1-3 秘密の水曜日
一通りリリコと談笑した後、カンナは保健室から解放された。
その後、通常通り授業を受け、放課後は高校近くの図書館へと向かった。毎週水曜日の放課後は必ず図書館に行くことが"先生"との絶対に破ってはいけない約束だった。
図書館には談話室といって、会話や作業ができるスペースが提供されている。事前に予約が必要ではあるが、カンナは必ず毎週水曜日の十七時から十九時の二時間、いつも決まった座席を予約していた。
図書館に十七時過ぎに到着し、足早に談話室へ向かった。
談話室には、カンナと同じ年頃の女子高生がタブレットを見つめて作業をしていた。
「夏目さん、お待たせ」
「あっ、小鳥遊さん、私もさっき来たところなんだ」
女子高生は、
カンナは、予約している座席にバックパックを置き、中から一冊のノートを取り出した。
「先生が、これを夏目さんにって」
「どれどれ〜」
夏目は嬉しそうにノートを受け取ると、すぐにページをめくってノートの中身を確認した。
「中は見るなって先生から止められているけど、何が書いてあるの?」
カンナは夏目に問いかけた。
「内緒だよ。これはね、二人で考えてる物語なの。たくさん二人で悩んで考えてるんだけど、絶対にハッピーエンドにしようねってことは決めてるんだ」
「二人の合作なんだ! すごい、俺も早く読みたいな」
「でもね、先生は迷ってるみたい。考えてたのを全部没にするんだって」
カンナはバックパックを床に置いて、椅子に腰を下ろした。
「やっぱそっか。朝起きた時にそこらじゅうに紙が散らばってたんだ。バツマークと没ってメモ書きがたくさんあったから悩んでるんだろうなって思ってた」
「そりゃ悩むと思うよ、たくさん邪魔が入るからね」
「邪魔って?」
夏目はノートをカンナの前に寄せて、ささっとメモ書きした。作者と書いた単語の周りに主人公と、脇役A・B・Cを書いて、そこから作者へ矢印を伸ばした。
「頭の中でね、キャラクターがたくさん作者に主張してくるの。ああしてくれこうしてくれって。作者はね、そのまとめ役なの。物語を正しい方向へ進めるために調整してあげるんだ。それがね大変なの」
「へぇ、作家の頭の中って大変なんだね」
「そう! すごく大変なの。でもね、邪魔が入るからって全部が全部ダメってことじゃないの。物語がハッピーエンドになるためには多少の犠牲や邪魔がある方が変化が生まれて、それをキャラクターたちが乗り越えることによって素晴らしい最後を迎えることができるから、必要な時もあるんだよ」
「そっか、夏目さんも先生も凄いなぁ。夏目さんの今書いてる話はやっぱり邪魔が入ったり色々と大変だったりするの?」
「そうだね、もしかしたら上手くいかなくなるかも」
残念そうな表情を浮かべて、学生カバンからノートを一冊取り出した。
「それが、今書いてるお話?」
「うん、鏡をテーマに書いてるんだけどね」
「へぇ! タイトルは?」
「タイトルはね、『鏡の悪魔』っていうの」
ノートの表紙に〔鏡の悪魔〕と書かれている。カンナはどんな物語か想像できずに首を傾げた。夏目はノートを学生カバンへ戻した。
「鏡の悪魔? 怖い話? ホラー系なの?」
「うーん、ホラー系とはまた違うかな、でもそうだね、ちょっと怖いかもしれない」
「怖いやつなんだ! 気になるなぁ」
カンナはじっと夏目の学生カバンを見つめた。
「ダメだよ、未完成は誰にも読ませないって前に言ったでしょう?」
「そうだった、残念。完成を楽しみにしてるよ」
「うん、きっと上手くいくから楽しみにしててね」
夏目は笑顔で答え、「じゃあそのまま作業を続けるね」と言い、タブレットに接続したキーボードを打ち込み始めた。
「俺も先生に頼まれてるイラストを描くよ」
バックパックからスケッチブックとペンケースを取り出し、机上にひろげた。スケッチブックの三ページ目を開き、夏目に見えるようにタブレット近くに置いた。
「前に言ってた死神のイラスト、こんな感じになった」
スケッチブックには、灰色の長いポニーテールの女性が描かれていた。瞳は赤色で、白いマントを纏う怪しげなキャラクターだった。
「さすがにちょっと漫画寄りのデザイン過ぎるかなって思うんだ、悪く言うと厨二病みたいな。でも全然そんなつもりじゃないのにこうなっちゃうんだよ、おかしいかな?」
夏目はスケッチブックを引き寄せ、黙ってイラストを見つめていた。
「名前は、グレイ・ローズって言うのね、良いじゃん。灰色の薔薇かぁ、素敵だね。私には小鳥遊さんのお母さんのデザイン画に似てて格好良いなって思うよ?」
「そう言って褒めてもらえると、イラスト描くのが捗るよ」
カンナは微笑んでスケッチブックを引き寄せ、新しいページをめくり、描き始めた。カンナの嬉しそうな表情をみて夏目は優しく微笑んだ。
「没にしなくてもいいのに」
夏目はボソリと呟く。カンナには聞こえていないようだった。
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