第30話


「ねーねー。このままどっか行かない?」


 朝のラッシュからは考えられない程すっかり落ち着いた電車の中で、コンビニで買ったジュースを飲みながら凌乃が呑気な提案をしてくる。


「はぁ? 行くわけないでしょ」

「えー、なんで。せっかく昼間から自由なのに」

 突然いい子のふりをやめた凌乃を、あのまま置いていけるわけもなくて。教室から連れ出し学校を後にした私達は、昼間っから電車にのんびり揺られている。


「自由じゃなくてサボりだから。大人しく部屋に帰るわよ。大体、制服でウロウロしてたら補導されるに決まってるでしょ」

「あー、そっかぁ。じゃあ今度放課後デートしようね」

 凌乃はやたら楽しそうに足をパタつかせて、指を絡ませ握った私の手をニギニギしている。

 なんだか⋯⋯、テンション高過ぎない?


「⋯⋯ずいぶん機嫌良さそうね」

「うん、機嫌いいよ」

「はぁ⋯⋯、本当になに考えてるんだか」

「えー? だってもう学校で春歌に話しかけてもいいでしょ?」

「元々クラスメイトのふりしろって言ったのは凌乃でしょ」

「それはそうだけどさー。下準備みたいな?」

「下準備って⋯⋯、川名さん達のこと?」

「そうそう。あっ、春歌次で降りよ。クレープ食べたい」

「はぁ? 寄り道しないって言ったでしょ」

「クレープくらい別にいいじゃん。早く」

「ちょっと、凌乃!」

 凌乃が私の腕を引っ張って、無理やり電車から降りていく。

 あぁ、もう⋯⋯。相変わらず言い出したら聞かないんだから。


「はぁ、クレープってどこにあるの? 駅から遠くならダメだからね」

「大丈夫、駅前にすぐあるよー」

「まったく、突然なんなのよ」

「だって、春歌は学校サボったりしないでしょ?」

「しないわね」

 実際、体調不良でもないのに、こんな昼間に帰るのは初めてだったりする。


「だから、もうこんなチャンスないだろうし。せっかく昼から春歌といれるから、少しくらい春歌と楽しい思い出ほしいなって思って。ごめんね?」

「ぅぐっ⋯⋯。わかったわよ」

 こういうとき、凌乃はよく上目遣いで私を伺う。身長差がそうさせているんだろうけど、私はまんまと言葉を詰まらせ、折れるのがお約束になりつつあった。

 ⋯⋯こいつ、確信犯じゃないでしょうね。


「やった、春歌こっち! 早く行こ!」

「わかったから、そんな引っ張んないでよ」

 凌乃に案内されたクレープ屋はたしかに駅のすぐ目の前で、それぞれ好きな物を買い、歩道の柵に寄りかかって食べることにした。


「凌乃、お昼食べてたいして時間経ってないのに、そんなの食べきれるの? っていうかそれなに?」

「んーと、チョコバナナ・ダブルクリーム・ブラウニー?」

「とてつもなく甘そうな上に、ボリュームもヤバいわね」

「美味しいよ? ひと口食べる?」

「えぇ⋯⋯、私甘いのそんなに得意じゃないんだけ――んんぅ!?」

 突然唇を塞がれ、凌乃の舌が遠慮なく侵入してくる。口の中に広がる強烈な甘い香りと、ピアスの硬い感触。私は凌乃の肩を押して、身体を無理やり離した。


「ちょっと! 外でしないでって⋯⋯うぅ、甘っ。気持ち悪い」

 思わず怒るのをやめてしまうほど、口の中が猛烈に甘い。

「気持ち悪いなんて失礼だなぁ。いつもしてるじゃん」

「キスじゃなくてクレープの話よ。コーヒー買ってくるからこれ持ってて。凌乃なんかいる?」

「いらなーい。さっき買ったのまだある。春歌のこれなに?」

「エビアボカド。食べたかったら食べていいから」

 私は凌乃に自分のクレープを渡して、自販機でブラックコーヒーを買う。すぐに缶の蓋を開け、コーヒーの香りと共にクレープの甘さを押し流した。

 

「はぁ、クリームとチョコソースの組み合わせってなかなか攻撃力高いのね 」

「そうかなぁ? 美味しいけど」

 私が戻ると、凌乃はチョコバナナを口に含みながらエビアボカドを渡してくれる。

 

「美味しいならなによりだわ。ん? エビアボカド食べなかったの? いらない?」

 手に戻ってきたクレープを見ると、食べられた形跡はなかった。

「ううん、食べる。春歌にあーんしてほしくて待ってた」

「⋯⋯さっきからずいぶん甘えん坊ね」

「今日は疲れたから、遠慮なく甘える日にするって決めたから」

「また勝手に決める。そもそも自業自得じゃない」

「そーだけど、疲れたことに変わりないし」

「はぁ。はい、どーぞ。部屋に帰ったら今回のことちゃんと話してよね」

 私はエビアボカドを凌乃に食べさせながら釘を刺す。

 凌乃は差し出されたエビアボカドを嬉しそう口に含み、コクコクと頷いていた。


 

 私の隣で嬉しそうにクレープを食べながら甘えるこの子と、さっき教室で見せた攻撃性がアンバランスで、どうにも不安定だ。

 凌乃は、誰かを傷つけることに躊躇がない。知り合ったばかりのことを思い返してみても、それはきっとそうで。

 ⋯⋯なにより、自分自身が傷つくことにすら関心がないようにしか見えない。


 ってそういう部分の反動、なのかなぁ⋯⋯。

 凌乃は結局、クレープを食べ終わるまでベッタリくっついて、私から離れることはなかった。

 



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