込んでいるのかもね」
「じゃあ、メッセージの方がいいかな」
カンナはメッセージアプリを起動して、夏目との会話画面を開き、『何かあった?』と打ち込んで送信した。
「あ、返事が来た」
「何て言ってる?」
夏目からは、メッセージではなく数字とカンマが羅列したものが送られてきた。
「何だこれ? アプリの不具合かな?」
カンナは平野へスマホの画面を見せた。
「これ、座標じゃない?」
「座標?」
「経度と緯度が書かれているんだよ、貸してみて」
平野は座標をコピーし、地図アプリを開いた。地図アプリの検索欄にコピーした座標を貼り付けて検索ボタンを押す。
「ピンが立ったよ、ほらここ」
平野は地図上に表示されたピンを拡大してから、カンナにスマホを手渡す。カンナはスマホを受け取り、ピンが立った場所を凝視した。
「建物とかじゃなくて、川沿いの道かな? 図書館に近いとこだ。平野さん何か知ってたりする?」
「分かんない。でも何で座標なんか送るんだろ?」
「とりあえずここに向かってみる」
「うん、その方がいいかも」
「ありがとう平野さん」
「気をつけてね」
カンナは平野から受け取った夏目のノートをバックパックへしまい、スマホを握りしめ地図上のピンが立った場所へ向かった。
◇◆◇
カンナは目的地まで、アプリ内の指示通りに経路を辿り向かっていた。
都度、メッセージアプリに切り替え、夏目宛に『どうしたの?』『何かあった?』などと、数分おきに連絡を入れていたが、スマホには通り雨の予報通知のみで夏目からの連絡は一向になかった。
パラパラと小雨が降り出す中、夏目との会話や態度を思い返していた。どう考えても未完成のまま小説を渡してくるという行動にカンナは違和感を抱いていた。
夏目に関しては、一度始めた物事について決して諦めずに最後までやり遂げる性格の持ち主であることをカンナは親友として一番理解していた。
だが、カンナの預かり知らぬところで、夏目自身の心境に何らかの変化があったかもしれないし、彼女が創作する人間にとってよくある挫折に直面している最中なのかもしれない。
カンナは頭の中でぐるぐると様々な思いを巡らせていた。
経路を辿っていると、目的地の川沿いへ到着した。カンナは辺りを見渡し、夏目がいないか確認する。
時刻は十八時二十六分で、図書館を出てからおよそ二十分程度経過していた。
雨の影響で薄暗く、雨粒が額をつたって眼に入りそうになる度に、手の甲で拭った。
川沿いの道路には人の気配はなく雨の降る音だけで、カンナは少しだけ心細くなった。
もしかしたら雨が降ったことで、夏目は急遽河川敷へ雨宿りのために降りたのかもしれないと想定し、念のため河川敷に降りて確認することにした。
「夏目さーん、どこにいるのー?」
河川敷は雑草が生い茂り、地面がぬかるんでいた。雑草をかき分け、夏目の名を呼びかけ前進する。
ある程度進んだところで、雑草のない砂利が撒かれたスペースに出てきた。靴の裏に泥がついていたので、砂利に靴の裏を何度か擦り付けて泥を取った。
「あれ?」
カンナは砂利の数カ所に赤い斑点がついていることに気がついた。一つ拾い上げてよくよく確認すると、それは血痕であった。
ゆっくりと斑点が続く先を目で辿ると、腹部と口元が血だらけになった夏目が仰向けに倒れていた。
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