第4章
第33話
「んん⋯⋯、あっつい⋯⋯。いま何時」
カーテンの隙間から射し込む光が朝を知らせる。一昨日から冬休みに入り、わたしの隣には当然のようにわたしを抱きしめて眠る春歌がいる。
朝はいつだって憂鬱だった。頭は痛いし、身体もだるい。
わたしは、いつも朝からひとりだった。ひとり暮らしを選んだのは自分なのに、寂しくてつまらない日常。
春歌のいる朝はだいぶ快適だ。朝から頭痛に悩まされることもないし、深夜に目が覚めても隣で眠る春歌に抱きついてまた眠れるから、酷い寝不足にもならない。なにより、このわたしがひとりぼっちじゃない。
それなのに、今日は暑くて目が覚めた。快適とは言い難いかもしれない。目が覚めたときに抱きしめられてるなんていつも通りで、いつも通りなのに、なぜかいつも通りじゃない朝。
「春歌、暑いー。もう起きる。春歌も起きてよー」
わたしを抱きしめて眠る春歌の腕から抜け出したくて、容赦なく寝てる春歌を揺すり起こす。
「春歌? 起きないの?」
いつもはわたしが動きだすとすぐ起きる春歌が、今日はめずらしく目を覚ます気配がない。
わたしが起きたのに、春歌が一向に目を覚まさない。やっぱりいつも通りじゃない。
「⋯⋯なんか、春歌熱い?」
どこかいつも通りじゃない春歌に抱きしめられたまま、わたしはようやく違和感に気がつく。
春歌はいつも体温高いけど、こんなに暑くて目が覚めるほど高いはずがなかった。
「えっ!? なに、これって熱あるの!?」
わたしは、無理やり春歌の腕を振りほどいて起き上がる。額に手を当ててみれば、思った通り春歌は熱を出してるようだった。
「ん、凌乃⋯⋯?」
「あっ、春歌。なんか熱あるっぽいんだけど」
「えぇ⋯⋯? 大丈夫?」
「違う。熱あるのわたしじゃなくて春歌だよ」
「あぁ、そう。良かった⋯⋯」
「なにも良くないんだけど」
気だるそうに春歌が返事をするが、意識が朦朧としているのか、自分が熱を出してることがわかっていない様子だった。
どうしよう。なにすればいい? こんなの、ほっておくべきじゃないよね?
こういうときに普通はどうするんだろう⋯⋯。
だめだ、焦るな。⋯⋯あっ、携帯!
わたしは藁にもすがる思いで、携帯を握りしめ、【風邪⠀看病】で検索する。
⋯⋯⋯⋯?
子供が体調崩したときがいっぱい出てくるんだけど、これであってる? 子供って何歳までのこと?
看病されたことないからわかんないんだけど。
⋯⋯あっ! これかな?
わたしは焦りを必死に抑えながら、携帯に映し出された文字を片っ端から読んでいく。体調を崩しても怪我をしても放置されていたわたしには、看病された経験がなくて、どうすることが正解なのかわからなかった。
――水分?
あぁ、スポーツドリンクとかでいいのか。
むやみに熱は下げなくていいけど、熱が高い場合は別? 高い場合って、どれくらいが高いかわかんないんだけど。春歌の平熱なんて知らないよ。
っていうか、熱いま何度あるんだろ。体温計なんて持ってないし⋯⋯。
そうだ、薬局。体温計と薬買って、ついでに必要な物も教えてもらおう。たぶん薬飲むのって、なんか食べさせなきゃだよね。食べられるのかな⋯⋯。
「春歌、ちょっと薬局に薬買いに行ってくる」
「⋯⋯⋯⋯私も、行く」
虚ろで潤んだ瞳でわたしを見つめていたかと思うと、春歌はうわ言のような返事をした。
一緒に行くと言うわりに起き上がる気配はなく、どうやら反射的に返事をしただけのようだった。
「すぐ帰ってくるから。お留守番お願いね?」
「⋯⋯うん」
春歌はひと言だけ返事をすると、うっすらと開けていた目を閉じて、そのまま意識を失うかのように眠りはじめた。
春歌が眠れたことに安心していいのか、息苦しそうな様子に不安を覚えてるこの焦りが正解なのか、今できることが本当に他にないのか、なにも判断がつかない。
なんで、わたしは⋯⋯。
いつも普通でいられない⋯⋯。
悔しくてたまらない。当たり前がなにかわからない自分に。
悲しくて仕方ない。そのせいでなにもしてあげられないことが。
泣きそうになるのを必死で堪えて、わたしは薬局に向かうべく部屋を後にした。
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