第4話 騎士

窓の縁へと足を載せ、私が焦がれたその人は尻もちをついている私を月と共に見下し、不遜な笑みを浮かべる。

その光景に思わず、目が離せなくなる。

綺麗だとか、美しかったとかでは無い。

私にとっての夢が目の前に来ていたから、目を離したくなかったのだ。


「…よっ…と」

窓の縁から軽やかな足取りで部屋へと降りたった彼は、少し辺りを見渡しながらこちらへと近づく。

「美しい部屋に、土足で入る無礼をお許し下さい」


彼が近づくに連れ、私も怯えて後ずさる。

否、本当は怯えてなど居ない。

私は今、彼を試している。

私の理想の泥棒か、それとも期待外れのただの盗賊か。


私を、見知らぬ世界に連れて行ってくれるかどうかを…


「…大丈夫、直ぐに出ていきますので…」

「…い、いや!来ないで…!」

さぁ、早く…!


コツ……コツ……


「用があるのは…貴方の…」

「…や、やめて…!」

私を…盗んで…!


シルフの手がエリーゼの首飾りへと伸びる。

エリーゼは目を瞑っているので、その光景を見る事は無い。

腕を顔の前に出して、少しニヤけた口を隠す様な体制を取った。

それが、悪手だった。


「……首飾…」

ピト…


シルフの指先が首飾りに触れる前にエリーゼの腕へと掠めた。

すると…


バチィ!!

「!?」

雷撃の様な痛みが触れた場所から弾けた。

「ぐぁ…っ!!」

思わず怯んで後ろへと下がりながら痛みの残る手を見つめる。

(……何だ…今の…雷撃の魔法か…?いやそれにしては的確すぎる…何か別の…)



「……あら?」

どうして離れているの?

もっとこっちに来て…でないと連れ去る事が出来ないでしょう?


(王女はその事に気づいているのか…?ならあんなにも怯えるのはおかしい……演技…にしては彼女に利が無さすぎる……いや待て…まさか…!)

シュダ!

シルフが何かを悟った様に窓の方へと走り出す。

「…少し用事を思い出しました!また近いうちにお会いしましょう!」

そういうと窓から華麗に飛び降り、何処かへと去ってしまった。


「…あぁ!待って…!あぁぁ…そんなぁ…」

行ってしまった、悲しい…せっかくのチャンスだったのに…

でも、「近い内にお会いしましょう」って言ってたから…きっとまだチャンスはある…はず…

その前に…



タタタタタタ…!バァン!

「エリーゼ!!無事か!?」

エリーゼの部屋の扉が勢いよく開き、剣を持った若い男が部屋へと突撃してきた。

黒髪にエリーゼよりも少し大人びた顔付きで、爽やかな明るい顔をした男が必死の形相で部屋の中を睨むように見回す。

「どこだ!エリーゼに何をした!!」

「…フェリル、仮にも私は王女よ?」

「あ、ゴホン!失礼しました、エリーゼ王女…」


彼は私の幼い頃からの護衛、大陸でも最優とされるアルガリア騎士団、その中でも若くして最強と呼ばれ、多大なる功績から狼の騎士の称号を得た唯一の騎士、フェリル・ラインズ、その人だ。


「……して…部屋の方から悲鳴が聞こえて居たのですが…」

「あぁ、ごめんなさい…窓を開けて眺めていたら鳥が入ってきたの…それに思わず驚いてしまって…」

「…そうでしたか、分かりました…」

「…騒がしくしてごめんなさいね」

「…別に…今に始まった事じゃないしな」

「…うるさいわね、早く寝なさい…」

「……なぁ、エリーゼ…」

「王女」

「いや、これは俺個人として言っておきたい」

「何よ」

「…危ない事はするなよ、皆…お前が大好きなんだからな…」

「………………わかってるわ…」

「……それじゃ…」

バタン…


「…………はぁ…」

溜息と共に窓の方へと歩いていき、ゆっくりと閉じる。

そのまま少し乱れたままのベッドへと体を預け、目を瞑る。


「……分かってる…」

貴方もお父様も…皆が私を愛してくれてる…

でも…これは夢なの…まだ見ぬ世界を見て…死にたい。

…分かってる…私は異常だ、幸せを享受する機能が多分壊れているんだ。

だから皆から心配される、普通じゃないから、おかしいから。

そんなの私が一番わかってる…


でも……でもさ………たまに思うの…いつも通り起きる時も、いつも通り立つ時も、いつも通り呼吸する時も、思ってる事があるの。


「…夢を持つ事は…おかしいことなの…?」

静かに呟く、誰にも届かない私の哀哭。

夢以外の全てが手に入る私の、幸せへの疑問。


私は一雫の涙を滴らせ、眠りについた。






ヒュォォォ…

エリーゼの部屋の窓のすぐ下、少しの出っ張りにシルフは片手でぶら下がり、先程の一部始終を聞いていた。


「…危ない、危ない…まさかフェリルと関係があったとは…」

(少し…諸々を考え直す必要があるな……首飾り…というかエリーゼに触れられない以上…俺に出来る事は少ない)

「…仕方ない…彼女に頼るか…」


不敵な笑みを浮かべたシルフは今度こそ窓から飛び降り、明るい街の闇へと消えていった。

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無垢で窮屈な王女はまだ見ぬ世界を望む ヌソン @nuson

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