2-2 未完成の小説

「夏目さん!」


 カンナは叫びながら、夏目の元へ駆け寄った。


「何があった?! 何でこんなっ」 


 夏目の側で膝をつき、懸命に声をかけるが夏目は目を閉じたままで反応がない。カンナは頭が真っ白になった。


「あぁどうしようどうしようどうしよう」


 混乱しつつも、とにかく救急車を呼ばねばと、震える手でスマホを操作する。 


「たか……なしさん」


 夏目が目を微かに開けて、カンナの制服の袖を引っ張った。


「夏目さん! 待ってて今すぐ救急車をっ」


 カンナの目から涙が溢れ出る。呼吸も乱れ、焦りが隠せない。


「もう……間に合わ……ない」


 夏目は、涙をこぼしながら微笑む。


「ダメだろ! 何言ってんだよっ! 小説家になるんだろ!」


 カンナは119をダイヤルして発信ボタンを押した。スマホの受話口を耳に押し当てる。コール音が鳴ったままなかなか繋がらない。


「今、助けを呼んでるからなっ」





「か……がみは、い……る……の」 





 夏目はカンナの袖を力強く引っ張り、口から血を流しながら囁いた。


「喋るなっ、血が出ちゃうだろ」

「ちゃんとっ、聞い……て」



 夏目が眉間に皺を寄せて、カンナを睨みつけた。



「わっ……分かったよ」


 カンナは震える手で涙を拭い、夏目の口元に耳を傾けた。




「鏡の……悪魔は……の……にっ……いるの」




「え?」


 カンナは夏目の発言の意図が理解できず、困惑した。



「壊せるのは、カンナ……だけ……」



 夏目は震えながら力強く笑った。



「なっ、何を……壊すんだよ」



 カンナは夏目の笑顔に困惑した。



「ノートに……」



 夏目の口元からドロリと血が流れ出て、言葉が途絶えた。


 袖を掴んでいた手は力が抜け、地面に落ち呼吸が止まった。両眼は半開きのまま、光を失くした。


 左眼の白目は充血し、黒目は白濁した。左眼付近の皮膚は血管が浮き出て、次第に冷たくなっていく。




 カンナは目の前で起きた状況が全く理解できず、夏目の手を握るも、冷えた手に背筋が凍りつく。


 ようやく救急に繋がるも、あまりの出来事にカンナの意識は朦朧としていた。スマホの受話口から聞こえるオペレーターの声がだんだん遠のいていく。




「あぁ、どうして、もっと早く、早く来てたら夏目さんは」




『大丈夫ですか? どうしましたか?』



 オペレーターの声がようやく認識できたカンナは、耳元に受話口を押し当てた。




「助けて……助けて……ください、親友が……殺されました」




 スマホの送話口に向かって、声を詰まらせながらひたすら何度も助けを呼び続けた。

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