第19話〝渡部詩織〟は墓穴を掘る
「それでー、聖さんからこんなの渡されちゃってー」
彼女の電話は、いつも惚気から始まる。
拙者は朝も早くから叩き起こされ、惚気話を聞かされている。
適当に相槌を打ち、それでもゆうに2時間近く喋り倒された。
彼女の気分で話が早く終わることもある一方で、話したいことがあればいつまでも付き合わされる。
わざわざ付き合う理由がないのだが、彼女はミコト様の崇拝者。
拙者の同類。話の内容は崇拝対象なので、自慢話の中に錬金術のアイディアがいくつも含まれているのだ。
今回の自慢話も例に漏れず、アイディアの宝庫だった。
特に面白いと思ったのが、女性の月々のものを転移させるというアイディア。
拙者もそれに煩わされるのが嫌で、ヒカリ殿に性転換ポーションをお願いしていたのでござるが、それを実現化させるよりも前にミコト様は新たな道を示された。
生理緩和ポーション。そして経血転移下着。
これは何かと履き物に苦労させられる女性に嬉しいアイテムでござる。
しかし転移させた血は一体どこへ?
そのことが気がかりになり尋ねると、どうやらトイレに直に流しているらしい。
家族の分しかないので水質汚染にはならないと言っていたが、数が増えればその限りではない。
それとは別に錬金術師の血だ。
捨てるなんて勿体無いと思うのは拙者だけであろうか?
もしそれが採血したのと同様に使えるのであれば、ぜひ拙者もテスターに志願してみたいでござる。
そう電話口で話せば、ヒカリ殿はたっぷり自慢したあと考えてあげると言った。
それから二週間後、現物が届く。
指定された転送先のスクロールと共に。
一緒に手紙が添付され、中にはミコト様の言葉も認めてあった。
『結論から言ってしまえば、血を素材に使う着眼点はナイスだ。僕は僕の血しか試してないので、女性が流す血に注目したこともなかった。もし今回の実験がうまくいけば、僕も嬉しく思う。ぜひ活用してくれ。【追伸】月1程度でテスターを二名増やせるようになった。もし懇意にしている女性錬金術師と連絡が取れるのなら進呈していいがどうする?』
拙者はすかさずその提案に乗った。
ミコト様の提案した賢者の石。
その素材には熟練度150の錬金術師の血が必要とされた。
苦悩を打破する気概が血を熟成させるのだと言った。
しかし女性もいつもこれに悩まされている。
ならば男性の熟練度150の血に至れるのではないかという着想から、私は一つの石ころを作り上げた。
相手の熟練度は低くてもいいが、融合させる事で熟練度150に近しい血を作り上げることに成功した。
模造賢者の石とでも名付けようか。
「出来た……流石にオリジナルほどの成功率には至れない。けど、確定5%の成功率が、70%になった。これは革新的でござるぞ〜」
錬金術師の血であれば、熟練度は低くても構わない。
これが模造賢者の石の良いところでござる。
更には女性がどうしても頭を悩ませる経血から作り上げる。
「生理緩和ポーションをこれで安定供給できるようになれば、世の女性も喜ぶでござろうな。経血を集めるなんてキモいと思われるでござろうが、どうせ捨てる血で、次の生理日を乗り越えられる糧となるのなら拙者は喜んで捧げる所存。むしろこれを拒否する女性心理がわからぬでござるな」
拙者は錬金術以外では社会不適合者。
ポーション制作作り以外での人付き合いもなく、それ以外の話題で盛り上がれる自信はない。
ヒカリ殿が間に入ってくれるおかげで、それなりに社会に適応出来ていた。
拙者の模造賢者の石は、世の女性錬金術師の追い風となった。
次世代では男性錬金術師の数よりも、圧倒的に女性錬金術師の台頭が多かったのは模造賢者の石のおかげであろう。
模造賢者の石は熟練度100しかない拙者を熟練度150まで押し上げた礎となった。
熟練度が150となれば、オリジナルの賢者の石に届く。
そっちの融合成功率はまだ始まったばかりでござるが、5%しかない状態から仕上げたミコト様の努力とは遠く及ばない。けれど間を埋めるためのレシピとして輝く。
「おめでとうございます、しおりんさん」
「全てミコト様のお膳立てでござるよ。拙者のアイディアなんかは思いつきみたいな者でござる」
「その思いつきが、僕には出来ない。それはしおりんさんのアイディアですよ。誇りに思ってください」
学会に模造賢者の石のレシピを発表した席で、ミコト様と会い、話す機会があった。相変わらずイケメンで色男。
ヒカリ殿が自慢するのもわかるくらいにキュンキュンするけど、既婚者に恋をするのは御法度。
社会不適合者の拙者だってそれくらい弁えているでござるよ。
なので拙者は模造賢者の石を使って自立人形を拵えたでござる。
ミコト様がまだミコト様だった頃のイラストを、ヒカリ殿から頂いたので、そこから模した人形を常に一緒に置いてるでござる。
球体関節人形をご存じでござるか?
人体と同じように動く人形でござって、これに衣装をつけたらそこには動くミコト様が完全再現!
感無量になって、拙者感涙したでござる。
え、いい男を探せって?
あいにくと拙者より熟練度低い殿方とは話が合う気がしないので、これはもう運命みたいな物でござるな。
この世が一夫多妻制を認めぬ限り、拙者のようなものはずっと独り身。
それが定め。
そもそも家に入って家事に勤しむのが出来ない女でござるゆえ……致し方なし!
なので毎日話しかけておしゃべりしてたのでござるが、ここ最近会話に違和感がなくなってスムーズに話すようになったのでござる。
「おや、ミコト様。最近は教えてないフレーズを喋るようになったでござるな?」
「ダメだった?」
「いやいや、ダメではござらんが」
「僕、どうも自我が目覚めたみたい。しおり、僕に自由に動かせるボディを作って!」
「なんと! そんな言葉教えてないでござるが! うむむ!」
今までしおりんと呼ぶように教えていたのに、急に名前で呼び捨てにされてドキドキが収まらないのも事実。
しかし急に自我が芽生えた理由が気になるでござるな。
もしや女性の経血を媒体にしたから魂が宿った?
本来生まれてくるべきだった魂が依代として入ったのでござろうか?
そうだったとしたらキモいでござるな。
拙者はミコト様のボディを作った。
クマのぬいぐるみのボディだ。
当時のひじりくんを彷彿させるボディである。
ミコト様を自由に歩かせたら、心臓が破裂するほどときめいてしまうでござるからな。これは一種の願掛けみたいな物でござった。
それにもし何かに取り憑かれてるのなら、自分以上の体格のボディを与えるのは怖かった。
ならば抱き抱えられるくらいのボディでいい。
ぬいぐるみと一緒に寝てる子供部屋おばさんだと笑いたくば笑え!
「ありがとう、しおり! 嬉しい!」
「今の君はひじり君でござるな」
「違うよ、僕ミコトだよ? ひじり君じゃないよ。しおりがそう名付けてくれたよね?」
何度言っても聞き受けてくれる様子もないので、この姿でもミコトと呼ばさせられた。拙者的にはこっちの状態はひじり君なのでござるが……ままならないでござるな。
「と、言うことで模造賢者の石で人形を作ったら魂が宿ったでござる」
「ごめん、なんて?」
ミコト様ご本人に相談に乗ってもらったら、意味がわからないと言う顔をされた。そりゃそうだ。拙者も一人じゃ抱えきれなくなったので連れてきたが、当事者でもないのにわかるわけがない。
「つまり、女性の経血由来の賢者の石で人形を作ると魂が宿りやすいと?」
「語弊があるでござるが、概ねそのように考えているでござる」
「つまり望んだ相手の赤ちゃんを任意で作れると?」
「そ、そう言うことになるんでござろうか?」
当の本人から認知されるのはそれはそれでなんと言ったらいいか。
まだ中身の名前を教えてないし、いいのか?
よくないでござる。絶対にバレたら変な顔をされるに決まってるので、絶対死守でござるよ!
「僕ミコト、おじちゃんは?」
「僕は槍込聖。しおりんさんとはお友達みたいなモノだよ」
「お父さん?」
「お父さんじゃないなー」
「ちょっとミコト! ミコト様に失礼でしょ!」
「このおじちゃんは僕じゃないよ? なのにどうしてしおりは僕を呼ぶの?」
必死になって弁明をするが、拙者の中でミコト様とミコトが被る。
この時点で誰をモデルにしたか丸わかりだ。
カーッと顔を赤くしながら、隠れるような場所を探してしどろもどろになった。
「なんとなく事情は察した。僕のことは今度から槍込さん、または聖さんと呼ぶといいよ。ミコト様はそっちの子になってしまったみたいだし」
「?」
ミコトがよくわからないと言う顔をして、拙者とミコト様を交互に見る。
拙者は恥ずかしさの限界突破をして、蹲った。
「あら、渡部さん。新しいペットですか?」
「僕ミコト! おばちゃんは?」
「私は槍込ヒカリよ、ミコト君」
「槍込! おじちゃんの家族?」
「ええ、そうよ」
「家族! いいなぁ! しおりの家族は僕しかいないから。お父さんになってくれる人を探してます」
ああ、もう! どうしてこの子は余計なことに一生懸命なのだろう。
拙者が閉じ込めた感情を代わりに代弁してくれるかのように喚いては恥をかかせる。
その日は一日中顔から火を吹きっぱなしだった。
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