第34話
「ただいま。春歌、寝てる?」
部屋に帰るなり、荷物を放り出して春歌の様子を伺う。相変わらず苦しそうな顔をしているものの、春歌はぐっすり眠っていた。
春歌の頬を撫でると、ほんのりと汗をかいていて、ついさっき携帯で見た記事に【熱が高いと汗をかくので、冷やさないように着替えさせましょう】と書いてあったことを思い浮かべて、こういうことかと納得する。
買い物に出ることで少しだけ冷静になれた。経験がない分は、こうやって少しずつ補っていくしかないんだ。
やっぱり熱いな。
春歌、いつから熱出てたんだろ。傍にいたのに朝まで気づけなかったな⋯⋯。
荷物から買ってきた体温計を取り出し、寝ている春歌の熱を計る。しばらくすると、ピピピっと電子音が鳴り、計測を終えたことを知らせてくる。
わたしは春歌から体温計を取り出して、映し出された小さな画面を確認する。38.7度を表示している体温計を片手に、わたしは再度検索をしてどの程度の症状なのか確認した。なかなか高いらしい。これなら薬で熱を下げるべきだろう。
買ってきた荷物から冷却シートを取り出して、寝ている春歌に貼ろうとおでこに触れると、春歌がうっすらと目を開いた。
「あっ、起こした? ごめんね?」
「なんか、あつい⋯⋯」
「熱あるからだよ。おでこに冷たいシート貼るね」
「ん⋯⋯」
春歌の額に冷却シートを貼ると、春歌は気持ち良さそうに目を細めた。
「スポーツドリンク買ってきたけど飲む? ご飯も食べれるならなんか用意するよ? 薬も買ってきたから――」
「ん、いい。ここにいて⋯⋯」
春歌は虚ろな様子で手を伸ばして来たかと思うと、わたしの手を取った。そのままわたしの手のひらに頬を寄せて、スリスリと擦り寄ってくる。
わぁ⋯⋯、春歌がこんな風に素直に甘えてくるの初めてじゃない? 撫でてほしいのかな?
っていうかこれ、ちゃんと意識あるのかな。普段の春歌なら絶対こんなことしないのに。
春歌の頬を撫でてやりながら、そのまま寝てしまいそうな春歌に声をかける。寝る前に薬を飲ませないとダメだと思う。たぶん。
「春歌、傍にいるから薬飲んで」
「⋯⋯うん」
気だるげに起き上がろうとする春歌の身体を支えて、ベットに座らせる。
薬飲ませてから、汗かいてるし着替えさせないとなんだよね。着替えさせるだけで、他には何もしないでいいのかな? あとで調べよう。
「ご飯食べれないよね? こういうゼリーのやつなら飲めそう? 胃に何も入れないで薬飲むのはダメなんだって」
わたしは買ってきた物の中からゼリー飲料を取り出し、キャップを外して春歌に手渡す。
「うん、ありがとう」
春歌は、差し出されたゼリー飲料を素直に受け取り飲み始めた。
「美味しい?」
「味わかんないけど、冷たくて飲みやすい」
「良かった。喉痛いとか頭痛いとかある?」
「ううん」
「そっか」
じゃあ、辛いのは熱だけなのかな。
薬局で買ってきた薬の中から、熱に特化したタイプの薬を思い浮かべる。薬剤師に何種類か説明をされたが、春歌の症状をろくに確認せず買いに行ってしまったので、どれを買うべきかわからなかったのだ。複数買えばどれかしらに該当するだろうと考えた結果、買い物した荷物の中には3種類の薬が入っていた。
「大丈夫? 気持ち悪いとかない?」
わたしは春歌がゼリー飲料を飲み終わった頃合いを見計らって、飲ませる薬を用意しながら具合いを確認する。
「んー、大丈夫」
「そか。じゃあこれ薬ね。はい、お水」
「ありがと」
春歌はぼーっとしたまま、渡された薬を素直に飲みグラスを返してくる。
「春歌、汗かいたら着替えた方がいいんだって。寝る前に着替える?」
「あぁ、そっか」
返事をしながら、突然春歌がパーカーを脱ぎはじめた。
「えっ、ちょ、ちょっと。待って、着替え持ってくるから」
わたしは急いで春歌の着替えを取りにクローゼットに向かう。普段私の前で着替えたりしない春歌が突然脱ぎはじめたことに、わたしは少なからず動揺していた。
びっくりした。普通に会話してたから大丈夫なのかと思ってたけど、やっぱり大丈夫じゃなかった。なんとなくいつもとしゃべり方も違うし、全然いつも通りじゃないじゃん。
クローゼットから新しいパーカーとキャミソールを取り出して振り返ると、ちょうど春歌が上半身裸になったところで、わたしは思わず着替えを取り落として固まってしまった。
春歌はキャミソールを脱ぎ捨てて力尽きたのか、ベッドの上で上半身裸のままぼーっとしている。
「くしゅん」
部屋を暖かくしているとはいえ、裸でいたら当然くしゃみのひとつもでるだろう。突然のことに意識を飛ばしていたわたしは、春歌のくしゃみでようやく我に返った。
「はっ、そうだ冷やしちゃダメなんだ。春歌待ってって言ったのに。ほら、早く新しい服着て」
「⋯⋯」
春歌は、新しい服を手渡すわたしを見つめたまま動こうとしない。わたしを見る春歌の眉間にはしわがくっきりと刻まれていて、いつの間にか不機嫌そうだ。
「春歌? どうしたの?」
「身体⋯⋯、痛い」
「えっ!? なんで急に!?」
「知らないよ。もうやだ。凌乃、服着せて」
「えぇ⋯⋯、着せるのは別にいいんだけどさ、なんで痛いのか教えてほしいんだけど⋯⋯」
「知らない。凌乃早く、寒い」
「はぁ⋯⋯、わかった」
このまま春歌を裸にしておくわけにもいかず、わたしは痛みの原因追求をいったん諦めて春歌に新しい服を着せていく。
「春歌、腕通せる? 痛い?」
「痛いけど着る。寒い」
服を着せるのにふれた春歌の身体は熱くて、熱が上がったんじゃないかと不安になる。
「熱、もういっかい計る?」
「やだ。もう寝る」
そう言って、春歌はさっさと横になってしまう。
「春歌、飲み物は?」
「いらない。凌乃、ここにいて」
「わかった」
先ほどの春歌の様子を思い出し、頬を軽く撫でてやる。春歌は頬にふれるわたしの手を握り、ウトウトしていたかと思うと、そのままわたしの手を握りしめながらゆっくりと寝息をたて始めた。
ご飯は食べれてないけど、ゼリー飲料は飲めてたし、薬も飲んで着替えもして、こうやって眠れてるから一応大丈夫なのかなぁ。
でも、なんで身体痛いんだろ。
っていうか、春歌の身体ちゃんと見たの初めてだったな⋯⋯。やっぱり綺麗な身体してるじゃん。
いつもと違う春歌に少しだけ困惑しながら、携帯片手に看病の仕方をさらに検索していく。
30分後、身体の痛みが熱からくるものだと、わたしはようやく理解した。
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