六 とある男の話
遠くで、合戦場の声が地鳴りのように轟いた。大地を揺らすほどの激しいぶつかり合いは、命が次々と消えていく。
また戦だ。長く続く不作が故に土地と食い物の奪い合いで、人が殺し合う。
だが、誰と誰が戦っていようが
血生臭い光景を茂みの奥から覗いては、戦が終わるのを待つ。狙いは敗残兵。
自分が着る物なんかよりも、腹の足しにしたかった。
今日も、
明らかに戦場で手に入れた物を買い取ってくれる奴も、中々いない。何より、乞食のように薄汚れた
その日も、
山中にある不衛生な村。村と言っても、山賊の集まりと言っても相違ない程に
男も女も生気がない、
その物売りの定位置は、村の端に置いてある座りの良い石の上だ。
「よう、坊主」
「
「刀と鎧か……まあ、まだ使えるか」
そう言って、松と呼ばれた物売りは品を受け取ると
不服が顔に浮き出たのか、
「なあ、坊主。良い儲け話があるんや。乗るか?」
「この前みたいに女攫う話なら懲り懲りだ。山に入るまでずっと刀引っ提げた奴らに追っかけられたんだぞ?」
「なんでえ、お前なら勝てたろうよ」
「あんな腕立つ奴ら何人も相手になんかしてたら、命が幾つあっても足らねぇよ」
松は、「まあまあ」と
「もっと気楽な話や。何でも、二つ向こうの山間にある村で人を集めてるって話でな。どんな人間でもかまわねえって」
「それ、松さんに何の得があるんだよ」
「俺は紹介料が貰える。お前は手間賃。話じゃ、今日なんかよりもずっと稼げるぞ」
松の言葉に心惹かれたか、立ち尽くしていた
「それ、俺だけに声掛けたのか?」
「いや、いつもの奴らの何人かには。五人ぐらいは行くって言ったな。紹介料が入る予定だからな、目的地までの飯代ぐらいは俺が出してやる」
そんな美味い話があるわけがない。それでも
「わかった、行く」
飯が食えりゃ、何でも良い。答えはいつだって単純だった。
山二つ越える頃。滲み出てきた冬によって、雪が降り始めた。
今年は特に寒い。一面の雪景色は
悴む手を擦り合わせながら、やっとの事で辿り着いた村は、
皆腹を空かせ、荒んだ目を見せる村人達。今年の冷害の影響は、何処もかしこも同じらしい。
まだ村人達が大人しい分、
その村の端。山の麓の手前に、妙に大きな蔵があった。真新しい、その蔵は穀物庫か何か……だろうか。
何処かの邸宅並みに大きなそれに、目を奪われるも松と共に村の代表に案内されて、それ以上は気にもかけなかった。
到着早々、何故だか男達はもてなしを受けた。
村長の邸宅の大広間には豪勢な料理に酒が並べられ、仕事の準備が整うまでは此処を使ってくれと言う。更には、村の女を用意されたりと、至れり尽くせりだったのだ。仕事は何かと訪ねても、まだ後続の者が全員着いたら説明すると濁され酒を勧められると言った具合だった。
そうして、連日馳走が振る舞われ、腹も膨れ、ただ楽しい時間だけが過ぎていった。
最後の一行が到着したのは、
その日、いつものように何もしていないのにも関わらず、歓迎の宴が開かれた。集められた男達は、飲めや歌えやで気分の良いだった事だろう。
しかし宴が始まり皆に酔いが回り始めた頃から、一人、また一人と眠りの中へと落ちていくではないか。
そして――――気付けば意識を手放していた。
◇
周りでは、人影らしきものがモゾモゾと動いては、どよめき、混乱の騒めき声が上がっていた。
「一体どうなってる!!」
誰かが叫んだ所で、誰も答えられなかった。そこにいる全員が、同じく集められた者達だったのだ。
手探りで扉を見つけては開けようと試みる者も居たが、
――やっぱ、あやしいはなしだったなぁ
喧騒は
長く、暗闇に閉じ込められていたのもあったのだろう。ほんの些細な事で、誰かが誰かをうっかり殺してしまったのだ。
そこからはもう地獄絵図が広がるばかりだった。殺意が波紋のように広がって、止める者も無し。いたとしても意味はなかったかもしれない。皆が皆、殺し合ったのだ。
そうして、最後に生き残ったのが
だが、生き残ったからと言って、
それはもう、延々と。
腹が減れば、肉を喰った。
いつしか、眼前に転がる死体の山が腐って、ドロドロになっても
そして腹が空くと、肉でなくなったそれを喰った。骨すらも残さず、腹を満たす事だけを考えた。
喰えるものが何も無くなった頃になっても、
こんこんと、こんこんと。
それからまた時が経った。既に食えるものは全て喰いつくしても、
だがある時、突如人の気配が湧いた。扉が開いたのだ。
なのに近くに人がいる感覚だけがある。
誰かがそばにいて、何やら動いている。だが、
――何だ……
その中心には女が一人、怯えた様子で蹲る。
「なあ、あんたも閉じ込められたのか」
「きゃああああぁぁぁ!!!」
女は怯えるだけだった。男の姿は見えていないのか、声も届かない。男は、どうしたものかと考えたが、ふと、もう一度女を見た瞬間に、自分とは思えない思考が浮かんでいた。
――美味そうだ……
その考えは、一瞬で
その後、何度も同じ事が繰り返された。供物だけの時もあれば、人が大勢入れられる事もあった。
何にせよ、何が来ようが
そんな事を繰り返しているうちに、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます