第2話 逃げる理由

 クラスメイトがいなくなった静寂が漂う教室で私と彼女は二者面談のように向かい合って椅子に座った。

 緊張しながらも早く仕事を終わらせよう。そう思いながらペンを握り日誌を開くと、そこにはびっしりと書き終えた今日のページがあった。

「本当はね、ふたりっきりになりたかっただけなの。笹間ちゃんと」

 私はその言葉に思わず顔を上げて、彼女の顔を見る。

「……え、どういうこと……」

「ずっと気になってたんだよね、隣のクラスの窓側の席に凄い可愛い子いるなーって」

「え、あの、それは……どういう…………」

「はぁ、癒しだわぁ……」

 彼女からの舐めるような視線を感じながら、私は頭の中が混乱した。

 何か想像と違うような気がする。噂では確か、漫画のヒロインで、さっき助けられた時に感じたのは圧倒的美貌と優しさだったけれど。

「んー、笹間ちゃんは天使か? いや、天使以上……はぁぁ!! かわいすぎるんだけどー!!」

 それすらもかき消すほどの強烈なキャラ。私は困惑しながらも、彼女の褒め言葉を跳ね返す。

「か、可愛いだなんて冗談やめてよ。こんなのメイクしたら誰だって可愛くなれるんだか――」


 バンっ――――――。

 途端に教室に響いたのは、机を叩く音。私は思わず身体をビクつかせる。


「あたしでもなれるの? キラッキラのギラッギラに? ホント?! 教えて!!」

 グイッと顔を近づけられ、焦茶のキラキラとした彼女の瞳が私を吸い込む。

「えっと、楠野さんはもう充分可愛いから、そのままでいいんじゃないかな」

 私が断ろうとすると、彼女は首を横に振った。

「ダメ。もっとギラギラがいいの!」

「……でもほら、私プロじゃないし」

 メイクに自信がないのもそうだけれど、本当は、こうして誰かと至近距離で話す事自体に深く緊張しているからだ。

 ましてやそれが隣のクラスの人気者で絶世の美女だと言うのなら、私のライフは持たない。

「ごめんだけど」

「…………むぅ……」

 それでも、私をじっと見つめる彼女。この教室の空気と彼女の圧は、非常に重たく、ずっしりと私にのしかかる。

「……してくれないんだ」

 彼女のその言葉と拗ねた態度に、私の抵抗は虚しく折られた。

「はぁ……」

 私は深いため息をつきながら、仕方なしにメイクポーチを取り出す。

「メイクの時はじっと落ち着いてね」

「やってくれんの?! やったぁぁー!!」

 彼女はまるで小学生の様に脚をばたつかせて喜んび、私の手を取る。

「ありがとう笹間ちゃん! もう大好き!」

 その笑顔と、強烈な不思議キャラに、私は思わず笑みをこぼした。



 目を閉じ、じっと私の前に座る彼女は、今でさえ天使に見えた。ここから更に美しくなってしまうのは如何なものかと思うけれど、やるしかない。

 メイク前なのに長いまつ毛と、ぷっくりとした唇が美しくて、思わずうっとりと見とれてしまう。

「し、失礼します……」

 私はメイクポーチの中からアイシャドウを手に取り、彼女の瞼にオレンジブラウンのアイシャドウを塗る。グラデーションになる様にぼかしながら、そして華やかになる様に瞼の上にラメをのせる。涙袋に薄ら影を入れて、デカ目を期待する。関節キスになってしまうけれど、私の赤リップを彼女の唇につける。弾力はあるが縦シワの無い完璧な唇。

「…………っ」

 出来上がる頃には、あまりの美しさに私は思わず息を飲み込んでいた。窓の外から差し込む夕焼けさえも、彼女の美しさに感動する様に燃えている。

「出来たよ」

 私の声掛けと同時に、彼女は目を開け鏡を手に取って叫んだ。

「はぁっ……すっご。これあたしなのか!? ちょっと待って、記念撮影したい!!」

 あまりの興奮ぶりに、思わず頑張ってよかったと私は胸を撫で下ろした。

「あ、私撮ってあげるよ」

 私が携帯を手にしカメラを向けると、彼女は私の携帯を剥ぎ取り、机に置いた。

「何言ってんの。これから二人で行くんだよ」

「ん?…………何処に……?」

「プリクラに決まってんでしょ」

「……え」

 彼女の笑顔と、混じり合う絶望感。私はまた、逃げる理由を幾つか思い浮かべようと頭をフル回転させる。

 何か理由を、言い訳、何がいい、何がいいんだ。なんて言えば納得する……?

「それだけは本当に……勘弁、」

「行くよね?」

「あ、あ、」

 逃げる理由、理由、理由を。

 思いつけ――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る