第20話〝大塚秋生〟の一大決心
「ねぇ、大塚君。これ以上槍込さんに付き纏わないで」
「何を! 僕は彼女と友達だ。何故赤の他人にそのような事っ」
ある日明菜さんが女性の代表として祭り上げられた。
新しく発表された生理緩和ポーション。
里親の聖さんが世に発表し、需要に対して供給が圧倒的に足りない状況で自らの技術で生み出すと公言し、実際に学校中の女子の分の確保をしてみせたことから一躍有名人として扱われている。
「本当に、空気の読めない人。だから噂に惑わされて実の父親を……ヒッ」
言ってはいけない言葉を言われた。
僕は怒りの表情を露わにした。
でも暴力に訴えることはない。
明菜さんは言った。
相手がバカにしてこようと、笑顔で対応するべきだ。
自分の将来は自分で決めろ。
そう言われて、確かにそうだと思ったんだ。
「今その話は関係ない筈だ。確かに僕は思い込みが激しい一面がある。だから短絡的に行動しやすいところも認めよう。けどだからと反省もせずに同じことを繰り返すと思われてるのは心外だ。明菜さんは貴女たちにとっての救世主かもしれない。けど彼女だって同じ人間だ。縛り付けて自由を奪えば息苦しくなる。それを覚えておくことだ」
それ以上は言わない。
言ったところで聞く耳を持っちゃくれない。
世間の噂にはもう惑わされない。
そう決めたのだ。
それから二週間が過ぎた頃……
「え、槍込さんが大学に進学? まだ中学生なのに?」
「ええ、でも錬金術師としての熟練度だけなら大人顔負け。わたくしたちと同じ学び場では時間の無駄だと」
小早川晶からの話で、僕は激しい憤りに塗れる。
「槍込のおじさん達は、なんて?」
「娘の選んだ道は応援してあげたいと」
晶の腰巾着、清水優希は情報通だ。
僕よりももっと丁寧にカメラやマイクを仕掛けるプロフェッショナルでもある。
「どうして優希さんに聞きますの?」
「彼女は事情通だからね。わかってると思ったんだ」
「そうなんですの?」
「わかることだけです。流石に知らないことの方が多いですよ?」
「それでも、今欲しい情報は知れた。僕はいくよ」
「どこへ行かれるのですか?」
小早川晶の言葉に振り返り、微笑む。
「大人になりに」
待っていては彼女はより遠い場所へ行ってしまいだろう。
玉砕するにしたって、早い方がいい。
踏ん切りがつくための告白だ。
何発でも殴られる覚悟をしてインターホンを鳴らした。
「やあ、秋生君。今日はなんの用だい?」
「明菜さんにお話が合ってきました」
「アポイントメントは取ってる? 流石にアポ無しで敷居を跨がせるわけには行かないな」
告白すら、親の許可が必要なのか!?
「まぁまぁ、お父さん。男の子が女の子の家にアポ無しで来るなんてやることは一つですよ」
「わかってるからこそ、今のあの子の夢を邪魔されたくないんだよ。やっとやる気になってくれたのに」
「やる気って、何をやる気に?」
「僕の後を継ぐと、そう決意してくれた。これで僕も一安心だ」
ほっとした顔。
それはまるで嫁にやるような父親の顔で。
まるで錬金術に嫁がせるような矛盾を感じた。
生涯をかけて、その研究に費やす覚悟。
それが決まったことに安堵している。
「そんなの間違ってる!」
「それを決めるのは君じゃないよ? あの子自身だ」
「そうだとしても! まだ中学生なんですよ?」
「確かにそうだが……これは言うべきかどうか……」
歯にものが詰まったかのような物言い。
聖さんは悩んだ末に打ち明けた。
明菜さんの出征の秘密を。
「あの子はね、あんな見た目だけど大人なんだ。僕たちと同じ年齢の。薬の効果であんな見た目になってしまっただけなんだ」
「そんな!」
「ずっと黙っててごめんなさい。私が黙ってるように言ったの。自分が大人であることは隠しなさいって、そうしなければ社会に溶け込めないからと」
「どうしてそんな嘘を?」
「彼女自身のためでもあった。彼女の前の環境は、彼女自身に都合が良く、周囲を顎でつかって当然と言う、端的に言ってクズな人間だった」
「彼女は僕と同じ被害者だったと言ってましたが、違うんですか?」
聖さんは首を横に振った。
「彼女は自分が世界を回してると本気で思ってたからね。彼女の裁量では、自分にとって都合の悪いことは、相手のせいなんだ。自身が何をしてきたかを棚上げし、その上で他人に責任を押し付けることを得意とした。君も心当たりがある筈だ。なんなら何か理由をつけて持ち逃げされたりしてない?」
一転してボロクソに言ってくる。
なんでそんな人間を引き取ったのかまるで理解ができない。
「彼女、腕はあるんだ。けどそれ以上に自尊心が強くて、何かと他人の足を引っ張ることに執着した」
その言葉を聞き、父みたいだなと思い浮かべる。
聖さんの世代でそんな人、父以外にいるんだ。
「で、そんな彼女がようやく真面目に錬金術に取り組んでくれたんだ。親として以前に、彼女を知ってる一人として応援してるんだ。だから君に来てほしくはなかった。ヒカリは君を応援してるっぽいけどね」
「当たり前です。女の子は恋をして綺麗になるんですよ?」
告白も、失恋も乗り越えてこその女性です、とガッツポーズをする。まるで振られる前提なのも気になるが、ここでは味方でいてくれるようだ。
「今呼んでくるからちょっと待ってて」
「まったく、人の恋路を面白おかしく解釈して。まぁ上がりなさい。お茶くらいは用意するよ」
「お邪魔します」
不承不承と言った感じでリビングへ通される。
そこでお茶菓子とコーヒーを出され、少しして明菜さんが降りてきた。
「あれ? 秋生じゃん。なんでウチいんの?」
「なんでも君にお話があるようだよ?」
「俺に? なんだよ。今ちょっと忙しいんだけど」
ちょっと迷惑そうな顔。
わかってる、僕だって集中したい時に邪魔されたら嫌だ。
好きであっても気持ちが冷める。
今そう言うことをしてるんだと自覚した上で、止まれなかった。
「ちょっとだけ、伝えたいことがあったんだ」
「何? なんか小テストの期間変わったとか? それの使い?」
「ううん、僕聖さんから明菜さんの過去を聞いたんだ」
「そうか……それで?」
明菜さんは神妙な顔つき。
覚悟を決めたのだろう、先ほどまでの面倒臭さは霧散し、真剣に僕へと向き直った。
「結婚を前提で僕とお付き合いしてください!」
「は?」
「返事は今すぐにくれなくてもいいです! いつでもお待ちしてますんで!」
「いや、お前俺の過去を聞いたんだろ? なら!」
「それを聞いた上で、この言葉を送ってます!」
僕は耳まで熱が籠るのを感じて頭を下げた誠心誠意精一杯、フルスロットルの告白だ。
「うわーマジかこいつ。女だったら誰でもいいとか。俺以上に終わってんな」
「僕は、明菜さんだからいいんだ!」
「おい! お前ら! 何がこうなれば秋生がこうも勘違いするんだ! 俺は、こいつの親父だぞ!?」
「えっ」
「えっ」
明菜さんがよくわかんないことを言った。
どう言うこと?
時が止まる。言葉が出てこない。
あれ、えーと……どう言うこと?
そこで満を持して、という格好で先ほどまでとは様子を変えた聖さんとヒカリさんがニコニコしながら現れる。
「はーーい、と言う事で。うちの明菜は秋生くんのお父さんでしたー」
「どんどんぱふぱふー。びっくりしたかな?」
先ほどまで厳しい顔つきをしていた人物とは思えない聖さん。ヒカリさんはドッキリ大成功!のプラカードを持っている。
待って待って待って! 理解が追いつかない!
本当に本当なの?
「お父……さん?」
「ああ、言うタイミングが遅くなったが。大きくなったな、秋生。その、お前の女の趣味は正直どうかと思う。親として恥ずかしいぞ?」
「生きてたの?」
「一回死んだよ、お前に刺されてな。でも、こいつのエリキシル剤の実験に使われてさ。目が覚めたら女になってた。その上で中学なんかに行かされてよー、頭がどうにかなりそうだった。マジで恥ずかしかったぜ」
「あの、お母さんに申し開きとかは……」
「菜緒か? あいつは俺が大変な時に真っ先に裏切ったろ? 金の切れ目が縁の切れ目っていうかな。お前はまだ連絡取ってんのか?」
「ううん、もう育てられないって保護施設に……」
「そっか、お前も大変だな」
「じゃなくて! 僕お父さんに告白したってこと!?」
「そうなるな」
えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!!??!
うおわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
まるで頭の中に宇宙ができたように、答えが理解できないまま、僕は明菜さん……じゃなく父さんと別れた。
僕の青春ってなんだったの?
その日から僕の人生は燃え尽きたように真っ白な空白に埋め尽くされた。
────────────────────────────
燃え尽きちまったよ、真っ白にな。
と言うことで『されど空の青さを知る』はこれにて終了。
大塚君とその息子の性癖破壊を描き終えて、作者が満足してしまったので少しお休みをいただきます。
(ついでにストックも切れた)
まだまだ続ける余地はあるものの、他にも描きたい話がいっぱいあるのでひとまずここで終了という形で。
前作から性癖を緩和させた結果を描きたかっただけなので、ある意味これが美しい終わり方のように思えます。
一人、尊い犠牲者が出た?
あの子は前作でもやらかしてるのでね。
来世でチャンスがあったら頑張ってもらいましょう。
2023.09.24 双葉鳴
RE錬金先輩のバズレシピ! 双葉鳴 @mei-futaba
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