三 邂逅
二人は明朝に宿を出た。空模様は少々怪しく、灰色混じりの雲が空一面に広がる曇天だ。
それでも迷わず町を出たのは、長居すればする程に椿が
何か聞こえる。泣いている女の声だ。
そう、朧に訴えた。
だが、朧は椿の言葉を否定するわけではなかったが、関わらない方が良いと椿を優しく諭す。
椿も椿で朧に二つ返事で従って、今は素直に二人肩を並べて北へと向かっている。「もうじき、庭の牡丹の蕾が色付き始める頃だろう。その前には
朧の言葉には、力がある。
言葉に力を込める事で、落ち込んでいる人間を励ます事も、浮かれている者を落胆させる事も出来る。精神に入り込む力なだけあって、朧は力を乱用しない。が、椿が何かに気を取られそうになると、意識を取り戻す為に使う事はあった。
椿は朧の力を取り込んで曖昧な存在になった。
朧のように完全な異端の存在――
半妖という言葉が一番合うだろうか。妖であって、人でもある。そのおかげか、椿は以前よりも
二人並んで北へと進んでしばらく経った頃だった。街道の途中に道祖神がある辺り。行きにも通った場所なので、男女二神で並ぶ道祖神の穏やかな顔はまだ見えぬそこからでも思い出せる。
ただ、行きとは違って道祖神の横に腰掛ける男がいた。畑が一面に広がる場所ではあったが、畑仕事をする者にしては少々服装に違和感がある。かといって、旅の装いにも見えない。
誰かを待っているのだろうか。別段気にする事もなく進んでいたのだが、その男の手前で何かに気がついた朧が足を止めた。
あまりにも急に止まるもので、椿は朧の顔を覗き込むも視線は男を捉えて怪訝な様子を見せる。警戒とも取れるが、予想外のものを目にした様子で驚嘆からか朧はポロリと言葉をこぼした。
「……
朧が突如口にした名前に、椿は覚えがあった。以前、昔話に出てきた男の名前と同じ名だ。
「よう、
慣れ親しんだ友人の如く語りかかけた男は狐のように目を細めてニコリと笑う。気さくな人柄にも見えるかもしれないが、椿にはその顔が胡散臭い事この上ないものにしか見えなかった。
驚きから。言葉を失っている朧の背に隠れて椿はじっとりと
「……松さん、人じゃなかったのか」
「人だと名乗った覚えはないな。ちなみに言うとな、本当は
松柏は待ちくたびれたとでも言いたげに、立ち上がると腰に手をあて背を伸ばす。その目はしっかりと朧と椿を捉えて離さない。じっとりと、品定めするその目。
「折角、町出たところやけど、戻って話をしようや。茶ぐらい奢ってやる」
「……話なら此処で」
松さん、と朧は呼び慣れた名をもう一度口にしながら、松柏に向かい合う。懐かしくはない。そもそも、朧が人でないものになった元凶と言っても過言ではない男だ。それでも、朧が生前関わりが多かった者でもある故か、下手に突き放す事もできない様子だった。
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