第18話〝槍込明菜〟の決心

俺はその日、上機嫌だった。

生理というのは個人差が結構あるらしく、人によっては我慢できるかどうか重さによって変わってくる。


俺のは割と重い方らしく、この世の全てが憎く思うほどだったが、あいつのポーションを飲んだら回復した。


つくづくどんな頭してたらこんなの思いつくんだと言いたい。

正直材料が揃ってたって、俺でも作れるか?

まず工程も理解できなさそう。そんな葛藤が胸に残る。


「明菜さん、その、今日はお具合が良さそうですね。お母様に聞きました、こういうのは個人差があると。昨日は死にそうな顔をしてましたから、随分と心配したんですのよ?」


クラスにつくなり、心配そうな晶と優希の顔があった。

血便が出たと報告した時に「何か拾って食べたのか?」と失礼な物言いをした連中だ。蓋を開けたら生理らしく、全員で気を揉んだって話。

二人はまだらしく、三人の中では一番早い。

こんなの早く経って嬉しくともなんともないが。どうせなら知りたくなかった。それぐらいの陰鬱具合である。


ちなみにクラスで何気なくその話題になると、心配そうな顔をする連中がちらほら。早い奴は小五から世話になってるらしく、しこたま心配された。

聞いてもないのにどこのメーカーがいいとか情報をくれたほどだ。

女子の連帯感の強さはこうやって育まれていくんだなと知ったよ。


「それについては秘策がある。うちの親父からの提供品だ。痛みに耐えられなかった時、口にするといいと言われて飲んだら、気のせいだったのかと思うほどあっさり解消した」

「流石世界の認める錬金術師ですわね!」

「ねぇ、槍込さんそのお話本当?」

「私来週周期来るの」

「よかったら少し分けて欲しいの」

「うちの親は販売するつもりはないって言ってたが……一応掛け合ってみるよ。うまく行けば流通に乗せられるかもだし」

「本当? やったぁ!」


クラスの女子たちは大はしゃぎ。

まだ来てない奴らはすっとぼけた顔。そんな顔してられるのも今のうちだけだぜ? 来たらやべーから。飛ぶぞ?

わけのわからない例え話をしながら授業を受ける。


そしてそんな話題は瞬く間に他のクラスへ。


「貴女が槍込さん? 実は折行ってお願いがあるのだけど」


休み時間中、他のクラスのすらない奴から声をかけられる。

顔が土気色だ。これは相当に重いらしい。

俺も多分このブツがなかったら目の前の女子と同じ顔色だったと思う。

気持ちが非常にわかるので、気がつけば親身になって相談を受けていた。


「例のブツが欲しいんだな?」

「ええ。お金ならいくらでも積むわ。市販品じゃ効果が薄くて。医者からも効果が弱くなるからあまり大量に摂取するなと言われていて、万事休すなの」

「分かってる、分かってる。俺はお前の味方だ。辛かったな、苦しかったな。これを飲むといい」


この俺が、見ず知らずの女に、無償で施しをする。

生涯生きてきて初めての行いだ。

だが……


「ああ、本当……すごく楽になったわ。ありがとう、槍込さん」


目の前でうっとりした女子生徒の姿を見て、満更でもない気分になる。

それとどことなく感じる色気。

あいにく同性にそういう気持ちは抱かなくなったが、楽になった表情を〝エロい〟と感じたのは本当だ。


思考が男だからか、女子の何気ない仕草にグッと来る気持ちがいまだに残ってる。俺も男子からそう見られてると思うとゾッとするが、こうやって女になっていくのかと思うと妙に納得した。


その日、俺はまるで英雄のように祭り上げられた。

重い奴はとことん重く、軽い奴にはその気持ちがまるで理解されない個人差のある生理現象。親からもらったポーションで、それを救ううちに、このままでいいのか? 自分で作ったものじゃないもので自分の成果だと偽ったままでいいのか?


自問自答の末、やがて導き出された結論は。


「なぁ、槍込あの生理緩和ポーション。学校ですげー人気だったんだけどさ」

「おぉ、そうなんだ。でも売り込む気はないよ。あんまり奮発しすぎると、そればっかりに手を回すことになるし」

「うん、それもあるんだが、そうじゃなくてレシピのさ、公開をしてもいいんじゃないかって思うんだよ」

「このレシピの公開?」

「そうそう。作るのがお前じゃなくても良いんじゃないかって。他の製薬会社に任せてさ。どうだ?」

「やめておいた方がいい」


帰ってきた答えは、俺の想定しないものだった。


「なんでだよ! 他のメーカーより効くんだぞ?」

「そうだね。でも売るとしたらいくらになる?」

「そりゃ素材費にもよるが、大量生産出来るようになれば……」


そこまで思い至り、俺はハッとする。


「まさか希少な素材を使ってるのか?」

「いや」

「なら熟練度の問題か?」

「いや」

「じゃあなんなんだよ!」


全ての質問を否定され、俺は苛立ちを隠さずに詰問する。


「これは融合によって作られた品だ。成功率は一律5%の、ね」

「そう言うことか……!」


今や多くの製薬会社が錬金術師の熟練度によって縛られている。

成功率の合否を左右するのが熟練度によるからだ。

特にこの手の薄利多売のタイプは、成功してナンボ。


失敗の確率が高ければ高いほど、生産ラインに乗せられない。

どこの製薬会社も手をあげないのだ。

だからレシピを表に出しても無駄だと言った。


「どうすればいい? 俺は学校で量産できるように掛け合ってみるって宣伝しちまった!」

「あらら。事前に市販はしないって言っておいたのに」

「だから間に合わない分は俺がなんとか作れないかと思った」

「ふぅん」


どこかモルモットが面白い反応を示したのを喜ぶような視線。

こいつからそんな視線をされたのは初めてだ。

それはそれでムカつくな!

俺だって錬金術師だぞ?


「なんだよ? 俺がポーションを作りたいって思うのはそんなにおかしいかよ? こう見えて日本で二番目の熟練度だった男だぞ? 俺は」

「そうだね。まぁレシピの公開は全く問題ないよ。今度配信に載せてみるよ」

「いいのか?」

「世の女性がそれで少しでも望みを持てるなら。でも僕の方では個数を限定させてもらう。それでいいのならね」

「十分だ。あとは俺の方で上手くやる」

「そりゃ良かった。それとこれ、渡しとくね」


そう言って渡されたのは女性用下着。内側に何かの魔法陣が描かれており、足を通すのに躊躇いがある。


「なんだこれ?」

「ほら、以前生理中に信じられないくらい出る経血をどこかに投げ捨てたいって言ってたじゃない? それの転送装置をね、下着に適用してみたんだ。ヒカリにも着用してもらってて、概ね好評だよ」

「あれ、それって素材がねーって話じゃ?」

「それはコネを使ってなんとかした。それ関係でちょっとごたつくと思うけど」

「一体なんの素材使ったんだよこれ」


手渡された布切れを広げて内側を覗く。

本当に履いて大丈夫なのかこれ?


「え? オリハルコン」

「オリ……なんだって?」

「オリハルコンだよ。世界中の鍛冶屋喉から手が出るほど欲してる素材。これ欲しさに大金積んで、危険地帯に採掘させに行く政府がわんさかいる。末端価格は億じゃ利かないくらいかな?」


俺はその布切れをその場に投げつけ、叫んだ!


「そんなもん渡すな! これ履いてるだけで拉致られる可能性が高くなったじゃねーか、バカ!」

「アッハッハ! 大丈夫大丈夫。君がカバンについてるキーホルダー、それが護身アイテムになってる」

「この趣味の悪いキーホルダー、やっぱりそう言う系のアイテムなのかよ。で、効果は?」

「君に襲いかかったら、オリハルコンの採掘場所に転送される」

「ん? それは向こうにとっては渡りに船なんじゃ?」


オリハルコンを奪いにきて、採掘場に送り込まれるんなら相手も本望だろ。

罰にならなくねぇか?


「帰れない」

「ん?」

「オリハルコンの採掘場が結構な危険地帯なのもあって、それなりの犠牲を払うことになるんだ」


俺は趣味に悪いキーホルダーをカバンから外して、床に投げつけた!


「そんなやべーブツ勝手につけるな!」

「えー、護身用だよぉ」

「護身の定義がおかしいだろ! 俺に近づいてくる全員が犯罪者ってわけじゃねーんだぞ?」

「一応だよ、一応。別に誰でも彼でも送りつけるわけじゃないし。君の息子さんはギリギリ大丈夫だったろ?」


まぁ、秋生で大丈夫なら平気か。

普通にストーカーはキモいからな。

秋生以外にあれやられたら警察に電話する自信あるわ。


いそいそと布切れを拾い、護身用キーホルダーをカバンに付け直す。

確かに女子供が持ち歩くには過ぎたものだが、俺を取り巻く境遇を察すれば要人に越したことはねぇ。

国が動くってなったら俺一人じゃどうにもなんねーしな!


「まぁこいつはありがたくもらってくよ。正直ナプキンを毎度買いに行くのはだるいと思ってたんだ」

「そう、まだ試験中だから要望があったら聞かせてね。あとそれの大量生産は考えてないから」

「末端価格億の素材使ってりゃ、仕方ねーよ」

「ま、そう言うことで学校の方では上手くたのむね?」


会話はそれでおしまいと、あいつは作業に戻った。

俺は生理緩和ポーションの制作に頭を悩ませた。


これは俺が一生を賭けて取り組むものだ。

心のどこかでそう思っている。


もう、女の辛さを知ってしまった以上。

男に戻って以前と同じような暮らしをしたいとは、思えなくなっていた。


それに秋生にまだ打ち明けてないし。

俺が父親だって打ち明けたら、あいつどんな顔するんだろうな?

聞いてみたいような、聞きたくないような。

そんな感情がない混ぜになった。

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