第3話 呑まれる


「最後!! いっくよ〜!!」

 結局、彼女の押しに負けて私はこうして上手な笑顔を作れないまま、彼女とプリクラを撮っている。

 テンションの上がらなさと、自分の顔を見る度に、こんな所二度と来るかと心に誓う。

「結構いい感じじゃない?」

「……そう、かな?」

 絶望感に苛まれながらも、最後に撮ってから三年以上経っているからか、撮る時の最新の技術に思わず驚いた。

 カメラを自分で動かせたり、携帯用の録画スペースがあったり。それから最近はシール印刷だけじゃなくて、撮っている時の動画をスマホに転送してくれるプリ機もあるらしく、時代の流れは早いな、なんて大人じみたことを思った。


 二人で撮り終えた後、KPOPの音楽が大音量で流れる落書きブースに私たちは入る。

 彼女と二人きりの狭い空間に緊張して、心臓の音が漏れてしまいそうだった。私は息を止めるようにペンを握り、落書きをする。背景には可愛いうさぎのスタンプと、レース枠をつける。フィルターを選択して少しでも自分の映りが良くなるように明るさを調整する。

「違う、もっと……こうかな」

 どんなに加工した所で、私はこの顔が好きにはなれない。隣に映る絶世の美女と比べると余計に。

「違う、違う、違う……」

 重い瞼と、高くない鼻と薄い唇。全てが欠点に見えてしまって、私はスタンプで顔さえ隠した。

「笹間ちゃん……? どうした?」

「あ、いや、、なんでも……」

 こんな顔、消えてしまえば楽なのに。

 プリクラは、いつだって現実を見せてくるから、大嫌いだ。私は心の奥底で悔し泣きをして、そして画面に映る自分から目を背けた。

「……プリクラなんて、私を馬鹿にする為にあるんだと思ってる」

「……え?」

「友達とプリクラを撮った時、加工が外れてそれ以来、ブスだとか気持ち悪いだとか、整形しても可愛くなれなさそうとか散々言われて傷ついて。だから生まれてから何も手を加えなくても美しくいられる人が羨ましかった。だから楠野さんから可愛いなんて言われても、当然自信なんて持てるわけなくて……だから…………」

 初めて遊ぶ子の目の前で、私は思った事を全て口にしていた。気づけば止まらない涙で落書き画面が濡れていた。震える両手をぎゅっと抑えながら、私は静かにペンを置く。

「本当に、自分の顔が嫌いだ……っ」

 嘲笑われた中学生の自分のように、私は今でもプリクラの中で泣いている。あの頃から何も変わらない。

「……笹間ちゃん」

「あ、違う、違うよ、本当、ごめんなさっ……」

 まるで美女を前にして妬み嫉みで泣いているみたいだと我に返り、震える声で必死に謝罪と弁解をした。

 それでも、私は恥ずかしさと悔しさで真っ直ぐに彼女を見れなかった。

「……いいこと教えてあげる」

「………………え?」

 彼女の言葉に私は少しだけ顔をあげ耳を傾ける。

「自信はね、泣いても崩れない最強のメイク道具なの。だから誰かの基準で下に見られても、笑われても、それだけは捨てずに持ち続けるの。そしたらいつか、その自信が美しさとなって表れる」

 彼女は私の瞳を真っ直ぐと見て、言葉を繋げる。私は素直になれない子供のように声を荒らげる。

「……じゃ、じゃあ自信さえ持ってれば、私は楠野さんみたいになれるの? TVに出るアイドルやモデルさんみたいになれるっていうの?」

「"あたしみたい"じゃないよ。なりたい"自分"になるの」

 その瞬間、彼女の言葉が心の奥深くに硝子片のように突き刺さり、じんわりと広がった。

「なりたい、自分……?」

「うん。一緒に見つけよう。そして愛すの、自分を」

「………………」

 あぁ、メイクとか元の顔とか、そんなんじゃない。内面が、心が、彼女はギラギラしている。私はそんな彼女に強く惹かれる。

 誰かから貰った言葉が、こんなにも胸を熱く震わすのは、私にとって生まれて初めてで不思議な感覚を覚えた。

「だから自信を持って。あたしの目にはこんなに可愛く映ってるんだから。ね。」

「え、あ、ちょっと止めっ」

 彼女は突然私の顔を両手で撫で、目が会う度に私に可愛い、可愛いと言葉をかけた。その言葉は、私の心の傷を優しく癒すようで、その度に私は嬉しくて、思わず再び涙が流れた。

「ごめんなさいっ、こんなっ…………」

「謝らないの。泣いてると可愛さが逃げてくし、それに、あ、ほら、落書き終わっちゃうよー?」

 彼女の言葉に、落書きには制限時間があるのだと思い出し、ふと涙目で彼女の書きかけの画面に目線をやると、赤いネオンカラーで私の頭上に「大好きな子▷▷」と言う手書きの字が見えた。

「……あ、あの……これは?」

 友達になったとしても、初めて遊ぶ子に対して大好きだなんて、私をからかってるんだとその意図が知りたくて私は問いかける。

「あ、バレたか!」

「からかってるの……?」

「あたしの本心だよ。伝わる?」

「え、」

 思わず彼女と目が合う。自信に満ちた、ギラギラな瞳。

 その瞬間、私の中に何かが芽生えた気がした。

 よく分からない胸の高鳴りと、体が火照るのが分かる。この気持ちは一体。

「どうしたの?」

「えっと、その……よく分からない。なんだろ」

 口は回るのに彼女を直視出来ない。目が合う度に、ドキドキして、ドキドキして、ドキドキして、ドキドキして、壊れそう。

「なんか……変だ」

 これは病気か、恋に似た何かだ。あるいは。

「なーんで顔赤くしてんのー? もう可愛いなぁ〜このこの〜!」

 恋、そのもの。

「からかわないでよっ……!」

 この数年間、私がずっと嫌いだったプリクラと言う空間はたった今楽園となる。そして。

「はぁっ、可愛い、その顔もっと頂戴!」

「ちょ、ちょっと!」

 私は生まれて初めて、恋をした――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の渦に呑まれる 月見トモ @to_mo_00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ