君の渦に呑まれる

月見トモ

第1話 春


 この顔で生まれて良かったなんて、自分の顔に感謝したことは後にも先にもこの瞬間しか無いと思った。

 たった一瞬の放課後で、私はおかしいくらい彼女に惹かれていた。これが恋なのかも分からないが、深い深い渦に呑まれて、呆気なく心を奪われた。


「え……プリクラ? 五人で?」

「お願い! 笹間ささまちゃんにどーしても来て欲しいの」

 六月の放課後、私の元に数人のクラスメイトからのそんな誘いがあった。

 私は驚きと戸惑いを隠せず、思わず教科書を落とした。体を屈ませ、教科書を拾った目線の先には、彼女らの鞄に付いたポップな幾多のキーホルダーがギラギラと私の目に映った。

「わ、私と?」

 普段全く関わりもないし、むしろ私は、彼女らの様な一軍女子に避けられている方だった。地味で、顔に自信が持てずにメイクをしないと外に出られず、華やかな教室でご飯を食べる事が苦痛に感じる。


 私はつい、この誘いは何目的なのだろうと勘ぐる。

 一回五百円のプリクラ。一人百円ずつにする為の人数合わせか、あるいは着いた途端に全額払わせる気なのか。どちらにせよ、対して仲良くない私を誘う正当な理由も無いと私は直ぐに悟って、彼女らの表情を窺う。

「ね?いいでしょ?」

 あぁ、なんて卑しい顔なんだ。

 私はリュックに教科書を詰めながら、断る理由を探していた。

「あー、実は今日この後の予定あって……」

「なんで? いいじゃんいこーよ」

「えっと、でも……」

 誘いがプリクラじゃなければ、せめてもの救いだったのにと私は空虚に思った。


 プリクラなんて昔から大嫌いだった。

 中学生の頃、友達と撮ったプリクラで私だけ加工が外れて現実を見た事があった。あの時の一同の爆笑と言葉の棘は心に傷を生んだし、それから自分の顔に自信を持てなくなって、メイクをしないと外に出られなくなった。

 人と遊ぶのも正気疲れる私は、この誘いに拒否一択だった。

「いいから行くよ早くして」

「や、やだって――」

 私なりの全力を出し、鞄を持って立ち上がろうとした瞬間、急に目の前が暗くなった。

「はいはい君たち止めー。笹間ちゃん今日日直なんだよ。邪魔しないで帰ってくださーい」

「あ? んだよ来花らいかかよ」

 突然私の目の前に現れたのは隣のクラスの人気者、楠野来花くすのらいか

「楠野……さん?」

 物覚えの悪い私でさえ、全く関わりを持たない人の名前だと言うのに咄嗟に名前が頭に浮かんできてしまうくらい、彼女の人気度は本物だった。

 噂通りのその美貌とショートボブの纏まった艶髪はまるでモデルのようで私は思わず見惚れた。

「来花、隣のクラスでしょ、関係ないじゃん?」

「あたし昨日笹間ちゃんの代わりでやったの。だから今日は笹間ちゃんにやって貰うつもりなんだよ」

 真剣な表情の彼女と一軍女子が睨み合うように話し込む。私はオドオドしたままその隙に逃げる準備をした。

「ふーん、じゃあいいや、来花怒るとめんどいし」

 すると、私を囲っていた四人組の女子の群は足早に教室を出て行った。まるで彼女を避けているかのような彼女らの姿に驚きを隠せずにいた。


「おー、こわ。なんだあれ。誘っておいてそれはないだろ~。ねぇ?」

「あ、あの、助かりました……ありがとう」

 彼女との初めての会話に言葉が詰まりながらも、私は彼女に精一杯の頭を下げた。

「全っ然大丈夫! またなんかあったら言ってよ」

「う、うん。でもなんで……」

 私が問うと、彼女はニヤニヤしながら私に近づく。

「なんでって、日直手伝って欲しくてさ!」

 若干の申し訳なさを含んだ笑みで、彼女は私に日誌を渡してくる。

「え、……あ、あはは、なるほどね?」

「お願い!」

「あはは、も、もちろんだよ」

 彼女、なかなか上手い事考えるなと、あまりの策士ぶりにそう思いつつ、私はすっかり彼女のペースに乗ってしまっていた。

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