第8話 大団円
やつらが行っていた、
「奴隷制度」
であるが、これは元々、奴隷たちが始めたことだった。
前述のように、こちらの世の奴隷とは種類が違っている。彼らは、奴隷というものを最初は、こちらと同じように、労働力を、ほぼ自分たちが損をしないように取得するのが目的だった。
それがいつの間にか、
「権利の象徴」
のようになり、地主がどれだけ奴隷を持っているかということが、まわりを収めるための指標のようであった。
今でこそ戦争のない、あっちの世界であったが、国家が出来上がるための戦争は、絶えなかった。これは国家ができあがるためには、越えなければならない峠のようなものであり、超えることで、一歩ずつ、土台が固まっていくものだ。
しかし、統一されると、国家の権威は揺るぎないものとなった。体制は、その時々で変わっていく。それは、国民の許容範囲ないで行われることなので、反対もない。
長い歴史の中で、クーデターのようなものが起こったのは、五本の指にも満たないという。
彼らの歴史は、約一万年の文明というが、こちらの世界で、かの中国でも、四千年というではないか、その間にいくつの王朝ができ、滅んでいったかを考えると、実に少ないものである。
経済政策も、こちらでいうところの、資本主義や民主主義、そして共産主義に社会主義という、
「どちらかの限界がどちらかを生む」
というようなものではなく、基本的には世界は自由だったが、その間に奴隷という制限された人たちが一定数いることで、バランスを保っていたのだ。
しかも、奴隷というのは、決まった人間がなるものではなく、
「年齢によって奉公する」
という、徴兵制度における、職業軍人ではない、一般軍人いわれる人たちで、こちらの世界の徴兵制では、
「まず、一定の年齢になったら、軍に志願し、任期満了で、徴兵を解かれるが、その後、試験に合格し、職業軍人になる人がいる」
というのが、一般的な考えだが、向こうの奴隷制は少し違う。
「確かに一定年齢になると、奉公に取られるのは同じだが、ここは志願ではなく、国民の義務であった。しかし、彼らは完全に法律で守られている。奴隷として雇うところが、キチンとしているかもしっかりと調査を受け、彼らが奴隷として適正なのかもちゃんと調査される。もちろん中には、奴隷不適格の人もいるだろうが、そのような人たちは養成所に送られ、治療を受ける。そのあたりは、こちらの国と変わらないだろう。だが、奴隷はそこでもらった球菌で独立することもできる。ただし、一旦奴隷として、任期満了後に職業奴隷となった人たちには、その権利はない。つまり、奴隷を職業とした時点で、彼らに職業選択の自由がなくなるのだ」
というものであった。
だから、あちらの世界では基本的に、職業自由の選択は憲法で認められていうが、職業奴隷にだけは適用されないと、憲法の但し書きに書かれている。
その理由は、奴隷の一定数の確保というものと、奴隷制の任期満了において、職業奴隷が増えすぎないようにするための、政策であった。
とにかく、
「我慢を強いられる職業の人間を、必要以上に増やすことは、クーデターや反乱に繋がる」
ということが一番の問題だった。
あちらの世界の法律は、そのあたりまで考えて草案を組まれている。頭が下がるばかりである。
「これが俺たちの国が誇る憲法なんだ」
とばかりに、皆が言っているものだった。
そういう意味で、奴隷制度というのは実によくできているが、これを最初に始めたのは、ロボットだったのである。古代のこの世界には、ロボットが存在していたのだ。
これは、向こうの世界にだけ存在していたのか、それとも、こちらの時代にもロボットがいたということなのだろうか?
パラレルワールドというのが、
「並行世界」
として存在しているのであれば、どちらが本当の世界なのだろう。
「どちらかが本当の存在だ」
という考え方自体が間違っているのかも知れない。
どちらも本当の世界であり、それぞれに、その存在を本当は見つかってはいけないというものかも知れない。
「誰か、頭のいい人がいて気づいたとすればどうなのだろう?」
博士がこちらの世界ではその存在だとすれば、今ここで記していることは、博士の頭の中だといってもいいだろう。
人間に、それぞれ存在意義があるのだとすれば、博士の存在意義は、すべての人間の存在意義を集約しているかのようでもある。
博士は確かに、
「知恵ある悪魔」
なのかも知れないが、そこに神があるとすれば、博士は悪魔ではない。
だが、そのことを証明することはできない。
確かに、
「知恵ある悪魔」
だったとしても、悪魔の存在を誰が証明できるというのだろう。
ひょっとすると、博士は神なのかも知れない。そうなると、知恵のある天使ということになるのだろう。
「悪魔と天使の違いって何なのだろう?」
この言葉でいえば、
「神があるかないか?」
ということである。
神とは誰にとっての神だというのか、それは、この世に存在しているすべての人間に対して、平等に幸せをもたらす者だといってもいいだろう。
だが、本当にそんなことが可能なのだろうか?
自然の摂理、生物地球科学的循環、食物連鎖などを考えれば、この世のすべての人間に幸せをもたらせるなど、ありえないことだ。
この世のすべての生命に無限を考えるなら、人間だって、無限でしかない。それは、フレーム問題が証明していることではないか。
「ロボット工学の人工知能を考えた時に問題になるフレーム問題というのが、天使を悪魔を考えた時の神に通じることになるとは、思ってもみなかった」
というものである。
それだけ、この世で何かを考える時、絶対に引っかかってくるのが、矛盾というものだ。
「ゼロ除算」
というものが矛盾を孕んでいるのと同じで、無限を考えるということは、すべてにおいての矛盾と引っかかってくるに違いない。
自然の摂理、生物地球科学的循環、食物連鎖などについても、必ず循環というものがあり、
「循環は、すべてにおいて限界があるから、循環するんだ」
と言えると考えると、無限という発想はその時点で、
「矛盾している」
と言っていいのではないだろうか。
美山博士は、いつも、矛盾について考えている。
その矛盾が、循環と無限の矛盾であるということが分かっている気がしていた。
それが、フレーム問題、そして、ロボット工学三原則における、
「優先順位」
という問題が、これも、循環だと考えると、またしても、矛盾を生んでいると思えるのだ。
その時、
「循環が矛盾を生まないのが何であるか?」
ということを考えると、そこで導かれた発想は、
「三すくみ」
という発想だったのだ。
「グーは、チョキに勝ち、チョキはパーに勝つ。そして、パーはグーに勝つ」
という循環の理論である。
だが、この場合の循環は、空間という範囲としては、限界があるのだが、
「永遠に続いている」
という意味では、無限であるといえるだろう。
空間と時限ということに対して、それぞれに無限と有限が存在しているというのも、おかしな気がする。だから、三すくみというものが、どこか不思議な存在だということで、注目されるのではないだろうか。
世の中で起こっていることは、基本的に循環によるものだと博士は思っている。
その循環には矛盾が存在し、その矛盾を裏付けるものとして考えられるものに、
「三すくみ」
という理論が考えられる。
博士は、アンドロイドを作ることには、さほど違和感はなかったが、サイボーグを考える時に、何か怖いものを感じていた。
それはどこから来るものなのか分かっておらず、それだけに、人に話をすることも無理だった。
「自分で理解できないことを、人に話しても、理解してもらえるわけはない。説明ができない理論は、まだ、矛盾でしかないんだ」
と考えていたが、それは、この壮大な考えが元になっていて、それを説明できるくらいなら、細かい問題は存在しないというくらいに考えていた。
実は博士は、パラレルワールドの存在を自分の中で理解していた。そして、彼らが、サイボーグに目をつけて、それを頂戴しにやってくることも、分かっていたのだ。
だが、完璧に作ることのできないサイボーグを、パラレルワールドからやってくる連中から守ることはできなかった。
彼らが作る疑似空間では生きられないこと、そして、彼らの文明が、遥か違った世界の発想が、彼らの歴史を作ってきたことも分かっていた。
そして立てた仮説が、
「元々、パラレルワールドとして、二つになってしまったこの世界は、古代では一つだったのではないか?」
ということである。
そう考えれば、
「世界の七不思議」
というものも、納得できる気がする。
元々一緒だった民族の中で、
「疑似空間」
を作って、そこに空間都市を作りあげることで、そこに、パラレルワールドに住んでいる人たちの先祖が移住するようになった。
そして、争いごとを好まない連中が、疑似空間の空間都市に住み着くようになり、こちらの世界と隔絶した世界に入り込む通路を見つけたのだ。
こちらの世界に残ったのは、争いでしか、物事を解決できない人たちばかりであった。
ただ、元々同じ世界の住人だったので、頭はいい。神をまつってはいたが、彼らは神を崇めることで、自分たちを主張するという方法しかできなくなった。
それが、無数に存在する宗教であって、本来なら、神は一つで十分なのに、これだけ広がったのは、人間の欲によるものではないだろうか。
無限に神があったとして、果たして、人間というものが、
「神ある知恵」
を持っているといえるのであろうか?
だから、あの言葉には、
「神ある知恵は、知恵ある天使を作るものなり」
とは言わず、
「神なき知恵は、知恵ある悪魔を作るものなり」
という言葉になるのだ。
要するに、こちらに残された我々人間は、
「神なき知恵」
であり、
「知恵ある悪魔」
でしかないということだろう。
そういう意味では、あちらの世界にいる人たちは、
「神ある知恵」
であり、
「知恵ある天使」
だと言えるということなのだろうか?
人間は、
「自分たちが一番正しい」
と考えている。
特にSFドラマなどで、よくあるのが、
「地球を侵略しにきた宇宙人をやっつける」
という発想であり。
それが一番、SFとして人気があるからなのかも知れないが、あくまでも、
「勧善懲悪」
という観点からの人気である。
勧善懲悪でなければ、人間というのは、自分たちの正義を証明できないのであろうか?
そんなことを考えていると、
「知恵ある悪魔」
というのは、我々人間そのものではないかと思えるのだ。
それを勧善懲悪という言葉でごまかして、自分たちに干渉してくるものを敵だと思い込む。それが人間というものであり、生物地球科学的循環を壊しても構わない。と考えたとすれば、それは、人間こそ、神ではないかという発想に結びつけるものであり、ちょっとした矛盾や限界を、他の世界に仮想敵を作ることによって、自分たちの正当性を証明しようと考えているのかも知れない。
本当は、
「この世に人間ほど高等な動物はいない」
として、矛盾に対しての考えを、この世では、
「神の存在によるものだ」
と考えているのだとすれば、
「人間の矛盾の解消に使われたのだ」
とすれば、本当に神様がいるのだとすれば、かわいそうに思えてくるくらいである。
しかし、結局博士は何もしようとしない。とにかく、理屈ばかりを考えている。それぞれの世界への理解が大切で、先決なことだった。
「無限と矛盾」
そこに、循環と三すくみが絡んでくるとするから、この世は、どこまでも、無限を欲しているのだろう。
その無限をいかにして証明するか?
それが、パラレルワールドというものであり、それまで開発できなかったタイムマシンに一歩近づけたというのも、
「パラレルワールドという発想が、一役買っている」
というわけであり、
「無限と矛盾」
こそが、
「知恵ある悪魔の創造」
に繋がっているのである……。
( 完 )
無限と矛盾~知恵ある悪魔の創造~ 森本 晃次 @kakku
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