【SS】大っ嫌い!
「春歌ひどい! なんでこんなことするの? やだって言ったじゃん⋯⋯」
週末。凌乃の部屋にいつも通り泊まりに来ていた私は、目の前で本気で怒る凌乃を見て内心で舌打ちをした。
私に対して、こんな風に感情的になる凌乃もめずらしい。
「たしかに、聞いたけど⋯⋯。ここまでしてもだめなの?」
「ダメに決まってる。こんなことしたって、わたしにはわかるんだからね」
「⋯⋯子供じゃないんだから、いい加減にしてよ」
私の言葉に傷ついたような顔をする凌乃を見て少しだけ罪悪感が芽生えるが、泣きたい気持ちなのはむしろこっちだ。
はぁ⋯⋯。これ、結構時間かかったんだけどな。
今、私達が揉めてる原因。
それは、ふたりの目の前にある。
「さすがにここまで刻んであれば、人参だって食べれるでしょ?」
「やだ。人参は絶対に食べたくない」
人参が細かく刻んで入っているカレーだ。
「そもそも凌乃は好き嫌いが多い上に難しいのよ」
「そんなことないもん」
本気でそう思ってるなら、どうかしてると思う。
「そんなことあるわよ。トマトだって、生は絶対ダメ。ケチャップは好きじゃないのに、トマトソースは食べれてミートソースは大好き。ミネストローネなら好きなのにトマトジュースだとだめ⋯⋯、これで全部?」
「セミドライトマトも嫌い。いちばん嫌いなのはピザの上で焼かれたフレッシュトマト。ぐちゃぐちゃしてて気持ち悪い」
「あぁ、もう。トマトひとつでこれだもん。把握しきれないわ」
これで好き嫌いが多くないなら、偏食家の人は食べれるものがなくて餓死するしかないはずだ。
「人参は全部だめなの。生でもジュースでも匂いが無理。煮物もグラッセも食感がやだし、きんぴらとかも味付けしょっぱいのに人参が甘くて嫌い。いちばんやなのはフリーズドライされた人参。とにかく全部大っ嫌い。あとは――」
凌乃はつらつらと人参について、いかに受け付けないかを丁寧に語っていく。嫌いな割に、ずいぶんしっかり味わってる。嫌いなのにひと通りは食べたらしい。
「あんたねぇ、農家さんが泣くわよ」
「そんなの知らなーい」
拗ねたようにそっぽ向く凌乃を見ながら、私はひとりカレーを食べ始める。
こんなわがまま、いちいち相手してられないわ。
「とにかく、今日はもう作っちゃったんだから食べちゃってよ」
「やだ。食べない」
本当にこいつは! 小学生なの!?
即答され、さすがにイラつく。
「ならもう、ご飯作ってあげない」
「えっ? なんで?」
「せっかく作ったのに食べないんでしょ? それなら、もういいわよ。凌乃のために料理はしない」
「~~~~~~~っっ!!!!!?」
凌乃はショックで言葉が出ないのか、口をパクパクさせている。
「カレー、食べないなら捨てちゃえば?」
そんな凌乃を大人気なく突き放せば、凌乃は泣きそうな顔でスプーンを握りしめ、大人しくカレーを口に運び始める。
途端、目の端に涙が浮かびあがった。
そんな涙目になるほど嫌いだったんだ⋯⋯。
っていうか、こんなに細かくして煮込んでもわかるものなのね。
「⋯⋯そんな嫌なら残せば?」
「食べるもん」
凌乃は結局、終始涙目でカレーを完食した。
◇◇◇
「凌乃、髪乾かしてあげようか?」
ご飯の後、お風呂から出てきた凌乃は髪も乾かさず、クッションを抱きしめて私に背を向けるように座ってる。
「いい⋯⋯」
もう、まだ拗ねてるし。このまま放っておくと余計に拗ねるのよね⋯⋯。
「凌乃、こっちおいで?」
「⋯⋯」
「ほら、早く。風邪ひくから」
「⋯⋯うん」
おずおずと近づいてくる凌乃を捕まえて、後ろから軽く抱きしめる。そのまま頬にキスをしてから、ドライヤーで凌乃の髪を丁寧に乾かしていった。
髪が乾き、ヘアオイルを馴染ませる頃には凌乃のご機嫌もすっかり上向きで、私は胸を撫で下ろす。
「凌乃、さっきはごめんね」
「なにが?」
髪が乾いてご機嫌な凌乃は、そのまま私に寄りかかってくる。私はジャスミンの香りを纏った凌乃の髪を撫でながら、気まずい気持ちをなだめるように指に絡ませる。
「無理やり食べさせるようなことしたから」
「別にいいよ。せっかく作ってくれたのに食べないって言ったわたしが悪いから」
「でも人参、泣くほど嫌いなんでしょ?」
「それは⋯⋯、たしかに嫌いだけど」
バツが悪そうに言い淀む。
あれだけ涙目で必死に食べてれば、さすがに否定は出来ないわよね。
「なるべく食べられるもの増やしてあげたいなって思ったんだけど。余計なお世話だったわね。ごめんなさい」
後ろから抱きしめられたまま、凌乃が私を見あげてくる。その表情はなぜか嬉しそうで⋯⋯。
「なによ⋯⋯」
「んー? 背中に当たってる春歌の隠れ巨乳が気持ちいいなって思っ、――痛った。叩かなくてもいいじゃん」
いきなりセクハラまがいのことを言い出した凌乃に、思わず手がでてしまった。
「人が真面目に謝ってるのに、本当にあんたってやつは!」
「だって春歌が謝る必要なんてないから、聞いても仕方ないし」
「いや、仕方ないって⋯⋯」
「春歌は嫌がらせでしたわけじゃなくて、わたしのためにしてくれたんでしょ?」
嫌がらせのために、あんな時間かけて人参を刻む気力はさすがにない。
「⋯⋯そう、ね。でも、」
「なら悪いのはわたしだから。春歌は謝らないでいいの」
言いかけた言葉を、必要ないとばかりに凌乃がふさぐ。
「⋯⋯はぁ、わかった」
「うん、これからは少しずつ食べれるの増やすよう頑張るからさ。わたしのこと諦めないでよ」
諦める? そんなつもりなかったけど⋯⋯。たしかに言われてみればそうなるのか。
「人参も?」
「人参はぁ⋯⋯、あんまり自信ないかな」
「ふはっ、なんて顔してるのよ」
凌乃があまりに情けない顔をするものだから、吹き出してしまった。
「じゃあ他のからね。あとなにが嫌いなの?」
「えーと、そうだな。脂身の多いお肉とか苦手。そもそもお肉!って感じのが好きじゃないからステーキとか焼肉もあんまり。ハンバーグとか煮込んだお肉なら好きだよ。お魚は、まず骨があるからなー。お刺身みたく綺麗になってれば好き。焼き魚とか煮魚はほぐしてくれたら食べたいと思うかな。頭から食べれる、みたいなやつは口の中ガサガサするから食べれても食べたくない。そういう食感とかのやつだと油揚げとか繊維質の野菜も残るからやだし、りんごは味好きだけど歯に当たるザラザラしたのが好きじゃない。りんごジュースは大好きなんだけどね。野菜は――」
なにげなくした質問の答えが、何倍にもなって返ってくる。
「ちょっと待って、すでに多すぎる」
「えー? そうかなぁ?」
本気で言ってる? やっぱり、どうかしてるのかもしれないわね。
「どう考えても多いわよ。どうせ覚えきれないからいいわ。作る前に確認する」
「わかったー。ねぇ、春歌」
凌乃が私の腕から抜け出し抱きついてくる。
「なに?」
「人参頑張って食べたから、褒めてほしいなぁ」
凌乃の甘えた声が耳をくすぐる。
「⋯⋯まぁ、いいわ。今日はたしかに頑張ってたしね」
「わぁ、めずらしいね。春歌が素直に褒めてくれるなんて」
「やっぱりやめた」
「あっ、ごめん。嘘。褒めて?」
凌乃が上目遣いで私を伺う。
「うぐっ⋯⋯。はぁ、今日だけだからね」
嬉しそうに笑顔を浮かべる凌乃に言葉をつまらせながら、私は寝るまで凌乃を甘やかす。
――次はもっと細かくして、人参ってわからないように溶かし込んで出してみよ。
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