第32話
「それで? ちゃんと話してくれるんだよね?」
お昼ご飯のパンを握りしめながら、笑顔の結衣が焦れた様子で聞いてくる。
結衣の態度は当然で、朝から結衣に詰め寄られた私は、さすがに授業が始まるまでに話しきれないと今の今までさんざん待たせていた。
「もちろん話すけど、結衣もしかして怒ってる?」
笑顔なのに、目が笑ってないんだけど⋯⋯。
「そりゃそうでしょ。春歌達が帰ってから大変だったんだからね」
「だからそれは先に謝ったじゃない。⋯⋯あの後どうなったの?」
「質問攻めにあった。なにも知らないのに」
「ごめんなさい」
ジト目の結衣にすぐさま頭を下げる。
「もー、別にいいけどさぁ。ふたりが帰ったあと――」
結衣の話によると、はやい話クラス中がパニックだったらしい。
凌乃の豹変も、クラス中を巻き込んだ暴露話も、私と凌乃の関係も、全てが意味不明。次の授業が始まるまで大騒ぎになったそうだ。
「みんな全部あたしに聞くんだもん。聞かれてもなにも知らないし、大変だったんだからねー」
「ごめんなさい。お詫びになにか奢るから」
「そういうことなら、許しましょう」
「ありがとう。それで、あれは大丈夫だったの?」
あえて言葉にはせず、視線で指し示す。私の視線を追った結衣の先には今回の騒動の原因がいた。
「あぁ、あの3人。誰も相手にしてなかったかな。正直、春歌と宮崎さんの方に気を取られてたって感じ。別に気にしなくていいんじゃないの? みんな高校生にもなっていじめとかしないだろうし」
川名さん達はクラスで居場所を失ったかのようにすっかり大人しくなっていて、周りも特になにか言うこともない。3人は身を寄せ合うように存在感を消している。
「別に気にしてるわけじゃないけど。凌乃がやったことだから一応」
「あー。なんで宮崎さん急にあんなになっちゃったの? ってか、そもそも仲良かったこと聞いてないんだけど」
「ごめん。黙ってたことも、結果的に嘘ついちゃったのも。本当にごめん。凌乃とは――」
結衣に、凌乃との関係を掻い摘んで話していく。
秋頃話すことがあって仲良くなったこと。学校では話さないけど、泊まりに行くような関係であったこと。凌乃が素顔を見せたあとは、口止めされていたこと。そもそも川名さん達が私の悪口を言っていたことが今回の発端であること。
ピアスやタトゥーがあることや、抱き枕にされてることはもちろん端折っている。
言えないより、言いたくない。
私と凌乃の関係は、私達ふたりだけがわかっていればいい。
「へー、じゃあ宮崎さんは春歌のためにあんなことしたんだ?」
「私のためっていうか――!?」
結衣と話す私に、突然後ろから衝撃が襲う。
「ただいまー」
衝撃の正体は、後ろから勢いよく抱きついてきた凌乃だった。
「だーかーらぁ、急に抱きついてこないでって何度言えばわかるのよ」
「だめなのはわかってるけど、やめるかどうかは別の話じゃん?」
あー、もう! 本当にこいつのこういうとこ!
「⋯⋯はぁ、もういいわ。どこ行ってたのよ」
「真鍋くんに呼び出されてたー」
「真鍋くんに? どうして?」
「告白の返事。少し考えてほしいって保留にされてたから」
「⋯⋯そう」
以前、凌乃は告白されたら断らないと言っていた。とりあえず関係を持ってみると。
やっぱり、真鍋くんと付き合うんだろうか。自分以外に笑いかける凌乃を想像して、一瞬にして不快な気持ちが胸を焼く。
「保留かぁ、真鍋くんふられすぎてやり方変えてきたな。それでそれで? 宮崎さんはなんて返事したの?」
私の気持ちなんて知るよしもない結衣が興味津々な様子で無邪気に聞いている。
答えなんてわかってるから、今ここで聞かないでほしいんだけど。受け入れる自信、ない⋯⋯。
「断ったよー」
――え?
凌乃が抱きついていた私から離れ、椅子にかけながら結衣と話している。椅子に当然のようにある背もたれは役割を果たすことなく、凌乃は私に寄りかかるように横向きで座っていた。
私、背もたれじゃないんだけど。いやいや、そんなことより⋯⋯。
「凌乃、断ったの?」
「告白? 断ったよ」
「どうして? 断らないって以前言ってなかった?」
「前はそうだったけど、そういうの嫌なのかと思って断った」
そういうのって⋯⋯?
凌乃が私の気持ちに気づくなんてこと、ないと思うんだけど。
「どういうこと?」
「春歌わたしがセフレの話するといつも機嫌悪くなるから。そういうの嫌いなんじゃないかと思って作らなかった」
そういうこと、ね。
ちょっと⋯⋯だいぶズレてるけど。
「真鍋くんの告白って、セフレの立候補じゃないと思うわよ⋯⋯?」
「そうなの? 別にどうでもいいや。興味ないし」
これは、さすがに真鍋くんに同情するかも⋯⋯。
「へー、宮崎さんって本当はそういう感じなんだ」
「そうだよー。仲良くしてね」
「仲良くか。本心は?」
「春歌がいればそれでいいから、別にどっちでもいい」
「あはは、宮崎さん最高」
聞いてるこっちは、いたたまれないからやめてほしい。いろんな意味で気まずい。
「まぁでも、春歌の友達だからね。佐々木さんには興味あるよ」
「それは光栄ですね? そのままあたしとも友達になってくれると嬉しいんだけどな」
「んー、どうだろ。春歌以外、優先するものなんていらないかな。春歌しかほしくない」
なごやかな雰囲気で、笑顔のふたりがとんでもない内容の会話をしている。
「凌乃。ぶっちゃけ過ぎだから」
「ダメなの? 嘘ついてないのに?」
「嘘じゃないなら、なんでも許されるわけじゃないから」
「そっか。ごめんなさい」
素直に謝る凌乃を、結衣が興味深げに見ている。
これ以上変な会話しないでよね⋯⋯。
「ふーん。宮崎さんって、本当に春歌のこと大好きなんだねー」
「春歌のこと? 別に好きじゃないけど?」
「えっ? だって今、春歌以外いらないって」
「そうだよー。春歌の傍にいると安心するし気持ちいいから、春歌だけでいいかな」
「なのに春歌のこと好きじゃないの?」
結衣の言ってることが理解できないのか、凌乃が首を傾げながら私に視線を送ってくる。
いや、こんな話で私を頼らないでよ。
「⋯⋯? そうだね。あっ、春歌って体温高いからあったかくて、そういう意味なら好きかも」
「えぇ⋯⋯?」
「結衣、私のことそんな目で見てこないでくれる? あと凌乃のことも指差さないの」
結衣が私に助けを求めるように視線を向けてきていた。
凌乃も結衣も、そんな顔されても私にはどうすることもできないから。ふたりで話しなさいよ。
「だって宮崎さん、なに言ってるかよくわかんないんだけど」
横目で凌乃を伺い見るが、もう話に興味がないらしくスマホをいじってる。返事をする気はなさそうだ。
はぁ。わかってることだけど本当に自由ね。
「私のこと好きじゃないって言ってるわね」
「えぇ⋯⋯? 春歌のためにあんなことして、今こんなベッタリなのに? どういうこと?」
相変わらず私に張りついて離れない凌乃を見て、心底理解できないと言わんばかりに、結衣は眉間に皺を寄せて首を傾げている。
「さぁ? 本人がそう言ってるんだから本当に私のこと好きじゃないんでしょ」
凌乃は別に嘘をついてるわけではないと思う。私を優先したいのも、私を好きじゃないのも本当のことで、そのふたつは矛盾してるわけじゃない。
凌乃が私だけを優先するのは、私の他になにもないだけ。
凌乃は誰も好きじゃなくて、私には執着しているだけ。
それは、きっと手に入れたことがないから。
凌乃の世界は相変わらず空っぽだ。
「なにそれ、ふたりってどういう関係なの」
「居場所と寝床を探してた野良猫達が寄り添ってるような関係」
「まったくわかんないんだけど」
「それは残念だわ」
「説明する気ないでしょ?」
「これ以上ないくらい的確に説明したわよ」
結衣は私と凌乃を見比べて、更に眉間の皺を深くした。
なにも難しくなんてないのに。
私と凌乃はお互いが持ってる欠けたピースを無理やり合わせているだけだ。
凌乃の世界が空っぽなように、私の世界は壊れたガラクタで埋め尽くされてる。
「話はこれでおしまい。そろそろ休み時間終わるから」
「えぇ⋯⋯、結局よくわかんないままなんだけど」
「別にわかんなくていいわよ」
ふたりの関係なんて、私と凌乃が理解していればそれで十分だ。
どんなに広がったって、所詮この世界は私と凌乃だけなんだから。
[第3章 完]
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