for the END

秋乃晃

地獄へ道づれ

 婚約者が殺された。


 被害者の〝旦那〟になるはずだった俺は、もっとショックを受けて然るべきなのだろう。本来ならば。三日三晩泣き嘆いて苦しんでも、周りから同情されるような、メンタルをバキボキに折るような出来事だ。しかしながら、俺の心に去来する感情は、加害者に対しての怒りでも憎しみでもない。ただただ、ことへの「まあ、そうだろうな」という諦めだった。


「兄貴ぃ、なんとかしてくれないッスか?」


 義理の姉になるはずだった女性を刺し殺して、俺の弟の智司は『なんとかして』と兄たる俺を頼る。返り血まみれで、利き手にはサバイバルナイフを握りしめていた。なんとかしろったってな……。起こってしまったことをなかったことにはできないから、俺は智司の目を見て「さすがに無理がある」と事実を包み隠さずに話す。


「兄貴ぃは、何があってもオレの味方ッスよね!?」


 そうだとも。

 俺はいつでも智司の味方であり続けて、智司も俺を信頼している。この世に生まれて二十三年間、たとえ太陽が西から昇ろうとも、俺たちの兄弟としての絆は不変だった。西から昇ったためしはない。――ともかく、ショックの度合いとしては一般的なものより程度は低いとはいえ、俺だって混乱はしているから、一旦落ち着いて、どうすればいいかを二人で考えようか。まず、その物騒なナイフを捨てさせたい。


「オレはぁ……これからも兄貴ぃとずーっと暮らせると思ってて……」


 父も母も同じなのに、写真を見せても実弟とは気付かれないほどの綺麗なお顔に大粒の涙が伝う。

 今回の凶行は、本人なりに悩みに悩んだ結果なのだろう。それはわかる。わかるよ。俺が間違っていた。智司としては、俺と二人暮らしのままがよかったんだね。うんうん。


 芦花さんを連れてきたのが悪かった。「三人暮らしでもいけるんちゃうか」って、芦花さんが、智司の顔写真を見て言ったから、俺は芦花さんをこの家に連れ込んだ。俺も『いけるんちゃうか』って半分ぐらい思っていた。残りの半分の懸念点がバッチリこう、こうして、現在の事件に繋がっている。……ああ、あの、芦花さんの持つ、俺には不釣り合いな、アルティメット陽キャギャルのキラキラ(ギラギラ?)感は、もう失われてしまった。その死体からは何の光も放たれていない。


 俺の婚約者でなければ、こんなことにはならなかっただろうに。俺に芦花さんを紹介してくれた作倉さんにだって、こんな未来は視えなかったはずだ。


 ようやく故人を惜しめるや。

 時間かかったな……。


 芦花さんが俺を、本心ではどう思っていたかは知らない。婚約者婚約者と周りが囃し立てるから俺もそう思うことにしていたけど、俺と芦花さんは、恋人の進化系として将来必ず結婚する存在、というよりは『妹が増えた』ぐらいの感覚でいた。実際年齢差もある。義理の妹。もしていない。


 智司と芦花さんのほうがビジュアル的にもって言う人もいた。

 俺もそう思う。


 智司さ。表面上は、あくまで俺の見た感じでは、芦花さんとうまくやっていたように見えていた。だから、そこが俺の混乱の発生源かな。智司は他人と接することが大の苦手で、学校から逃げ帰ってきていた。俺が学校まで迎えに行くことも多々あったぐらい。


 修学旅行先まで新幹線で行ったのが懐かしい。その時はホームシックにかかってしまっていた。医務室でまるまって寝ていたが、俺の顔を見るなりたちまち元気になって、結局は観光して帰った。


 集団生活のつらさ、苦痛だと訴えながらも通えてはいた。異性のいる環境も特に問題ない。なので、苦手とはいえできないわけではなかった。不得手の範疇にあったと言える。だから、俺も『いけるんちゃうか』って思っていた節がある。いけなかったな。


 智司と芦花さんとのファーストコンタクトは、俺を盾にしながらだった。恐怖心が智司の手のひらから俺の背中に伝わってきた。――とはいえ、芦花さんはコミュ強だから、打ち解けるのも早くて、なんなら智司と芦花さんの二人で外に出かけるぐらいには仲良しだった。閉じこもっていても埒が明かないからってんで、智司の社会参加のためにも連れ出してくれていたんだと思う。智司も嫌がっているようには見えなかった。なかなか切りに行けないから俺が切ってやっていた黒髪も、最低限の会話で済むような美容師に連れていって解決していた。服装も俺はファッションなんててんでわからないから、芦花さんの知り合いにいい感じの装いを用意してもらって、以前よりも(若干身内贔屓補正もあるが)かっこよくなったと思う。


 と、最近は、俺目線だとこんな感じだったから、そこで「なんで?」となる。知り合って間もない頃なら、まだしも。今?


「……無理ッスよね」


 そう言って智司はナイフを自らの左胸に突き立てる。

 答えは出ないままで、これが終わりなのだと、俺は悟った。

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